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加茂仰順

2009/11/17(火)
阿弥陀さまが、この私を助けようとなされて、五劫永劫かからせられ、御本願、御成就あそばされ、浄土をかまえて、十劫暁天から、声をからして、よびづめでおいでます。その御心が知られたことが、「信心をうる」ということであります。

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2009/11/17(火)
仰せの勅命を、「はい」と頂いたのです。
どうなるか。往生をとぐるなりです。
わが思いや、わが称えぶりで、往生をとぐると思うのではありません。
助けられて、往生をとぐると、頂くのです。
助けられるのを聞くのです。それを思うて、念仏申すのです。
つまり、信心を獲たしるしは、何にもないが、「タスケラレル」を思うて、念仏申すのです。

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2009/11/15(日)
 このように、知識の思いぶりが打ち破られ、名号のお助けの獲られたのが信心ですが、それの獲られないのは計らい心があるからとされています。その計らい心とは疑いの心のことであり、これを二心とも言い、分別心とも言うのです。分別心は猶予心で、知識の立場に立つものです。これを破るのが智慧の光明のはたらきです。智慧のはたらきで計らいが取り去られて、名号がすなおに頂かれるのです。仕上がった法が獲られたのが信心で、お浄土参りの人間にさせて頂くのです。仏智不思議により回向されたのです。
 ところが、疑いのある間はいけないから、よく聞いて間違いのないという心になろうとしますが、それは案外計らい心を固めにかかる場合があるものです。もしそれだとすれば、聞かしてもらう隙さえなくなってしまいます。長い間のお育てで信心が出来たよろこび、疑いが除かれたというのが、計らい心が固まったものであってはなりません。仰せを信じよう、安心しようの心が除かれて仰せがすなおに聞こえたのです。仏智不思議によって回向されるのであり、如来に見抜かれた私が救われるのです。この私を問題として成就されたお助けが聞こえて下さるのです。これが疑心あることなしです。決定の法が与えられるのですから、私の計らいを一点も加えることはありません。それは私の計らいを借らない法が聞こえて下さるからです。つまり弥陀のお助けがこの自分の上で働き給うて信心となって下さるのです。それゆえ名号(仰せ)にわが思いを加えて聞くのでもなく、またそれから差し引いて聞くのでもありません。名号(仰せ)のままを聞き、お助けの仰せのままが聞こえて下さるのです。如来のお助けに助けられるのであり、仰せのままに私の全体が計らわれてゆくのであります。

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2009/11/15(日)
 即ち信心というてもそれは我執のないものです。法のままに助けられてゆくのであって、その法は仏心、清浄心、智恵心です。この法に助けられたのが信心です。私たちの知識の上の思いぶりが破れて、仰せのままに育てられ、仏智のはたらきで、他力信を如実に頂くのです。名号のお助けの獲られたのです。
 六連島のお軽同行でさえも、
「合点ゆかずばゆくまで聞きやれ、聞けば合点のゆくお慈悲。合点したのは聞いたにあらず、それは知ったの覚えたの。合点せいとは口では言えど、不思議不思議のほかはない」
と言うております。

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2009/11/15(日)
 わが浄土真宗では「信心」が涅槃の真因であるとされていますが、これを聞いて、「それほど高大なものであれば容易なことではないであろう」と思い、なにやかや計らい心を入れようとします。そしてとにかく疑いが無くなって、これなら間違いないという心になろうとします。しかしその心にはなかなかなることが出来ませんから、一層なってみたい気持ちにかられます。そして「どうしたら信心が獲られるか」ということに思いをはせます。だからもしその「どうしたら」が解決出来たとき、信心が獲られたように思うのです。
 ところが、真宗の法義はお助けが至りとどいて如来のお助けに助けられるのであり、そのすがたが信心決定であるとされるのです。自分のちからで疑いが除かれたのではありません。仏智満入するところに、仰せにおまかせした行者とならせて頂くのです。つまり、仰せの聞こえたのがおまかせ申したことです。なおまた「この如来に助けられてゆくことを知れ」と仰せられるのではありません。この如来のお助けに助けられてゆくことをよろこべとさとされるのです。

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2009/11/13(金)
ちょっと難しいかもしれませんが、非常に大切なことです。

