21世紀の浄土真宗を考える会2009年11月

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2009/11/30(月)
顕正新聞(平成21年11月15日号)を読みました。
法友通信 「罪悪観」と「機の深信
のページに2人の会員の手紙の要約が書かれていました。

Aさんの手紙の一文
このたび、罪悪観は自力であり、目的である信心決定(二種深信)に近づけるための方便であるから、大変大事ではあるけれども、「罪悪観」をどれだけ深めても「機の深信」にはならないと聞かせていただきました。

Bさんの手紙の一文
罪悪観」は自力・方便であり、もっと大切なのが「機の深信」が立っているかいないかの信心の沙汰である。自力からしか他力へは入れないが、幾ら罪悪観を深めても、機の深信にはならない、と教えていただきました。

声が出ませんでした。
何ですかね、これは。
罪悪観」をどれだけ深めても「機の深信」にはならない
というのはいいですよ。
問題はその前の文。
2人とも同じことを書いていますので、これが親鸞会で教えられていることなのでしょう。
本当にびっくり仰天です。
恥ずかしいから、こういうのを書くのをやめてもらいたいです。

注:
 本願寺の学者・布教使が「罪悪観は自力である」と書いたり言ったりする場合の罪悪観は、信罪福心のことをさしています。信罪福心は自力心の異名です。
 上の2通の手紙の中の「罪悪観」はそういう意味では書かれていません。
 百歩譲って、上の手紙の罪悪観を信罪福心と解釈した場合でも、信罪福心は方便とは言わないですね。
 やはりおかしいです。
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タグ : 機の深信 罪悪

2009/11/30(月)
親鸞会発行の顕真(平成21年11月号)を読みました。
信心の沙汰 一点集中、徹底的に話し合う
というコーナーで
「善をしてゆけば、そのうちに助かる」は、甚だしい聞き誤り
と題して8ページにわたって、とある支部の会合の様子が記されていました。
「善をしてゆけば、そのうちに助かる」は、甚だしい聞き誤り
ということ自体はそれでよろしいです。(今さら言うまでもないことなのですが・・・)

一つ一つの発言にコメントすることも可能ですが、長くなりますので、やめておきます。
そこで、一つだけ書きます。
もし、親鸞会の講師か会員の人と話す機会があれば、質問してみればいいでしょう。

“「善をしてゆけば、そのうちに助かる」は、甚だしい聞き誤り”ということはよく分かりました。
では、阿弥陀仏に救われるためには、善をしなくてもいいんですよね?


この質問に対して
①黙ってしまった
②答えるのに5秒以上かかった。
 (2、3秒でもいいのですが、話すのが遅い人もいるでしょうから)
のいずれかの場合は、その人は浄土真宗を分かっていないと思ってほぼ間違いないでしょう。
なお、質問に質問で返すのは論外です。
2009/11/30(月)
親鸞会発行の顕正新聞(平成21年11月15日号)を読みました。
「大喝」というコラムに「自戒すべきこと」と題して、次の文が掲載されていました。

「まったく自見の覚悟をもって、他力の宗旨を乱ることなかれ」(歎異抄・序)
“決して勝手な判断によって、他力の真義を乱すことがあってはならない”
 親鸞聖人の教えを説かず、「オレはああなった」「こうなった」の体験談で人集めする邪義を、『歎異抄』は厳しく教誡する。
 蓮師もまた五百年前、「珍しき法」に群がる体験乞食グループを『御文章』に重ねて指摘され、廻心懺悔を促された。だがいつの時代も、各別の体験談を自慢し、売り物にする輩が後を絶たない。原因は、何か。
“オレがオレが”と目立ちたい自己顕示欲、財施を得たい利益欲であろう。聖人でさえ「名利の大山」と警戒されるのだから、自制できぬ者があるのもうなずける。
 だが根本は、「真実信心が無い」からに違いない。まこと信心獲得した人に、唯一救いたもうた弥陀の本願を、己の名利でネジ曲げることなど、あり得ぬだろう。
 常に正しい聖人の教えを聞法し、自戒せねばなるまい。

