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2011/02/03(木)
アマゾンにお薦め本のリストを作っておきました。
http://goo.gl/fYqhF
参考にして下さい。

ニックネームを「あほうどり」にしたら、「不適切な言葉」としてはねられました。
それで「アホウドリ」になっています。
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2010/12/27(月)
梯實圓和上の「聖典による学び」の中で、ご本人も「ややこしい」とおっしゃっていることに同一性の説明があります。
http://goo.gl/TirKz

この「同一性」について理解を深めるために、山内得立氏の説明を紹介します。

第二 ロゴスの展開
(略)
 同一性の判断は、事物がそれ自らをそれ自らとして、それ自らに於いて断定することである。事物は時々刻々に変化してやまぬものであるが、それにも拘らずそれ自らを維持し、それ自らとして有らんとする。この自己同一性なしには事物は存在し得ぬ。事物が有るというのは或るものとして自らを保持することであり、変化の中に不変なるものを失わぬことによってそれ自らであり得る。自己同一的であり、自同性を保つことによってそれ自らとしてあり、決して他でないものとして有りうるのである。しかしそれと同時に自己が自己でありうるのは他と区別することによってであり、自他を分別することなしには自己を堅持することができない。自己とは他者に非ざるものであり、他者は自己ならざるものである。自他の分別なきところに他者はなく、自己もまたあり得ない。自が自であるのはそれが他でないことによってであり、他が他でありうるのはそれが自に非ざる故にである。有るものを或るものとして決定するのはそれ故に却って否定の上に立っている。omnis determinatio est negatioということは茲に於いて妥当するが、我々にとっては、ロゴスが単に肯定ではなく常に否定を伴って初めて、その機能を完うするということが大切である。ロゴス的であるというのは否定すべきものを否定し、肯定せらるべきものが肯定せられるということであった。その執れが先であり、根本的であるかということよりも、肯定は否定なしには、否定は肯定なくしては共に成立しないということがより肝要なのである。それはロゴスが先ず肯定と否定とに分別せられ、この分別なしにはロゴスは論理として働くことができない。論理とは正しい判断であり、判断は肯定か否定かの執れかでなければならなかった。(以下略)
『ロゴスとレンマ』(山内得立著 27頁)


omnis determinatio est negatioはスピノザの言葉で、「すべての規定は、否定である」という意味です。

タグ : 梯實圓 山内得立

2010/12/14(火)
 昔、猟師が喧嘩をしていて、そのあげく、一方が他方に押されて川に落ちてしまい、いまにも死にそうになっていた。そこへ金色の鹿が通りかかり、身を挺してその溺れる人を救った。その後、森の中に金色の鹿がいることを知った王妃が、人々に探させたが、なかなか見つからないでいた。溺れていたところを救われた男は金色の鹿に恩を感じていたので、自分がその鹿に出会ったことを王に告げるべきか否か迷っていた。しかし、自分が溺れるということはこの世ではもうないだろうから教えてしまおう、そうすれば褒美も貰える、と打算的な心を起こす。男は王に鹿の居場所を告げ、森の中を案内して、あそこに金色の鹿がいると教えた。ところが鹿を指した途端、男の手が地に落ちた。その様子を見た王が、どうしたのかと尋ねる。男は自分が溺れていたところをその鹿に助けられたことを打ち明けた。おまえは恩知らずな男だといって、王はその男を処罰した。その金色の鹿こそ釈尊の前生の菩薩であった。
(中略)
 動物に救われた人間が恩を仇で返すということ、動物でさえ恩を忘れないのに、人間は自分を助けてくれた者の恩を忘れてしまう。そのようなことが、人間そのものに大きな問題を投げかけている。

『原始仏教から大乗仏教へ』(中村元著 春秋社)62頁より
出典は
『根本説一切有部毘奈耶破僧事』第十五巻
『仏典Ⅰ』(世界古典文学全集第六巻 筑摩書房)
『六度集経』第一巻
など

 六牙象ジャータカも同じような話ですね。
2010/12/09(木)
(黒崎 宏『ウィトゲンシュタインと禅』哲学書房、1987年、17‐19ページ)より

 ウィトゲンシュタインに最も近かった弟子の一人マルカムは、その著『ウィトゲンシュタイン――ある回想』(原文51ページ)において、次のように言っています。

 或る日、我々〔ウィトゲンシュタインとマルカム〕が一緒にいたとき、彼は哲学についてハッとするような所見を述べた。彼は次のように言ったのである。
「哲学的混乱に陥っている人は、或る部屋の中に居てそこから脱出しようとしているが、しかしどうしていいか解らないでいる人、に似ている。彼は窓から脱出しようとするが、窓は高すぎる。彼は煙突から脱出しようとするが、それは細すぎる。しかし、もし彼が振り向きさえすれば、ドアはずっと開け放されていたのだ、という事に気づくであろう!」