まず、加茂仰順師の『親鸞教学研究』より

第五節 真宗法義の立場
第一項 法義の位置づけ
一、廻向による分類(省略)
二、修・性の二徳による分類
 法界の如実相は、性徳・修徳の二面があって、しかも修性不二である。その中、性徳にすわる教えと修徳にすわる教えとがある。
 性…平等の理を語って、その実現を期する聖道門
 修…迷悟の差別を認めて、修徳の利を蒙る浄土門
それ故に、更に詳しくすれば、次のようになる。
 性徳…自力門の修因感果の法…廻向を行者の側に語る立場
 修徳…他力門の修徳顕現の法…廻向を弥陀にかぎる立場
これによって、悉皆成仏の実現は、他力教にかぎるということになる。
ここにまた、行を主格とする自力教と、信、(御廻向の信心)を主とする他力教が分かれてくる。
要するに、真実は「唯信」にあるということになるが、このことが成立するのは、仏随自意の法であるからである。


難しいですね。

理解を深めるために、ここで梯實圓師の『聖典セミナー 教行信証[教行の巻]』から引用します。

虚妄分別を離れた如来の無分別智が、迷っている人びとを救うために無分別後得智をおこしてもうけられたのが、一切衆生を善悪・賢愚の差別なく無礙に救いたまう本願の救いでした。それはまさに不思議の仏智の表現された領域であって、唯仏与仏の知見(ただ仏と仏とのみ知りたまう)の領域でした。ですから、たとえ最高位の菩薩である弥勒菩薩といえども、本願を思議し、計り知ることはできません。その仏智不思議の本願を人間の理知によって思議し、計量して信受しないことを本願疑惑といい、はからいをまじえずに仏智不思議の本願を信受することを信心というのです。したがって、本願疑惑は仏智に背反する心であり、虚妄分別を体としている分別思議を本体とする心です。
 いいかえれば、同じ虚妄分別が、真如という性徳を受けいれないことを無明といい、無礙光如来の本願という修徳を受けいれないことを疑惑といっていたのです。そのように両者は、体は一つであるから、本願疑惑を無明ともいうことができるのです。
 しかし性と修の別がありますから、そのあり方は同じではありません。すなわち疑無明は現生において本願の法を信受するときに破られますが、痴無明は煩悩とともに臨終まであり続けます。しかし体は一つですから、疑が破れたとき、妄念煩悩はあっても生死に迷うことはなくなります。
『正信偈』に、
 たとへば日光の雲霧に覆わるれども、雲霧の下あきらかにして闇なきがごとし
といわれたものは、そのこころをよく表しています。
 なお親鸞聖人は、本願に対するときは必ず疑といって、無明とはいわれません。ただ本願を仏智とみなし、光明と見るとき、それに背反する疑惑のことを無明と呼ばれたのです。これは性と修をはっきり区別し、修より性へという浄土教の教格を厳守されるからです。しかし、信心は無明を破る仏智を体としているというので、「信心の智慧」と表現されるように、信心を智慧と呼ばれるのです。


簡単に言いますと、性徳とは真如法性の理で、それに向かって修行をし、覚るというのが聖道門です。それに対して、我々にはそのようなことはできないので、阿弥陀仏の本願(修徳)を受けいれて救われるというのが浄土門です。
阿弥陀仏の本願を受けいれて、すなわち信心獲得して無くなるのは、修徳に対する疑惑(疑無明)であり、性徳を受けいれない心(痴無明)は死ぬまでなくなりません。しかし、疑無明が破れたときに「生死に迷う凡夫」ではなくなるのです。

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2009/11/12(木)
 真宗の信心は、お浄土へ参らしていただけるほどの広大なものであるから、しっかり聞いて、まちがいないという決定の信のえられるまで聞くのである
といえば、無茶苦茶になる。

 とても広大な信であるから、真剣に聞くのである、たとえ聞いても一遍には出来ないから、永い間聞いて、お助けのこころがいただかれたのが信心決定である
といえば、これはまちがいである。

