林知康

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2009/09/13(日)
歎異抄の構成は、第10章の扱いが解説書によって多少の違いがあるものの、

・序
・師訓篇(第一部、親鸞聖人の語録) 第1章~第10章
・中序(別序) ※第10章に含める場合もありますが、それでも内容は後半の序です
・異義篇(第二部、歎異篇)     第11章~第18章
・後序(結、後述、後記)
・流罪記録 ※ないものもあります
・蓮如上人奥書

となっております。

師訓十章を妙音院了祥師の説などによって分けると

・安心 第1章、第2章、第3章
・起行 第4章~第9章
  ・利他 第4章、第5章、第6章
  ・自利 第7章、第8章、第9章
・深信終帰 第10章

となります。

これまで、第1章~第6章までについて述べましたが、第1章が全体の総括であることは多くの人の一致するところです。
また、了祥師は第10章を重要視しています。
第9章は師訓篇のなかで唯一、質問が書かれているという特徴があります。
師訓篇でまだ述べていない、第7章~第10章までの内容を、歎異抄講讃(林 知康著 永田文昌堂)から引きます。

第7章 念仏は何ものにも障碍されない唯一絶対の大道であると述べ、さらにその大道を歩む念仏者の自由性を示す。

第8章 念仏は自力のはからいによる行でもなく善でもない、ただ阿弥陀仏の本願力のはたらきであるから非行非善というのであると述べる。

第9章 唯円と親鸞聖人との念仏往生の問題についての対話である。念仏と踊躍歓喜の心境、念仏と欣求浄土の気持ちが直接結びつかないのは、煩悩のしわざである。その煩悩を持った凡夫のために阿弥陀仏の大慈大悲の本願がある。それゆえ浄土往生は決定していると述べる。

第10章 行者の自力のはからいを否定して、念仏の他力性を明らかに示す。親鸞聖人の語録の結語にあたり、また後の異義批判の基準ともなっている。


確かに、第7章と第8章とはセットで読んだ方が理解できます。
「無碍の一道」の無碍は、「無碍人」からきているでしょうが、無碍人とは諸仏のことですので、勘違いする人も出てくる可能性があり、それを否定するためにも、第8章の記述は必要だったと思います。
これらの章の理解には、親鸞聖人の御消息を読まれるといいでしょう。
長いですが、強調箇所だけでも読んで下さい。

 諸仏称名の願(第十七願)と申し、諸仏咨嗟の願(同)と申し候ふなるは、十方衆生をすすめんためときこえたり。また十方衆生の疑心をとどめん料ときこえて候ふ。『弥陀経』の十方諸仏の証誠のやうにてきこえたり。詮ずるところは、方便の御誓願と信じまゐらせ候ふ。念仏往生の願(第十八願)は如来の往相回向の正業・正因なりとみえて候ふ。まことの信心あるひとは、等正覚の弥勒とひとしければ、如来とひとしとも、諸仏のほめさせたまひたりとこそ、きこえて候へ。また弥陀の本願を信じ候ひぬるうへには、義なきを義とすとこそ大師聖人(法然)の仰せにて候へ。
 かやうに義の候ふらんかぎりは、他力にはあらず、自力なりときこえて候ふ。また他力と申すは、仏智不思議にて候ふなるときに、煩悩具足の凡夫の無上覚のさとりを得候ふなることをば、仏と仏のみ御はからひなり、さらに行者のはからひにあらず候ふ。しかれば、義なきを義とすと候ふなり。義と申すことは自力のひとのはからひを申すなり。
他力には、しかれば、義なきを義とすと候ふなり。
このひとびとの仰せのやうは、これにはつやつやとしらぬことにて候へば、とかく申すべきにあらず候ふ。また「来」の字は、衆生利益のためには、きたると申す、方便なり。さとりをひらきては、かへると申す。ときにしたがひて、きたるともかへるとも申すとみえて候ふ。なにごともなにごとも、またまた申すべく候ふ。
御消息19 註釈版聖典 776ー777頁)