-----------------------------引用は以上です

 ウィトゲンシュタインが言ったことは「哲学的混乱」に限ったことではないと思いますね。いろいろな事象に当てはまるのではないでしょうか。
2010/10/31(日)
山田行雄勧学の論文を、許可を得て掲載しておりますのでご覧下さい。
(誤字などは写し間違いですので、もしお気づきになられましたらご連絡下さると幸いです)

真宗教団における異端の思想 特に善知識帰命について(一)
 伝道院紀要15号所収 昭和49年
http://goo.gl/1elt

真宗教団における異端の思想 特に善知識帰命について(二)
 伝道院紀要16号所収 昭和50年
http://goo.gl/AAqp

タグ : 山田行雄

2010/10/18(月)
山田行雄勧学の2つの論文(伝道院紀要14号、19号より)が、サイト「本願力回向」に掲載されていますので、どうぞご覧ください。
「真宗教義の研究」の中にあります。

それと、SNSは登録していなくても、ブログ(トップページに表示)は見えますし、きゅブクマ君(ソーシャルブックマーク)は使えますので、どうぞご利用ください。

タグ : 山田行雄

2010/10/16(土)
紅楳英顕師の2つの論文(伝道院紀要19号、24号より)を、サイト「本願力回向」に掲載しておりますので、どうぞご覧ください。
「真宗教義の研究」の中にあります。

タグ : 紅楳英顕

2010/10/05(火)
帰命は本願招喚の勅命なり(親鸞聖人)

はかりなき 命のほとけましまして
 われをたのめと よびたまふなり
              (足利義山師)
2010/09/25(土)
 一部を読んだだけでは分からず、全体を読まなければならない例を一つあげます。

不得外現賢善精進之相 内壊虚仮
http://goo.gl/oPF0

当分には「外に賢善精進の相を現じ、内に虚仮をいだくことを得ざれ」と訓むところを、親鸞聖人が「外に賢善精進の相を現ずることを得ざれと、内に虚仮を懐けばなり」と訓点を施されたということについては今は問題ではありません。

「外」「内」が何を示すのかという点について考えてみましょう。

「外」を身口の二業、「内」を意の一業と解釈する人がいます。
確かに、「不得外現賢善精進之相 内壊虚仮」だけを読むとそのように解釈できないこともないですが、この文の前後を読むと誤りだと分かります。

一応、当分の訓点で読んだ場合のくずした文をあげます。(親鸞聖人の訓みでも今回は同じことです)

一切衆生の身口意業所修の解行、かならずすべからく真実心のうちになすべきことを明かさんと欲す。 に賢善精進の相を現じ、に虚仮を懐くことを得ざれ。 貪瞋・邪偽・奸詐百端にして、悪性侵めがたく、事蛇蝎に同じきは、三業を起すといへども名づけて雑毒の善となし、また虚仮の行と名づく。 真実の業と名づけず。 もしかくのごとき安心・起行をなすものは、たとひ身心を苦励して、日夜十二時急に走り急になすこと、頭燃を救ふがごとくするものも、すべて雑毒の善と名づく。 この雑毒の行を回して、かの仏の浄土に生ずることを求めんと欲せば、これかならず不可なり。 なにをもつてのゆゑに。 まさしくかの阿弥陀仏因中に菩薩の行を行じたまひし時、すなはち一念一刹那に至るまでも、三業の所修、みなこれ真実心のうちになしたまひ、おほよそ施為・趣求したまふところ、またみな真実なるによりてなり。
『註釈版聖典 七祖篇』455ページ



ここでは、「身口意業所修の解行」が「外」に対応し、さらに「三業を起す」「身心を苦励して」そして法蔵菩薩の「三業の所修」に対応します。「真実心」が「内」に対応し、さらに「貪瞋・邪偽・奸詐百端にして、悪性侵めがたく、事蛇蝎に同じき」、後の方の(法蔵菩薩の)「真実心」に対応します。