 相対の私から絶対へは求めることは出来ないが、絶対から相対の者へは自由自在に救うことが出来る。これが真宗の立場である。

 しかしその絶対は私には分からないから、それをあらわすために名号となられたのである。これが成就法といわれる弥陀の法である。つまり修徳顕現されたのである。私はこの成就された法に救われてゆくのである。ご開山様はこのことを『ご本典』の上で、「他力」と「一乗の法」の説明をされてある。その中で他力は「易」の至極をあらわされ、「一乗」の法は法の勝れたことをあらわしてこの尊い法に助けられてゆくことを、つまり、私の計らいの一点も加わらない不作の法、無義為義の法をあらわしたもうのである。だからあら心得やすといえるのである。つまり私が浄土へ参らせていただく徳が成就された法に救われるから、私の思いを否定され、転成されるはたらきを持つのが名号法である。

 私に知らすために、絶対の方が御名とあらわれて下されたのであるから、私がこれを称えられうるような易行ではない。それを聞き損なって、私が称えることが出来る念仏と思い、願えるお浄土と思う。凡夫のための為凡の法を同凡の法にして、凡夫の私に出来る法としてしもうたのである。聞き損ないもはなはだしい。

 当流は、如来の仰せの聞こえたのである。聞こえたとは計らわれたこと、それを如来のおこころのいただかれたという。私の計らいがとられて、如来の計らいに計らわれてしもうたのである。これを往生が定まったというのである。

 如来に計らわれた身の上にされたことが、救われたのである。

 ご開山様は、法然聖人の念仏と示されたことについて、多くの誤りが出来たので、信心往生の己証を立てられたのである。その信心も如来の仰せに随順したとなるから、その信心を無疑とあらわされて、計らいのとられたところの無疑で示されたのである。安心しようの心がとられてしまったのである。それが如来のお慈悲の聞こえたのである。安心しようの心は分別心、計らい心である。聞いて疑いをとろうとすることが計らいである。実は疑心のない法を聞かせていただくから疑心がないのである。聞こえたのが無疑である。

 我が否定されて無我のさとりを開くのが縁起の法である。聖道門は絶対の法がうつるのであるが、弥陀法は、相対のすがたとしてあらわれたのである。金塊が金の獅子になったのである。金の獅子であるが金の価値は少しも無くなっていない。それが分からないから、信じて、称えて、ときばるのである。信じて称えてではない。計らいがとられて呼び声に助けられるのである。信心というと、聞いてまちがいないと思うことのようになるから、真宗では計らいにとられたという無疑で示されるのである。

 だからこれを要約すれば、私の上にまちがいないという決定心が出来たのではない。もし私の上にまちがいのないというものが出来たとすれば、それは計らいがかたまったのである。それは絶対の法をつかまえたことになる。如来にまかしたのでない。つかんだのである。これが出来ても、往生は出来ない。

 聞いて疑いが晴れたというのではない。家へ帰ってみると、それでもという疑いが出る。疑いは不審ではない。分別心である。疑いとは、どうだろうか、こうだろうかの心で、猶予の心である。若存若亡はこれである。ところがまちがいないという決定心が出来たのではない。これは分別心がかたまったのである。いずれも計らいである。絶対の法をつかまえたことになる。これ、如来にまかしたのでない。つかんだのである。これでは往生は出来ない。

 当流は疑いのない、さわりのない法を聞かせてもらうのが聞信の一念である。疑心のない法の聞こえたところに、計らいの疑心のない法の聞こえたところに、計らいの疑心がとれてしまう。相対の気持ちで計らっていた、その計らいがとれた、それが疑いのとれたのである。聞いたからとれたのでない。つかもうとする気分が如来にとられたのである。弥陀に負かされたのである。私の疑いを晴らそうとして聞いたのではない。信じたというも、信じられんというも、共に法が聞こえてない。私からの思いを満足されるのではない。如来からのお救いである。相対的な分別心(疑い心)で如来のものをとろうとするところにあやまりがある。