 笠間の念仏者の疑ひとはれたる事
 それ浄土真宗のこころは、往生の根機に他力あり、自力あり。このことすでに天竺(印度)の論家、浄土の祖師の仰せられたることなり。
 まづ自力と申すことは、行者のおのおのの縁にしたがひて余の仏号を称念し、余の善根を修行してわが身をたのみ、わがはからひのこころをもつて身・口・意のみだれごころをつくろひ、めでたうしなして浄土へ往生せんとおもふを自力と申すなり。また他力と申すことは、弥陀如来の御ちかひのなかに、選択摂取したまへる第十八の念仏往生の本願を信楽するを他力と申すなり。如来の御ちかひなれば、「他力には義なきを義とす」と、聖人(法然)の仰せごとにてありき。義といふことは、はからふことばなり。行者のはからひは自力なれば義といふなり。他力は本願を信楽して往生必定なるゆゑに、さらに義なしとなり。
 しかれば、わが身のわるければ、いかでか如来迎へたまはんとおもふべからず、凡夫はもとより煩悩具足したるゆゑに、わるきものとおもふべし。またわがこころよければ往生すべしとおもふべからず、自力の御はからひにては真実の報土へ生るべからざるなり。
 「行者のおのおのの自力の信にては、懈慢・辺地の往生、胎生・疑城の浄土までぞ往生せらるることにてあるべき」とぞ、うけたまはりたりし。第十八の本願成就のゆゑに阿弥陀如来とならせたまひて、不可思議の利益きはまりましまさぬ御かたちを、天親菩薩は尽十方無碍光如来とあらはしたまへり。このゆゑに、よきあしき人をきらはず、煩悩のこころをえらばず、へだてずして、往生はかならずするなりとしるべしとなり。しかれば恵心院の和尚(源信)は、『往生要集』(下)には、本願の念仏を信楽するありさまをあらはせるには、「行住座臥を簡ばず、時処諸縁をきらはず」(意)と仰せられたり。「真実の信心をえたる人は摂取のひかりにをさめとられまゐらせたり」(同・意)と、たしかにあらはせり。しかれば、「無明煩悩を具して安養浄土に往生すれば、かならずすなはち無上仏果にいたる」と、釈迦如来説きたまへり。
 しかるに、「五濁悪世のわれら、釈迦一仏のみことを信受せんことありがたかるべしとて、十方恒沙の諸仏、証人とならせたまふ」(散善義・意)と、善導和尚は釈したまへり。「釈迦・弥陀・十方の諸仏、みなおなじ御こころにて、本願念仏の衆生には、影の形に添へるがごとくしてはなれたまはず」(同・意)とあかせり。
しかれば、この信心の人を釈迦如来は、「わが親しき友なり」(大経・下意)とよろこびまします。この信心の人を真の仏弟子といへり。この人を正念に住する人とす。この人は、〔阿弥陀仏〕摂取して捨てたまはざれば、金剛心をえたる人と申すなり。この人を「上上人とも、好人とも、妙好人とも、最勝人とも、希有人とも申す」(散善義・意)なり。この人は正定聚の位に定まれるなりとしるべし。しかれば弥勒仏とひとしき人とのたまへり。これは真実信心をえたるゆゑにかならず真実の報土に往生するなりとしるべし。
 この信心をうることは、釈迦・弥陀・十方諸仏の御方便よりたまはりたるとしるべし。しかれば、「諸仏の御をしへをそしることなし、余の善根を行ずる人をそしることなし。この念仏する人をにくみそしる人をも、にくみそしることあるべからず。あはれみをなし、かなしむこころをもつべし」とこそ、聖人(法然)は仰せごとありしか。あなかしこ、あなかしこ。
 仏恩のふかきことは、懈慢・辺地に往生し、疑城・胎宮に往生するだにも、弥陀の御ちかひのなかに、第十九・第二十の願の御あはれみにてこそ、不可思議のたのしみにあふことにて候へ。仏恩のふかきこと、そのきはもなし。いかにいはんや、真実の報土へ往生して大涅槃のさとりをひらかんこと、仏恩よくよく御案ども候ふべし。これさらに性信坊・親鸞がはからひまうすにはあらず候ふ。ゆめゆめ。
御消息6 註釈版聖典 746-749頁)

 如来の誓願を信ずる心の定まるときと申すは、摂取不捨の利益にあづかるゆゑに不退の位に定まると御こころえ候ふべし。真実信心の定まると申すも、金剛信心の定まると申すも、摂取不捨のゆゑに申すなり。さればこそ、無上覚にいたるべき心のおこると申すなり。これを不退の位とも正定聚の位に入るとも申し、等正覚にいたるとも申すなり。このこころの定まるを、十方諸仏のよろこびて、諸仏の御こころにひとしとほめたまふなり。このゆゑに、まことの信心の人をば、諸仏とひとしと申すなり。また補処の弥勒とおなじとも申すなり。
 この世にて真実信心の人をまもらせたまへばこそ、『阿弥陀経』には、「十方恒沙の諸仏護念す」(意)とは申すことにて候へ。安楽浄土へ往生してのちは、まもりたまふと申すことにては候はず。娑婆世界に居たるほど護念すとは申すことなり。信心まことなる人のこころを、十方恒沙の如来のほめたまへ ば、仏とひとしとは申すことなり。
 また他力と申すことは、義なきを義とすと申すなり。義と申すことは、行者のおのおののはからふことを義とは申すなり。如来の誓願は不可思議にましますゆゑに、仏と仏との御はからひなり、凡夫のはからひにあらず。補処の弥勒菩薩をはじめとして、仏智の不思議をはからふべき人は候はず。しかれば、如来の誓願には義なきを義とすとは、大師聖人(源空)の仰せに候ひき。このこころのほかには往生に要るべきこと候はずとこころえて、まかりすぎ候へば、人の仰せごとにはいらぬものにて候ふなり。諸事恐々謹言。
御消息20 註釈版聖典 778-779頁)

第7章~第10章を理解するには「現生十種の利益」の意味を知ることが大切と思います。
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