開いた口がふさがりませんでした。
自見の覚悟をもって、他力の宗旨を乱している文章です。
このブログを読んでおられる方ならば間違いがお分かりになると思います。
(ついでに言いますと、全く浄土真宗の教えを知らない人でも、論理的思考のできる人ならばおかしいことが分かります。間違っている箇所は共通です)

2009/11/29(日)
仏教と関係ない話
昨日、何十年ぶりかの知人に会いました。
知人といっても、彼女の父親のお姉さんの旦那の妹の子が私ですので、親戚の親戚という関係にあります。
(ややこしや ややこしや)

同い年で、しかも誕生月が2月なのです。
親戚の中では「ちゃん」づけで呼ばれていますので、私は「ともちゃん」です。
(気持ち悪ぅ と思った人はすみません)

実は彼女の顔さえも覚えていなかったのです。
たぶん彼女も一緒でしょう。
それでも何十年ぶりかの再会で、彼女のご主人(お医者さんです)と3人で食事を頂きながら、いろいろと歓談しました。

人生いろいろあって、ある事件によってそれまで築いていた人間関係が一瞬にして無くなってしまった一方で、何十年ぶりの知人と再会したり、まったく新しい友人ができたりします。
人生、楽観しすぎることはよくないですが、悲観しすぎることでもありません。

彼女のお子さんが、今年教育学部を受験するというので、「君たちはどう生きるか」を薦めておきました。
2009/11/29(日)
ご質問がありましたので、お答えします。

「幾たびか お手間かかりし 菊の花」という加賀の千代女の句は、阿弥陀仏に救われた人が、阿弥陀仏や釈尊、七高僧、親鸞聖人そして次第相承の善知識方のご恩を偲んで作ったものです。
また、「菊」を「聞く」に、「花」を「信の花」にかけてあると思われます。

これで題名と内容が結びついたと思いますが、なぜすぐに結びつかないのか考えますと、この句を「単に菊の花の句」あるいは「倫理道徳・人格形成をあらわした句」と思われていたからではないでしょうか。

千代女は「お手間」と「手間」に「お」をつけていますが、ここも大事です。

会社などの組織の上司がなかなかスキルアップしない部下を見て
「『幾たびも 手間のかかりし 菊の花』だなぁ」
などと言っているとすれば、とんでもない間違いです。

タグ : 加賀の千代女

2009/11/28(土)
今日は11月28日です。
11月28日というと、親鸞聖人が遷化された日とされています。

親鸞聖人の生没年をウィキペディアで調べると、(といいますか、どこでも同じなんですけど)

承安3年4月1日 - 弘長2年11月28日[1]
1173年5月14日 - 1263年1月9日
1173年5月21日 - 1263年1月16日

上段・旧暦
中段・ユリウス暦
下段・グレゴリオ暦換算[2]

[1]弘長2年11月28日 - 西暦(グレゴリオ暦換算・ユリウス暦ともに)1263年になるが、弘長2年はまだ年を越してないので、1262年と考える。文献の「親鸞の示寂」の年の西暦を、和暦に基づいて1262年と表記する場合と新暦に基づいて1263年と表記する場合があるので注意が必要である。

[2]グレゴリオ暦換算…本願寺派では、グレゴリオ暦に換算した生没年を用いる。


と書かれています。
和暦で言うと、親鸞聖人がお生まれになったのは卯月朔日、亡くなられたのが霜月28日ということですね。
なお、親鸞聖人自寂の地とされている所は京都市内に3箇所あります。

「いつ、どこで」ということはさておき、今日は親鸞聖人の御恩を偲ぶ日とさせていただきます。

タグ : 降誕会 報恩講

2009/11/27(金)
阿含経の話に関する2つのエントリーについてのご質問がありました。
あれは「親鸞会の書籍やアニメに使われている話の元はこうですよ」ということをお示ししただけで、それほど深い意味はありません。