つまり、「外」とは「身口意の三業」のことであり、「内」とは三業をなしている時の内心をさします。
「内懐虚仮」とは、当分では内心が煩悩に染まっていること(有漏)を言い、法然聖人は真実信心でないことを言われ、親鸞聖人は両者を踏まえられて、自分には真実心は無く、真実心(信心)が本願力より廻向されることをあきらかにされたのです。
2010/09/02(木)
 「山田の駅長さんをしておられた古川さんという方が、このあいだ、ここへ来られましてなァ……
 その古川さんが、はじめてここへ参ろうと思われたのが、また妙ですのや……。あの山田の駅を乗り降りする沢山の人の中に、大声でナムアミダブ、ナムアミダブと念仏を称えて、この河崎へ行きかえりする者が相当にある。それを他の伊勢参宮の人たちが、あざけり笑うたり、嫌うたりするけれども、一向平気でナムアミダブ、ナムアミダブとやっておる。それを駅長さんが始終見ていて、ああいう気持ちになれたら……ああ無我になることができたら……と思うて、ここへ訪ねて来られまして、
『どうぞ仏法をお聞かせ下さい』
『そんなら、もう駅をやめてからおいでなさい』
『それは…困りますが…』
『困るようなら、もうお帰りなさい。話は簡単ですのじゃ。ハハハハ……』
『それでも私が駅へ出なければ、家内や子供を養うて、働くことができぬようになります』
『そんな安っぽい仏法じゃごわせんわい! ナムアミダブ』
 (和上しばらく瞑目、念仏相続の後)
 それから十日くらいもたってから、また駅長さんがみえましてなあ……
『もう駅長をやめる決心をつけてきましたから、どうぞお聞かせください』
『さようか……それは結構、ナムアミダブ、ナムアミダブ……駅長さん、それではなァ、ここへ晩だけおいでなさい。それで、晩の六時頃までは、ここへ来るための時間を待つ、というつもりで、駅へでてよろしい……それなら駅長をやめんでもよろしいわなァ……やめた気持ちで時間を待つ……』
ナムアミダブ、ナム……(註・つぶやきの称名)そういうふうで、ここへこられるようになりましてなァ……それからだんだん昇進せられて、今では大阪の運輸局長とやらになってこのあいだも、高等官のピカピカでやってこられました。ナムアミダブ、ナム……」

タグ : 村田静照

2010/09/01(水)
石田慶和教授の『教行信証の思想』の中から「二種深信」について言及されている部分を抜書きしました。
石田教授は本派本願寺の論題研究について一家言ある方です。
著作もいくつか市販されていますので、興味のある人は読まれたらいいと思います。

以下引用

 「三心一心」等の論題に対して、「二種深信」という論題はやや異なった意味をもつ。「二種深信」とは、信心の相状を明らかにするものであり、善導の『観経疏』の「深心釈」によるものである。そこには『観経』の三心(至誠心・深心・廻向発願心)の中、第二の「深心」について、「深心といふは、すなはちこれ深信の心なり」と言い、それに二種ありとして「機の深信」と「法の深信」が説かれている。「機の深信」とは、「決定して深く、自身は現にこれ罪悪生死の凡夫、曠劫よりこのかたつねに没し、つねに流転して、出離の縁あることなしと信ず」ということであり、衆生のありのままのありさまを言い、「法の深信」とは、「决定して深く、かの阿弥陀仏の四十八願は衆生を摂取して、疑なく慮りなく、かの願力に乗じて、定めて往生を得と信ず」とあり、衆生を摂取する教法を言うとされる。この二種の深信は、信心の相状を言うものにほかならず、一般的に言えば、浄土教における「信心」という宗教的意識の内容を示すものと言える。
 『教行信証』では、「信巻」に、大信釈として善導の三心釈の一つとしての深心釈が七深信として引用され、その初めに「二種深信」があるが、ここでは至誠心釈や廻向発願心釈のように、親鸞独自の訓点が施され解釈が試みられることはない。親鸞の問題意識としては、それほど大きな意味はもたなかったと考えられる。しかし宗学では「二種深信」は重要な論題として、多くの論者によって慎重に論じられている。それは、この二種深信こそ浄土真宗における「信心」ということの独自性を表していると考えられているからであろう。その意味では、「二種深信」を論題としたことは、宗学の大きな寄与と言える。その主眼とするところは、二種の深信といっても別々のものではなく、二種は一具であり、一深心、すなわち真実信心にほかならないとするところにある。