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2009/11/10(火)
 これについて「ご本願のお手元は疑うているとは思わないが、何やら心がしっかりとしない。これは今落ちるということが知れないからではないのか」ということをよく耳にすることがあります。この心持ちは、落ちるすがたになってみようとしているのです。しかし死んだ時には必ず落ちますが、死なぬ先から落ちると心を押してみても、落ちる気にはなれません。今落ちると言うても、心の底は今落ちるとは思われないものです。それはあたかも病人が医師の仕事をするのと変わりません。これを言うてみれば、診察して重い病気か軽い病気かを見定めて薬を与えられるのが医師の役目です。そのさしずにしたがって薬の飲むのが病人です。それであるのに薬を飲むことはほかにして、わが手をにぎって軽いか重いか、治るか治らないかと脈ばかりみていて、病気の治るはずがないのと同じことです。だから自分で脈をみるような骨折りは止めてしまうことです。落ちると思うても、思わなくても落ちることは必定です。ところが、有り難いことには、落ちるよりほかないこの身が如来の正客であると仰せられるのでありますから、落ちるこの身のなりを助けるぞよのおまことが聞こえたところに安心となります。

 ところがまた、その安心をしたい心から悩む場合がありますが、その心持ちをうち割ってみれば、安心できたらお助けにあずかりうるという気分があるわけです。安心できだらお助けと思う心は、帯をしめて、着物を着るようなもので、順序を誤っているのです。私たちは着物を着て帯をしめるのですから、弥陀のお助けが聞こえたところに、安心となるのです。さらに言えば、お助けに安心させてもらうのです。安心したい、落ち着きたい、喜びたいの思いがさきに立つのではなく、お取り次ぎによってお助けを、お助けと聞かしてもらうところに、安心したいの思いに用事が無くなって、およびごえのままに安心させられ、落ち着かせてもらうのです。ここのところをお軽同行は、「弥陀の仰せを聞いてみりゃ 聞くより先のお助けよ 何の用事もさらにない 用事なければ聞くばかり 」と述べています。

 ここで私たちの機ざまについて触れておかねばなりません。トンボがガラス障子に当たり、ちょっと横になれば出られるものを、出たい出たい一杯でガラスにぶち当たっています。そのうち尻尾がちぎれ、足がちぎれて落ちてしまいます。どうもこの機ではと、どうもどうもで長い間おしつまって、抜けられんことをもがいてまいりました。せっかく尊いおみのりを聞きながら、その身にならん、そうは思えんという気持ちが起きてきて、自分の心にぐずぐずしています。この心が万劫の仇です。このたびこの心にうちとられるか、うちとられずにすむか。この心がどうにかなったらお助けにあずかるかのように思い、なれないことをもがきます。六連島のお軽もはじめは、「晴れようにかかって晴れられん。晴らしてやるのがもらわれん」というてなげいていますのもこのことです。一文菓子を買うようなつもりであってはなりません。今聞いて頂けん法なら、50年命を棒に振って聞いても頂けんものは頂けません。

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2009/11/09(月)
加茂仰順師の『親鸞教学研究』141頁より

「一念多念証文」には「廻向とは本願の名号をもて、十方の衆生に与え給うみのりなり」と釈されてある。ひらたく言えば「下さる」ということである。
 それ故に、名号とは「与えて下さる法」ということである。即ちこの私に渡し与えて下さる法である。
 ここで一つ注意しておかねばならないことは、「与えるから受け取れ」というのではなく、「与える」という以外にはないのである。なぜならば、私どもには受け取る力さえないからである。これは何でもないことのようであるが、このことは大切なことがらである。このことが聞こえてないと、もらうことにのみ骨折ることになって、法義の方向を誤ってゆくことになる。
 要するに如来の廻向は「与えるぞ」の一点張りである。しかもその「与えるぞ」とは、「摂取するぞ」ということである。だから他力廻向とは摂取廻向の意味である。

何も言うことはございません。
浄土真宗で一番大切と言ってもいいんじゃないかと思いますよ。

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2009/10/30(金)
私は加茂仰順師の本だけを読んでいるのではありませんが、
というよりもほとんど読んでいませんが、一応持っているものは次の通りです。
それにしても、山口県というのは加茂仰順師や深川倫雄師、江戸末期には教専寺の大厳師、お軽さんも出て素晴らしいところです。
(当たり前ですが、お軽さんの善知識・現道師も山口県の人ですね)
そういえば、私の近くにも山口県出身の人がいます。