「阿含経にはこのような話は出ています」の話は、下記の文の元の話です。

こんなことが知りたい②問27 読経は死人の為になるのか
 死人に対する一番の御馳走は読経だと、皆さんが言われますが、お寺さんにお経を読んで貰うことは、死んだ人の為になるのでしょうか。

答の中の一文
 ある時釈尊に、一人の弟子が、「死人のまわりで有難い経文を唱えると、死人が善い所へ生まれ変わるという人がありますが、本当でしょうか」と、尋ねたことがありました。その時釈尊は、黙って小石を一個拾われて、近くの池の中に投げられました。水面に輪を描いて沈んでいった石を指さして、「あの池のまわりを、石よ浮いてこい、浮いてこいと唱えながらまわれば、石は浮いてくるであろうか」と、釈尊は反問せられました。石は、それ自身の重さで沈んでいったのだ。人間もまた自業自得によって、死後の果報が定まるのだ。経文を読んで死人の果報が変わる筈がないではないか。と言うのが釈尊の教えでありますから、読経や儀式で死者が救われるという迷信は、もともと仏教にはなかったのです。


 浄土真宗の信心とは関係ないのですが、言いたかったのは次のようなことです。
①元の釈尊の話の半分だけ使われているということ
②「有難い経文」とありますが、釈尊在世中にお経があるはずありませんので、元はどうなっているのかというもっともな質問をしてくる人がいて、それに答えただけです。


「阿含経にはこのような話も出ています」の話は、下記の文の元の話です。

こんなことが知りたい①問29 誰の説法でも同じことではないのか
 私の近所に、お寺さんなら、説教される人なら、どなたのお話を聞いても同じだと言う人がありますが、本当に誰に聞いてもよいのでしょうか。

答の中の一文
 また、阿難がある時釈尊に「善知識は、さとりの道の半因縁と思えばよいのでしょうか」と尋ねると、「そうではない、善知識は全因縁である」とまで答えていられます。これらの仏説でもお判りのように、まことの信心決定した善知識を求め探して聞法しなければ、如何に真剣に聴聞しても助かることがありません。