 たとえば、甘露院慧海(1798~1854)は、
「この深信と云ふは、本来弥陀の仏智を見きはめ給へる機法両実が、われらが心中に印現したる相を信機信法と云ふ、弥陀は無有出離之縁の機の為に他力法を成じ給ふ、依って本願には十方衆生、成就には諸有衆生と云うて、所被の機をあらはす、この機の為に成じ給へる本願なれば、之を高祖は本願の生起本末との給ふ、生起とは無有出離之縁の機なり、本末とは他力摂生なり、すなはち是が六字の由なり、之を心得たが機法二種の信なり、われらが信体即機法両実を照らし給へるは仏智なれば、信法も亦機法両実なり、かく談ずるときは、信機信法は一具にして離るべきものにあらず」(『真宗百論題集』上、147頁)という。

 また老謙院善譲は、
「此二種は即ち弘願信楽にして一心中の二義、二而不一なり、信機は乃ち自力を捨つることを顕し、信法は乃ち他力に帰することを示す。……当流的伝の深信は明了決択、堅固不動、機法の心相全うじて無碍光の仏智なり、仏智を以て機を照す、是れ信機、仏智を以て法を照す、是れ信法、能所不二信即仏智の故に、一点の疑なく、所謂(聞も他力よりきき、思ひさだむるも他力よりさだまるなれば、ともにもって自力のはからひちりばかりもひよりつかざるなり)と、是れなり」(同150頁)と言っている。

 あるいは浄満院園月(1818~1902)は、
「他力回向の信心なれば二種なくんばあるべからず、此二種の信は只是れ一信心の妙味なり、自力を捨つる時は必ず信機具する、他力に帰するは即ち信法なり」(同151頁)と言い、

 願海院義山は、
「深心とは本願の信楽なり、故に仏願の生起本末を聞いて疑心あることなき、是れ深信二種という所以なり、生起を信ずるを信機といひ本末を信ずるを信法とす」(同160頁)と論じ、またその信相について、
「自力を捨つるを信機といひ、他力に帰するを信法といふなり、……信機とは我が身心の出要に於て毫も用に立たざるを信知するの謂いなるが故に……信法の帰他力なることは蓋し弁を俟たざるべし、此義に由って古老は信機信法とは捨機托法の謂なりと云ひ、或は捨自帰他とす、或は捨情帰法の用なりと記し遺さるるなり」(同162頁)と述べている。

 いずれも、「二種深信」という場合、とくに「機の深信」のみを立てて、それが衆生の起こすべき罪の自覚というように誤解されることをおそれて、あくまで捨帰托法をいうものにほかならないことを強調し、二種一具の深信として一信心の相状をいうことを説くのである。その意味で「二種深信」は「信機自力」の異安心に対して、浄土真宗の「信心」は、自ら罪悪生死の凡夫と思い込むことではなく、また衆生救済の教法を理解するということにとどまるものでもなく、捨機托法として、自己を捨てて全面的に仏願に帰することをいうことを明らかにしようとするものである。

 このことは、浄土真宗における「信心」の独自な意味を明らかにするものと考えられる。そこに、「二種深信」が論題として立てられる意味があると言えよう。しかし同時に他方では、「二種深信」は、後に示すように、一般に「信」ということの在り方についての深い洞察を示しているように思われる。しかし、そういう点に着目せず、論題としてのみそれを論じ、真宗教学の中に位置づけようとしたところに、論題研究そのものの問題点があり、親鸞の宗教思想全般に対する寄与を明らかにし得なかった理由があると考えられる。それについては、後に『教行信証』各巻をめぐって考えるときに、改めて論じることにしたい。

以上引用

『教行信証の思想』pp47-50
石田慶和著 法蔵館刊 2005年11月20日発行 ISBN4-8318-3828-4)
※『真宗百論題集』からの引用部分は改段してあります。

タグ : 石田慶和 二種深信

2010/08/25(水)
他にもあるでしょうが、主なものをあげます。


『教行証文類』「証文類」の如来会引文
 またのたまはく(如来会・下)、「かの国の衆生、もしまさに生れんもの、みなことごとく無上菩提を究竟し、涅槃の処に到らしめん。なにをもつてのゆゑに。もし邪定聚および不定聚は、かの因を建立せることを了知することあたはざるがゆゑなり」と。{以上抄要}

『教行証文類』「信文類」 横超釈 義釈
 横超断四流(玄義分 二九七)といふは、横超とは、横は竪超・竪出に対す、超は迂に対し回に対するの言なり。竪超とは大乗真実の教なり。竪出とは大乗権方便の教、二乗・三乗迂回の教なり。横超とはすなはち願成就一実円満の真教、真宗これなり。また横出あり、すなはち三輩・九品、定散の教、化土・懈慢、迂回の善なり。大願清浄の報土には品位階次をいはず。一念須臾のあひだに、すみやかに疾く無上正真道を超証す。ゆゑに横超といふなり。