☆私が持っているもの
【永田文昌堂】
  顕浄土真実信文類講要(第二巻)
  親鸞思想研究
  親鸞教学研究
  親鸞の世界 -信の領解ー
  親鸞<信>
  浄土真宗 信心
  真宗の御法義
  親鸞と人生
【百華苑】
  安心座談 お救いのみち
  真宗安心
  名號不思議の信心
  法話十二ヶ月
【探究社】
  真宗の安心

これ以外に、知人から借りているものに『御安心』があります。
また、別の知人が『西の親里』を求めることができ、いい本が手に入ったと喜んでいました。
加茂仰順師の著作はこれくらいではなく、もっとあるのでしょうが、現在はほとんどが古本としてしか入手できないですね。
永田文昌堂の『浄土真宗 信心』は新しいので、手に入れやすいです。
1冊は持っていたいものです。

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2009/10/29(木)
参照:
○浄土真宗本願寺派 山陰教区HP 山陰の妙好人

○『御安心』(加茂仰順著)より ↓お味わい下さい
 石州(石見国、島根県)の履善和上は、その若い時7年間、聞法に打ちこんで歩かれたそうです。そのことについてその足跡をたどってみますと、わが家を出て5年目に帰ってきました。
 父仰誓和上は、履善が玄関に立っていることを知らせに来た家内に、「草鞋の紐をとかず玄関で待っておれ」と言いつけました。しばらく出て来られた仰誓和上は、「その方の領解を述べてみよ」と申されます。
 履善は「私は堕ちる者であるが、それを参らせるとあるから、参らせて頂きますと聴聞させて頂いております」と答えます。
 仰誓和上は「そういうことであろうと思ったから、そのままで待っておれと言うたのである。ここへ上がることはならぬ。求めて真実の他力を聞け」と厳しく諭しました。お茶一杯も頂けず、履善はまた旅に出ました。
(こういうお方もあったということで、我々もまたこのようにせねばならないというのではない。)
 履善は聞いて聞いて歩いて2年して、ある山寺の老院を訪ねました。その老院は大層ご法義のあついお方でありました。
 履善は今までのことをお話ししました。そして「真の他力を教えて下さい」と言いました。老院は「あなたは7年間聞いて、今嘆かれるが、聞いて来いよのお慈悲でない。そのまま来いよのお慈悲である。現に今聞かれんあなたに聞いて来いとの注文ではない。」と諭されます。
 すると、履善は「ではこのままですか」と申せば「ちがう」との言葉。「凡夫はみな聞いてとろうとする。…」
 履善は「もう一度聞かせて下さい」と言えば、
 老院は「聞いて来いよのお慈悲ではない。そのまま来いよのお慈悲である」と繰り返される。
 履善は「そのままと仰せられるから、このままですか」と言えば、「あかん」との言葉。
 そうすること三度、そのあげく、「それでは助かりようがないではありませんか。私はもうそのようなことは聞き得ませんから、聞かずに帰ります」と言う。
 その時、老院は「高いぞな。高いぞな」と仰せられる。舎利弗でも聞く力はないと申されるが、ここのこと。下がった頭は上がりませんでした。滝の如く念仏がこぼれ出ました。聞こうと思えば聞きうるように思っていたが、どれほどたっても助かる縁の無いのが私であった。如来のご威徳でこそ聞かされるのでありました。
 履善は家へ帰って来ましたら、仰誓和上は飛んで出てきて、「よう帰った。早く上へあがれ」とやさしく申されました。今度はどう聞いたかもありません。「えらかったろう」と言われました。履善の手をしっかり握って喜ばれました。父仰誓和上には、何もかもその心の中が分かっていたのでした。
 私には聞く力はありません。他力のお仕上げの法を聞かせてもらうことです。永劫かけて沈む私、逃げ場のない本願のお手際のよさをよろこぶばかりです。
 後に履善和上は、これを詩にあらわしていられます。「久しく妄心に向かって信心を問う 断絃を撥して清音を責むる如し 何ぞ知らん微妙梵音の響 劉亮として物を悟さしむ 遠且つ深」と。
 聞くうちにはそういうお慈悲かいなと目が覚めるであろうと思っていた私でした。何ぞ知らん微妙梵音の響で、摂取不捨と変えてしもうて下されます。自分の勝手聞きではありません。他で聞かせてもらうなら、聞きました、頂きましたというものが残るものではありません。領解をたのむのではない。弥陀をたのむのであります。一から十まで、南無の二字のご威徳でありました。安らかな世界へ安住するは、ひとえに法体成就のご威徳でありました。
 地獄一定の私を助けてやるでない。なぜなら、地獄一定といっても私には堕ちる気はないのです。地獄といっても口だけです。ねじのかからん機とはこの私のことです。破れ常前とは私のことです。自身は現にこれ罪悪生死の凡夫であり、出離の縁のない私です。とかくこういうあさましい者を助けて下さると言うておりますが、私があさましいと問題にした者が助かるのではない。私がつまらんからお助けではない。あさましいからお助けではない。助かろうと、助かるまいと、弥陀の本願の前にはすべて否定されるのです。小経には舎利弗が叩かれています。つまっても、つまらんでも、六字で否定しつくされるのです。
 如来この我となって「とりえなし」とあらわして下さるのです。自力無功とあらわして下さるのです。はたらきにふれるからこちらの自力が負けたのです。私の理解や概念が破られる。思う思わんに用事のない法を、用立てしようとしていた私、まったく当てのはずれたことであります。六字はいつも私のところへ来て下さいますから、私の計らいが一切負けです。私が聞いたから破られるのではない。如来のはたらきで破られる。破るはたらきが南無に仕上がっている。聞いたものでやっているのはあかんことであります。そのようになろうとするには、法を眺めものにしていること。六字の法を聞くほかはありません。思うも思わぬも見られた立場に立つのが信知の世界です。さきの話ではないが、頭の上がらんものの前に立つのです。背中を向けている自己が知らされるのですから、一生涯頭が上がらんのです。助かりたい一杯が自力一杯。助からん私とは、私の本来の姿です。それは如来がすべてをはぎとって、その通りのままにせしめてしもうたことです。助からんという心境になろうと思うたからなったのではありません。六字が我になってしもうたのです。
 親の見た本当の私であること、それは親が来た姿です。その意味で、助からぬとは言わせての親の声です。私はなりたい一杯ですが、それを破られたから、こちらが負けです。親が来ておりますから、たのまずにはいられないのです。信ぜずにはいられないのです。称えずにはいられないのです。これ雑行すてて弥陀たのむのです。念仏したら、信じたらではありません。念仏せずにはいられない身であります。
 なんと高大な仕掛けがあったものです。弥陀のはたらきは、まったく不思議というほかはありません。こんな不思議はまたと世にはありませんでしょう。