 これは善知識の意味が全く違いますね。

タグ : 阿含経

2009/11/27(金)
御安心(加茂仰順師)より

問い は本如上人
答え は広如上人

(1)
問い、どのようにご安心を自督なされたか。
答え、雑行雑修自力の心をすてて、後生の一大事御助け候へとたのみ、御助け一定うれしやうれしやとよろこびまする。しかしその雑行とはどういうものであるか存じませぬ。
(2)
問い、そなたは知らぬものをどうして捨てなされたのか。
答え、どうして捨てましたやら、あんまりはやいお助けゆえ、その捨てようも存じません。
(3)
問い、それならば、阿弥陀様にはどのようにたのんだのか。
答え、後生一大事、御助け候へとたのみました。
(4)
問い、雑行の捨てもようも、雑修の離れもようも知らぬくらいで、弥陀のたのみようをどうして知られたのか。
答え、これは蓮如様のおかげで、聴聞いたしました。
(5)
問い、雑行も雑修も捨てたやら、捨てぬやら知られぬのに、弥陀をどのようにしてたのんだのか。
答え、ご教化を聴聞いたしましたゆえに、仰せの有難さに、捨てぶりも離れようも知らずにたのみました。
(6)
問い、近来阿弥陀様をたのむについて心得ちがいのことを聞いたが、お前は口でたのんだのか、心でたのんだのか。
答え、つねづねのご教化に、口でたのんだの心でたのんだのと、仰せらるるご教化をまだ聴聞いたしませんので、そのようなことは存じませぬ。
(7)
問い、それならば、なんとたのんだのか。
答え、なんとたのんでも安堵ができませんでしたので、仰せを聞いてたのみました。
(8)
問い、そのたのみましたとは、なにをたのんだのか。
答え、阿弥陀如来の仰せ一つをたのみました。
(9)
問い、仰せをたのむとはどういうことか。
答え、私を助くると仰せられる仰せのままを聞いて、お助けうれしやとよろこぶばかりでございます。
(10)
問い、御文章にはたすけたまへとふかく心に疑いなくともあり、また元祖(法然聖人)は心に助けたまへと思うばかりとも仰せられてあるが、要するに心で助けたまへとたのむのではないか。
答え、心でたのむこととは、聴聞いたしませんぬ。心に疑いなく、お助けをお受け申すことと聞きました。
(11)
問い、それならば、心にすこしも疑いはないかや。
答え、私のような疑い深い者を助けようとして、たびたび願を発してくだされたと聞いては、地獄へは堕ちようもなくて、うれしうございます。
(12)
問い、罪もさわりも往生の邪魔にはならねども、疑いばかりは、大きな往生のさわりと仰せられる。それゆえ御文章にも、つゆちりほども疑いなければと仰せられるのである。もしやそのさわりになる疑いがおこったならばどうするぞ。
答え、さわりになるべき疑いのおこるもおこらぬも、少しも屈託はいたしませぬ。疑いのおこるやらおこらぬやら、実は一寸先はやみの夜であり、それを知らないことほどうれしいことはございませぬ。
(13)
問い、それならもしや疑いがおころうかしらぬと、一生が間、安堵がならぬではないか。
答え、何事も知らぬほどの安堵はないと存じまする。
(14)
問い、もしやもし、そのさわりになる疑いがおこったらばどうじゃ。
答え、疑いがおこるおこらぬは、みな阿弥陀様の方でのお世話と存じまする。
(15)
問い、阿弥陀様の方でのお世話とは、一向に分からぬではないか。
答え、さようならば申しましょう。闇を晴らすは日輪のお世話、日のはたらきと存じます。ただお助けのかわらぬことがうれしうございます。
(16)
問い、助けたまへとたのむと、疑いないのと、信ずるのとは、二つか三つか。
答え、助けたまへとたのむ一念のとき、一つと聴聞いたしました。
(17)
問い、そのたのむ一念のときとは、どういう時であるか。
答え、弥陀の仰せを聞きうるときと存じまする。
(18)
問い、聞きうるときがたのむときとは、どういうときじゃ。
答え、助けてやるとの仰せを聞きましたれば、たのんで助かる世話をやめて、仰せのままをたのみました。
(19)
問い、それならば、仰せのまま、そのままというばかりでは、南無の二字が無いようではないか。
答え、南無の二字が無いゆえに、南無阿弥陀仏と六字ながらをこしらえて、助くると仰せられる阿弥陀様をたのみました。
(20)
問い、それならば、仰せを聞いたのじゃない。たのんじゃのじゃ。
答え、聞いたも、たのむも同じことと聞きました。
(21)
問い、聞いたと、たのむと同じことではつまらぬ。聞いてたのめとこそ仰せられ、たのんで聞けとはのたまわぬ。さあこれはどうじゃ。
答え、今までは聞かずに弥陀をたのみましたゆえに、たのんでその力にて助けてもらおうと、はたらきましたが、助けてやるの仰せを聞いてたのみましたれば、世話のいらぬ他力のままが知れました。
(22)
問い、弥陀をたのんで、凡夫が助かるならば、そのままとはいわれぬがどうか。
答え、たのんで助かるのなれば、たのむ世話がいりますが、願行共に成就して、そのまま助けると仰せらるるが先手ゆえ、いよいよ弥陀如来を後生の親とたのみました。
(23)
問い、そなたは、弥陀をたのみました、たのみましたと言うが、それはいつごろにたのんだのか。