『教行証文類』「信文類」 真仏弟子釈 決釈
 まことに知んぬ、弥勒大士は等覚の金剛心を窮むるがゆゑに、竜華三会の暁、まさに無上覚位を極むべし。念仏の衆生は横超の金剛心を窮むるがゆゑに、臨終一念の夕べ、大般涅槃を超証す。

三経往生文類
 大経往生といふは、如来選択の本願、不可思議の願海、これを他力と申すなり。これすなはち念仏往生の願因によりて、必至滅度の願果をうるなり。現生に正定聚の位に住して、かならず真実報土に至る。これは阿弥陀如来の往相回向の真因なるがゆゑに、無上涅槃のさとりをひらく。これを『大経』の宗致とす。このゆゑに大経往生と申す、また難思議往生と申すなり。

タグ : 往生即成仏 信文類 証文類 三経往生文類

2010/08/21(土)

 親鸞聖人は「三毒段」に入る直前、「総誡」の一部分を『本典』「信巻」に、「横に五悪趣を截り、悪趣自然に閉ぢん。道に昇るに窮極なし云々」と引用しておられます。ところが、この文に続く「三毒・五悪段」は全く引用しないのです。思うに、聖人にとって「三毒・五悪段」は、中国の儒教的な考え方から仏教の業論を見ており、また人間をとらえるのに、倫理的に人間悪の面で見ているため、それでは不充分だと考えられたのかもしれません。また、宗祖は梵本をお読みになったということはありません。それでも不審に思われたのでしょうか。あまりにも儒教的な要素があるというお考えの上から、ほとんど「三毒・五悪段」を引用なさらなかったのではないでしょうか。そういうご見識を我々は知らされることであります。

     『大無量寿経の現代的意義』(早島鏡正著 pp148-149)より

〔補足1〕
 上記の「ほとんど」ということの意味
 広義の「三毒・五悪段」から『教行証文類』に親鸞聖人が引いておられるのは2文です。
1.「かならず超絶して去つることを得て、安養国に往生して、横に五悪趣を截り、悪趣自然に閉ぢん。道に昇るに窮極なし。 往き易くして人なし。その国逆違せず、自然の牽くところなり」(総誡の文)
2.「それ至心ありて安楽国に生ぜんと願ずれば、智慧あきらかに達し、功徳殊勝なることを得べし」(狭義の三毒段が終わった後に、釈尊が弥勒菩薩・諸天人等に往生浄土をすすめておられる文)

 しかし、「三毒(貪欲・瞋恚・愚痴)の文」「五悪の文」からは引いておられません。

〔補足2〕
 無量寿経下巻の「釈迦勧誡(釈迦指勧分)」は大きく分けると、三毒・五悪段(悲化段)と胎化段(智慧段)となります。
 この内「悲化段」は、現存する漢訳5本、サンスクリット本1本、チベット訳1本の7種類の無量寿経中、初期無量寿経(二十四願経)の「大阿弥陀経」「平等覚経」2本と「無量寿経(大無量寿経)」の3本で、無量寿如来会などその他の後期無量寿経(四十八願経)にはありません。また、その他のサンスクリットの断片にもありません。
 一方「胎化段」にあたる文ははすべての無量寿経にあります。
 無量寿経で大事なのは「四十八願」「念仏往生(成就文)」であることは当然ですが、「胎化段」も非常に重要なところです。

〔参照〕
 註釈版聖典第二版「補註5」を読んで下さい。

タグ : 三毒段 五悪段 大無量寿経

2010/08/15(日)
大江和上の『安心論題講述』「十念誓意」を通して勉強しましょう。
とりあえず「まとめ」

十念誓意」という論題は阿弥陀仏の第十八願に「乃至十念」と誓われている意をうかがうというものです。
それは、浄土真宗で「信心正因・称名報恩」と言われますが、信心正因と信一念で往生が決定するのならば、何故第十八願に「乃至十念」の称名念仏が誓われているかということです。

確かに、どこかの会のように称名念仏を軽視している説をとっていきますと、阿弥陀仏の第十八願は
「設我得仏 五逆誹謗正法 十方衆生 至心信楽欲生我国 若不生者不取正覚」
とでも書きなおさねばならないでしょう。
(某会の「本願異解の文」「本願断章取義の文」「本願いい加減の文」とでも名づけましょうか)
ちなみに、善導大師の場合は「本願自解の文」「本願取意の文」「本願加減の文」です。