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2009/10/26(月)
 私の形や心にあらわれるすべての模様を、弥陀は、ほんのそのときの有様であると見て、そんなことにはおかまいなく、私の気のつかない、どうしても落ちねばならない私の素地にお眼をつけさせられたのでした。そしてこの望みの絶えた素地こそが弥陀の目当てである。その素地のためゆえに、五劫の思惟、永劫の修行の元手をおろしたぞ。それだから後生にかけての心配ならどれほどあってもかまうことはない。案ずるな、世話やくなとの仰せです。
 しかるにこの私はそれとは知らないで、どうでもよいはずの心の有様にこれでよかろうか、これではいけませんかと心痛しています。この心の有様がたとえ「有難い」とか、「安心した」とか、「うれしいことよ」とかになれたとしても、そんなことでおよろこびになる弥陀じゃありません。私の知らない、少しも気のつかない、後生にかけてはまじめさのない、大事のかからない私。勿論お浄土へは参る望みもない、それかと云って地獄へ行くことも何ともない、とたとえてみれば、目の形も、鼻の形もない、本当にしようしかたのない、この素地が、見抜いたときと少しも変わりがなかったら、わが六字がまるまる役に立つゆえ、この弥陀はうれしい。
 要するに「有難い」も「うれしい」も「ほんまかしらん」も、みんな心の模様です。「それならばおかしなことぢゃ」と思うことも心の模様。そんなことはあってもよい。いよいよ駄目な素地を見抜いて、それをめがけていのちがけでおひきうけくださってある弥陀であります。
 弥陀いつも「直ちに来れ」と喚びたまうてあります。その「直ちに」とは何一つも用意はいらないということ。親の待つ前には土産も、着物もいらぬ、いまのすがたのままぞよ。欲も怒りも、愚痴も、捨ててではない。地獄行きのまま、いのち終わり次第、連れてかえるのお助けであります。この私が仏くさくなってからではない。見抜かれた私の素地のまんまが喚ばれておるのです。そして与えられたままのものから南無阿弥陀仏と口から出て下さるのです。