答え、たのむというもいつごろたのんだのやら、あまり心易きゆえに存じませぬ。
(24)
問い、いかに心易きことなればとて、後生の一大事をいつたのんだのやら知らずにたのんだとは聞えぬ。どういうことぞ。
答え、聞いてみましたれば、いつのまにやらたのめてございました。妙なことでござります。
(25)
問い、いつのまにやらたのめたとはいかに。
答え、どうでも、こうでも助けねばおかれぬと仰せらるる御真実ゆえに、ただ助けてもらうよりほかに仕様はござりませぬ。
(26)
問い、それでは、たのむということが抜けてあるではないか。
答え、抜けるも抜けぬも、私が仕事ではございませぬゆえ、一向に存じませぬ。
(27)
問い、それならば、お前はたのまなんだのか。
答え、いやいや、たのみました。
(28)
問い、たのんだのであれば、私の仕事ではないとはどうで云えるのか。
答え、たのむ機までもないやつゆえ、彼尊の方に成就して下されたと聴聞いたしました。
(29)
問い、それならば、聞いたばかりではないか。
答え、悪いことの仕様のないようにして下されたことを聞きましたれば、たのむも信ずるも一緒に頂きました。
(30)
問い、聞いたれば、たのむ信心も一緒に頂くとはどうじゃ。
答え、たのむの機までもこしらえて、ただ助けるとの仰せを聞きましては、どうも首の振りようがございませぬ。
(31)
問い、それならば、首の振りようのないのが、たのんだのか。
答え、首の振りようがないゆえに、仰せに順いました。
(32)
問い、仰せに順うたのがたのんだのか。
答え、助くるとある仰せに順うばかりゆえに、助けたまうは弥陀のはからいかと存じます。
(33)
問い、たのめとある仰せに順うなれば、助けたまへというのじゃないか。
答え、全体たのめと仰せらるることは、自力のはたらきをすてよ。弥陀が願行成就して助くるぞよと仰せらるる仰せの通り、自力の世話をすてることと存じまする。
(34)
問い、それならば、すててたのめと仰せらるるはどうしたものじゃ。
答え、世話をやめて、彼尊の仰せにまかずばかりと存じまする。
(35)
問い、それでも雑行雑修自力の心をふりすてて、弥陀をたのめと仰せらるるからは、すててからたのめではないか。
答え、もとよりよいように仕上げたからには、役に立つ世話をやめよ。そちが往生は成就したぞよと仰せらるるご教化を聴聞いたし、一向に弥陀にまかせて、あらあらうれしやと安堵してございます。
(36)
問い、そのように、その方は、何もかも心得たで、それが安心というのか。
答え、心得たのが助けて下さるるとは存じませぬ。ただ助けて下さるると心得ました。
(37)
問い、ただということは、どういうことじゃぞ。
答え、どういうことやら知らずに、お助けにあずかることと存じます。
(38)
問い、信機信法ということは、どうじゃ。
答え、自力をすてて、彼尊様をたのむことと聴聞しました。
(39)
問い、それならば、自力をすてたのが信機か。
答え、すてまいと思うても役に立たねばすたります。それゆえ、私は役に立たず、彼尊のお慈悲一つと、ただ弥陀のお手元に目のつくようになったのが信機信法かと存じます。
(40)
問い、心をひとつにせよと仰せられるのが一つになったのか。
答え、参らるるように思ううちは、二つも三つも、参られぬ一つよりほかにござりませぬで、ひとりでに心が一つになりました。
(41)
問い、助けたまへと申すとは、口で申すことではないのか。
答え、口で申してらちあけようとするのが自力の心じゃと聞きました。
(42)
問い、そんなら何で申すのじゃ。
答え、聴聞申し訳候とは、私は口では申しませなんだ。
(43)
問い、同業者の三業と、弥陀の三業と一体になると仰せらるるとはどういうことじゃ。
答え、煩悩だらけの心中へ、助けるぞよとの勅命を申し受けたら、もう彼尊がよいようにしてお助け下さるるぞと聴聞いたしました。
(44)
問い、仏の広大なお慈悲が、いよいよ実と受け取られて、喜びづめになろうものか。
答え、いや、忘れたり、よろこんだりであります。
(45)
問い、忘れていたときの心持ちはどうじゃ。
答え、そりゃ何ともない。色も香りもなし。また思い出したときは、あらうれしやとほんのりいたしまする。
(46)
問い、とんとお慈悲を忘れてしもうたらどうする。
答え、とんと忘れてしまう私がいるで、ご教化が絶えて下さりませぬと存じます。
(47)
問い、思い出したときは丈夫なのか。また忘れたときはどうじゃ。
答え、思い出せば丈夫なことを思い出し、忘れているのでいよいよ丈夫な味が知れまする。
(48)
問い、そんならいつもうれしいか。
答え、うれしうなったで、もう悲しいところは少しもございませぬ。
(49)
問い、なにがそのようにうれしいぞ。
答え、ただ助けて下さるるお手元一つがうれしうござります。はい。
(50)
問い、そちもよくよく、御開山の腹中をのみこんだのお。
答え、いや、私は知らねども、彼尊のおかげでのみこましてもらいましたで、ひとえに御開山聖人御出世の御恩といただかれます。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