さて、まず大江和上の「十念誓意」に書かれていることをまとめましょう。

○「念」は称名念仏
○「十」はとりあえずある数を書かれた
○「乃至」には4つの意味がある。(これはどの本にも書かれてありますね)
 文釈2-兼両略中、乃下合釈
 宗釈2-一多包容、総摂多少

 また従少向多、従多向少の2義あり

○親鸞聖人が称名について述べられる場合、3通りがある。
 1、往生成仏の因行の法・出離解脱の因法の意味
    聖道門・自力・難行道に対して、浄土門・他力・易行道のあらわす。
    この場合「称名正定業」「念仏為本」の意。
 2、信心正因称名報恩の中の称名
    この場合は、称名正因の異義に対する言葉である。
    信心正因は称名報恩であり、称名報恩は信心正因である。
    称名報恩は信心正因からの必然である。
    また「報恩」は称名に限るわけではなく、信後の三業は皆「報恩・報謝」であり、
    それを「称名」で代表させている。
    蓮如上人がすべて報謝と言われるのはこういう意味。
 3、信相続の易行という意
    信心がすがたにあらわれたものが称名。
    その意味では信心そのものと言ってもよい程。
    この場合の「易行」は易行道の易行(=無作)とは異なり、「持ち易い」という意味。

タグ : 大江淳誠 安心論題 十念誓意 大無量寿経

2010/08/13(金)
通常、「本願寺」と言った場合「西本願寺」を指しますが、念のために「真宗大谷派 東本願寺」のサイトから以下のメールを送っておきました。

------------------------------------------
この貴派のサイトとは直接関係はありませんが、

夢幻界裡の覚醒
http://mugenkairi.cocolog-nifty.com/blog/

というブログで「某(内緒)本願寺の僧侶・布教使をしている」と名のる人が、浄土真宗親鸞会の教義を宣伝・擁護しております。
この「本願寺」が、貴派か否かは定かではありませんが、万一貴派所属の僧侶または布教使でしたら、問題かと思いまして、メール致しました。
調査して頂けませんでしょうか。
なお、西本願寺には、直接電話をかけて調べてもらいたい旨をお伝えしました。
よろしくお願いします。
------------------------------------------

文中にありますように、本派の方には直接電話をかけました。
東本願寺派 東本願寺(浅草)は、「本願寺」とは言いませんので、電話・メールはしておりません。
右京区の本願寺も通称は大谷本願寺ですので、電話・メールはしておりません。
山科区の本願寺もありますが、考えにくいので、電話・メールはしておりません。

ブログ文中「宗祖」とありますので浄土真宗でしょうから、浄土宗など他宗の「本願寺」には、電話・メールはしておりません。
2010/08/03(火)
浄土真宗の専門ではない人の書いた本ですが、いい本です。
多くが1950年~1960年に書かれたものです。


柳宗悦 妙好人論集 (岩波文庫)柳宗悦 妙好人論集 (岩波文庫)
(2004/02/17)
柳 宗悦

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目次
 仏教に帰る
 徳川時代の仏教を想う
 真宗素描
 真宗の説教
 仏教と悪
 地蔵菩薩のことなど
 色紙和讃について
 妙好人
 妙好人の存在
 妙好人の入信
 信者の答え
 宗教と生活
 弥陀信仰
 源左の一生
 信女おその
 受け取り方の名人
 「応無所住」の話
 馬鹿で馬鹿でない話
 妙好人の辞世の歌
 『市太郎語録』紹介
 奴
 凡人と救い

