三経往生文類

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2010/08/25(水)
他にもあるでしょうが、主なものをあげます。


『教行証文類』「証文類」の如来会引文
 またのたまはく(如来会・下)、「かの国の衆生、もしまさに生れんもの、みなことごとく無上菩提を究竟し、涅槃の処に到らしめん。なにをもつてのゆゑに。もし邪定聚および不定聚は、かの因を建立せることを了知することあたはざるがゆゑなり」と。{以上抄要}

『教行証文類』「信文類」 横超釈 義釈
 横超断四流(玄義分 二九七)といふは、横超とは、横は竪超・竪出に対す、超は迂に対し回に対するの言なり。竪超とは大乗真実の教なり。竪出とは大乗権方便の教、二乗・三乗迂回の教なり。横超とはすなはち願成就一実円満の真教、真宗これなり。また横出あり、すなはち三輩・九品、定散の教、化土・懈慢、迂回の善なり。大願清浄の報土には品位階次をいはず。一念須臾のあひだに、すみやかに疾く無上正真道を超証す。ゆゑに横超といふなり。

『教行証文類』「信文類」 真仏弟子釈 決釈
 まことに知んぬ、弥勒大士は等覚の金剛心を窮むるがゆゑに、竜華三会の暁、まさに無上覚位を極むべし。念仏の衆生は横超の金剛心を窮むるがゆゑに、臨終一念の夕べ、大般涅槃を超証す。

三経往生文類
 大経往生といふは、如来選択の本願、不可思議の願海、これを他力と申すなり。これすなはち念仏往生の願因によりて、必至滅度の願果をうるなり。現生に正定聚の位に住して、かならず真実報土に至る。これは阿弥陀如来の往相回向の真因なるがゆゑに、無上涅槃のさとりをひらく。これを『大経』の宗致とす。このゆゑに大経往生と申す、また難思議往生と申すなり。
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タグ : 往生即成仏 信文類 証文類 三経往生文類

2009/10/16(金)
第19願および観経が説かれた理由は、親鸞聖人が『浄土三経往生文類』の中に書いておられます。

 観経往生といふは、修諸功徳の願(第十九願)により、至心発願のちかひにいりて、万善諸行の自善を回向して、浄土を欣慕せしむるなり。しかれば『無量寿仏観経』には、定善・散善、三福・九品の諸善、あるいは自力の称名念仏を説きて、九品往生をすすめたまへり。これは他力のなかに自力を宗致としたまへり。このゆゑに観経往生と申すは、これみな方便化土の往生なり。これを双樹林下往生と申すなり。
註釈版聖典630-631頁)

このように、いまだ浄土門を知らない人々の心を浄土に向けさせるために方便とした説かれたのです。

なお、大事なのは「行」ではなく「信」です。
第19願の願文でいうならば「至心発願」が重要です。
つまり、諸善万行が「浄土の方便の善」になりうるのは、至心発願するからなのです。


これによりて方便の願(第十九願)を案ずるに、仮あり真あり、また行あり信あり。願とはすなはちこれ臨終現前の願なり。行とはすなはちこれ修諸功徳の善なり。信とはすなはちこれ至心・発願・欲生の心なり。この願の行信によりて、浄土の要門、方便権仮を顕開す。
(教行信証化身土巻本 註釈版聖典392頁

ここで観無量寿経の教説や第19願が「方便」と言われているのは「権仮方便」のことです。
「善巧方便」のことではありませんので、くれぐれもお間違いのないようにして下さい。

「信」が大事であることは、
教行信証化土巻の標挙
 [無量寿仏観経の意なり]
 至心発願の願 {邪定聚の機 双樹林下往生}

とあるように、いろいろな呼び名のある第19願を「至心発願の願」と言われていることからも伺えます。

タグ : 観無量寿経 三経往生文類 化身土文類 第十九願

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