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2009/10/23(金)
加茂仰順師 『親鸞<信> -本願の念仏-』(永田文昌堂)より ②
極難信 352頁
(一部漢字、かなを変えてあります)
大切なのでよく読まれることをお薦めします。

 もしも真宗のおみのりは聞けば聞くほど難しいという者があるならば、それは理屈を知ろうと思うからです。真宗は、無上の妙果に至らせていただくのですが、その無上の妙果に至るのは易いが、真実の信心を得ることが難しい。なぜ難しいのかというと、真実の信心は、如来の加威力によるからである。また如来の大悲広恵の力によるからである。つまり、如来から与えて下さるものだから難しいのであります。
 それはまたなぜでありましょうか。与えて下さるものを私がつかもうとするから難しいのであります。
 与えて下さる如来の名号の親心を私がすなおに聞けばよいのですのに、それを私がしっかり信じてとか、称えてとか手を出します。ここに難しいといわれるところがあります。聞けば聞くほど難しいのではありません。聞いて信じて、しっかりなってと私が難しくしているのです。聞いて、こういうおかげでと理屈で知ろうと思うのです。私が信ずるということ、しっかりなろうとすることに力を入れるから難しいのです。
 如来はしっかり信じたら、称えたら、しっかりなったらというのではありません。よい加減のことであればどうでもよいのですが、弥陀のおさとりの得られるだけのものだとなると、私ごとき者に出来るものではありません。だから、こちらからどうにかなってではなく、如来からそのお助けがあらわれて下さらねばなりません。
 それは私が見とどけてとか、それをしっかり仕とおせとかいうものではありません。
 如来のお助けはよびごえとなって、私の中へあらわれて下さるのであります。如来のお助けのはたらきが声となってあらわれて下さるのであります。この私のあさましさに泣いているのであればまだしもですが、今のすがたが悪いとも気付かず、これでよいのだという日暮しをしております。それゆえこの私に慈悲の涙を流されているのです。
 この私のために本願をたて、それを仕上げていま南無阿弥陀仏となって、私を喚んで下されてあるのです。あさましい私を知って、その知った私を助けて下さるのが南無阿弥陀仏だとなると、罪福信ずる行者になります。お助けも代償になってしまいます。私は自分のことも問題とせず、しらぬ顔の者だそうですが、私が問題とせねばならぬことを、如来が心配して下さるのが真宗であります。私の助けられてゆく法までを如来が心配下されて、成就して下されたのが南無阿弥陀仏であります。それゆえ南無阿弥陀仏を向こうに置いて信じにかかるのではなく、南無阿弥陀仏のはたらきが、私にあらわれて下さるのであります。(中略)そういういわれの南無阿弥陀仏を、信じよう、いただこうとと手を出すものですから、いただけないのです。難信の法とは、ここのところを仰せられたのです。難しいのは法ではありません。ゆきやすい、こころえやすい法を私の計らいをもって、いただきにかかるところに、難信の法にしてしまっているのであります。

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2009/10/22(木)
加茂仰順師『親鸞<信> -本願の念仏-』(永田文昌堂)より
 それは、昔、鮮妙和上さんがある所でお手洗いにゆこうと思って、その入口の戸を右に引いても左に引いても開かないので、こまっていられました。幸い主人が来たから、戸が開かぬと申されたら、むこうに開く戸ですから、おいでなさればひとりでに開くと申しますから、その言う通りにされたら何の事もなく通れたということであります。
 自分の計らいを、右に引いたり、左に引いたり、こちらへ引っ張ったりしておれば、難中の難これにすぎたるはなしであります。そのまま来いよのお言葉に従うて、はいと従えば、どうして戸が開いたやら、どこで疑いが晴れたやら、往生一定、たしかな信心の戸が開いて、何の様もなく参れる。ささいなたとえでありますが、和上さんの身にふかく感じられたということであります。

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