タグ : 柳宗悦 妙好人

2010/07/31(土)
武邑尚邦氏の『仏教思想事典』(教育新潮社刊)を拾い読みをしておりました。

「苦行」の説明
 もともと、「苦行」とは、インドにおいて生死輪廻と、そこでおこる苦しみからの解放をねがって実行される苦しい修行のことをいう。
 インドにおいて古くから輪廻という考え方が人々の間に定着するようになると、人々はこの輪廻からの脱却を願って、解脱涅槃の境地を求めようとした。思うようにならない、この現実苦が死後においても、永久に続いてゆく、そして人間は未来永劫に苦しみを受けねばならないという思想の中で彼らは苦しんだ。そして、そのような輪廻の苦をたちきろうとして苦行を実行し、死後の生天を願い楽を得ようとの願いをもったのである。
 というのは、現実のこの苦は前生の報いであると考えた彼らは、この過去の結果としての苦を積極的に苦しみ、早くそれを精算して、未来の楽果を求めようとしたのである。このような考えをもった人々を宿作外道と仏教の側からよんでいるが、この人々は世の中には苦と楽とよりほかはないとし、過去の因により。いま苦果をうけたのだから、これを早くなしおえて楽果をえようと期待したのである。
 さて、かれらの実行した苦行がどのようなものであったかについては、経典中にいろいろと伝えられている。たとえば『涅槃経』などの所説である。また『百論』などにも仏教側からするいろいろの説明がなされているが、これらを六種にまとめてみるとことが古来行われている。すなわち(一)自餓(二)投渕(三)赴火(四)自坐(五)寂黙(六)牛狗の六種である。
 まず自餓とは自ら飲食を求めずして、長く飢餓にたえる苦行をいう。投渕とは寒い時期に深い渕に入って、そこで凍りつくような寒さをうけ、それをたえしのぶ苦行をいう。赴火とは身体を酷熱にさらし、その熱悩にたえる苦行をいう。自坐とは常に裸形にして、寒い時も暑い時も、屋外に坐して、その苦を忍受する苦行をいう。寂黙とは屍林や墓場などで生活し、他と全く言葉を語らずして、孤独に堪える苦行をいう。牛狗とは自分は前世に牛や狗の世界であったとして、草を食し、汚物をとって牛狗と同じように生活し、生天を願って苦行することをいうのである。
 これらの種々の苦行を修行して、苦の解消を願って、未来に楽のみの世界を期待したのである。すなわち、このような人々は、人生には苦楽の二面のみがあるとし、その苦の一面をなくしてしまえば、他の楽の一面のみが残ることとなるから、苦痛を自ら継続して受けることによって苦をなくしてしまおうとしたのである。
(以下略)


 なるほど、宿作外道ってこういうのなんですね。
 でも今でもどこかでありそうな気がしました。

タグ : 武邑尚邦 宿作外道

2010/07/29(木)
知人に勧められて
天岸浄圓司教の『浄土真宗のキイ・ワード ナンマンダブツの26章』
を買ってきました。
(探究社刊 平成4年初版発行 ISBN4-88483-298-1 定価525円)
目次は最後に書きますが、御縁があったら皆さんも買われたらよろしいですよ。
最初の1,2頁から吹いてしまいましたので、その部分を紹介します。
(決して悪い意味ではないですよ)

最初のキイ・ワードは「阿弥陀仏」です。

阿弥陀仏
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南無阿弥陀仏の名号とは
如来さまの救いの事実をあらわすみことば

-------------------------------------------------
如来さまの大悲のこころが
 ご承知のように浄土真宗のご本尊は、形式上から名号・絵像・木像の三つに分けることができます。
 親鸞聖人がご本尊と敬信ご依用になられたのは“帰命尽十方無碍光如来”の十字名号であって、現在、浄土真宗が絵像・木像を安置していることは誤っていると、本尊の問題を中心にはげしく行動したグループがあったことは皆さんの記憶に新しいことでありましょう。
 この人たちは、私の寺にもたずねてきました。「ご本尊さまにおまいりさせていただきます」と本堂にまいり、やがて庫裏へきて、「こちらのお寺のご本尊は木像であって、お名号ではありませんね、親鸞聖人のみ教えと違っているのではありませんか」・・・・はじまったな、しかし私にしてみれば“なにいうてんねんこのご本尊がお名号といただかれへんのか、顔でも洗って出なおして来い!”の心境でした。
 “名号”とは単なる仏さまの名前ではなく、また文字でさえあればよいというものではありません。南無阿弥陀仏の名号とは、如来さまの救いの事実をあらわすみことばであります。故にこそ親鸞聖人は敬信の対象といただかれたのでしょう。
 逆にいうと、尊号であっても、尊形であっても如来さまの大悲のこころが領解されることがなければ、いずれにしても意味がないというべきです。
 さて、立像の阿弥陀仏像は行動する如来さまをあらわしているのです。すなわち、今日苦悩の中に生きる私を救わんがために立ちあがり、私といのちをともにして、精いっぱいはたらいてくださる如来さまのお姿なのです。
 ちなみに、浄土宗も立っておられる阿弥陀さまをご安置されますが、このときは臨終に念仏者を浄土から迎えにこられる臨終来迎のお姿をあらわしているといわれています。ならば平生の私たちは何をよりどころとすればいいのだろうかと思われます。
 これに対して浄土真宗の如来さまは平生摂取のお姿といわれ、私の今の問題と正面きって対応してくださっているのです。
(以下略)



では、「もくじ」を紹介して、この記事は終わります。
 阿弥陀仏
 学仏大悲心
 タノム・タスケタマヘ
 仏語
 聖教を読む
 正信偈
 恩徳讃
 聞く
 極楽浄土
 浄土往生
 法蔵菩薩
 五劫思惟
 南無・帰命
 お念仏
 ただ念仏して
 仏さまに遇う
 妙好人
 教信沙弥
 独生独死、独去独来
 無常
 無知
 本願
 誓願不思議
 無量寿
 摂取不捨
 舎利弗

タグ : 天岸浄圓 本尊

2010/07/28(水)
 先日京都へ行った時に何冊か本を買いました。
 ウェブサイトに「真宗百論題」http://shinshu-21.com/shinshu_100/をあげたこともあり、大江淳誠和上の『安心論題講述』を買いました。
 知人から目次だけでもブログに書いて欲しいと依頼されたのですが、安心論題が25書いてあるだけです。目次を書くことは意味がありませんので、やめることにします。

 その代わりと言っては何ですが、石田慶和教授の『親鸞思想の諸問題』も買いましたので、そちらの目次を掲載します。

 何だ関係ないではないか!と思わないでくださいね。
 石田教授は安心論題については一家言ある人で、新しい論題を提案しておられます。
 興味のある人は『これからの浄土真宗』『教行信証の思想』などをお読みください。
 石田教授の本には『21世紀の浄土真宗』という本もあります。(なお、このブログとは一切関係ありません)

『親鸞思想の諸問題』(石田慶和編 永田文昌堂刊)目次

親鸞思想の哲学的理解について………………石田慶和   3
 ――<信一念・行一念>をめぐって――
  一 哲学的理解ということ
  二 日本における宗教哲学の展開
  三 「信一念」について
  四 「信一念」の教学的理解
  五 「信一念」の哲学的意味
  六 「行一念」ということ
  七 「行一念」の教学的理解
  八 「行一念」の哲学的意味

現代における浄土の観念………………………長谷正當  37
 ――土における超越――
  一 空をめぐる二つの問題――ニヒリズムと構想力――
  二 構想力と身体の問題
  三 身体と土の問題
  四 浄土の観念と現代のエコロジーの問題

歴史社会における「親鸞」……………………高田信良  63
  一 課題としての「現代における親鸞」
  二 歴史社会における「親鸞」
   (a)「親鸞」の二義性
   (b)信心の主体・象徴としての「親鸞」――報恩講と正信偈――
   (c)「親鸞」の独自性――己証・発揮、信楽の思惟――
   (d)念仏者にとっての「菩薩の化身」
  三 課題としての「法と機と時」

無量の寿命………………………………………氣多雅子  87
  一 寿命無量の願
  二 ブッダの死
  三 入涅槃
  四 ブッダの最後の問題
  五 身体の始末
  六 菩薩の寿命

寛容の徳の捉えにくさ…………………………谷本光男 111
   はじめに
  一 現代における不寛容の形態
  二 寛容の要求
  三 寛容の強い意味と弱い意味
  四 宗教的寛容と人種的寛容
  五 反対のための理由と抑制のための理由
  六 結びに代えて

親鸞における相承の問題について……………森田真円 139
   はじめに
  一 会通の視点
  二 浄土教理史の視点
  三 親鸞の相承観

親鸞と本覚思想…………………………………嵩 満也 155
  一 中世思想史学からの問題提起について
  二 中世日本の本覚思想
  三 親鸞思想と本覚思想の関係についての諸説
  四 中世における本覚思想の問題点
  五 親鸞の思想構造と本覚思想
  六 今後の課題

特別寄稿
探求としての理性………………………………薗田 坦 183
 ――カントにおける理性と形而上学の問題

附録
石田先生の宗教理解をめぐる雑感……………西元和夫 207
 ――思い出すことなどと併せて

タグ : 石田慶和

2010/07/27(火)
蓮如上人の最後の御文章は帖内の4帖目第15通「大阪建立」だと思っている人がいるかもしれませんが、そうではありません。
年月日の分かるもので最後の御文章は明応7年12月15日、上人84歳の時のものです。
(真宗聖教全書5ー439頁)

「大阪建立」の御文は明応7年11月21日ですね。

ちなみに、御筆はじめの御文章は寛正2年3月、上人47歳の時のものです。
(真宗聖教全書5ー287頁)

これはインターネットで検索すればどこにでも書かれているでしょう。
ここでは故千葉乗隆教授のお寺である「千葉山安楽寺」のHPの該当箇所を紹介しておきます。
http://www.anrakuji.net/bukken/bukken299.html

タグ : 蓮如上人 御文章 帖外御文 千葉乗隆

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