[解説]
 この安心五十問答は、滋賀県坂田郡入江村大字磯第百二三番地椋田与市氏(世間に有名な与市同行)が施主となって、伝えるところの本願寺第十九世本如上人と同第二十世広如上人御父子のご問答を拝写して遺して下さったものであります。いまそれを拝借して皆さまの法味の助縁にと思い、誌すものであります。

タグ : 加茂仰順

2009/11/27(金)
『真宗安心』(加茂仰順師)より

 どうも信心が頂かれない。どうもお念仏がよろこべないとなげきますが、これは一面からいえば尊い悩みであります。しかし、そこに誤解が入ってはなりません。どうも信心が頂けないということは、自分が工夫してゆくように思ったり、よろこべないということは、自分の心掛けようが足りないからと思うならば、きわどいところで道をふみはずすことになります。

 信心をよろこぼうとか、はっきりさせようとか、しっかりしようとかいうように、力んでゆくよりも、すなおに法を聞く。「つれてゆくぞ」の仰せを頂いたのが信であり、つれてゆくぞよを頂いたのがお念仏である。お念仏をよろこばせていただくのが、私の生活であります。

 ここでよく申させて頂きたいことは、私たちは、真理というようなものを信ずるのではないのです。むしろ生命を信ずるというべきでしょう。正しく言えば名号を信ずるのであります。

 名号を頂くには、私の思案やこちらの手で加工をすることではありません。

 名号は消化されきった活きた生命であります。名号を聞けばそれがひとりでに思となり、修となってゆきます。名号を頂くには「聞く」だけです。名号という「法」は、それ自身生きている完全なもの、私の手で加工したり料理したりする必要のないものですから、如実に名号をそのままお受けするということが最初であり、最後であります。如実に名号を頂いたら、名号が私を生かして下さいます。私の料理で生きるような死んだ名号などありません。

 ややもすれば、私がしっかりしないと名号は生きないと申します。また私が精進して名号を生かさねばならないと思います。これが常識ですが、この常識は実は私の高あがりであります。そういうことではなく、私がすなおにその法さえ受けいれたら、ひとりでに法によって私が生かされます。だから私が名号を生かそうなどというように考えるのではなく、すなおに名号を受けいれることが非常に大切であります。名号を受けいれたら、ひとりでに信心となり念仏となります。

 一般のときは、名号を聞いて、それから考えたり批判したりして信心をかまえて、それからさらに念仏というものをしぼり出す。つまり名号を聞いてそれを自分の考えの中へ入れ、これは大丈夫であると決めたときが信心であるという。その信心ができたら、その上に立って生活する。それが念仏の行である。これは私の手で加工されている。名号を受け取ってきて自分で加工する。即ち料理する。そして信心したり、念仏したりする。こういうように在来は考えていました。

 ところが親鸞聖人はそのようには仰せられなかったのです。名号を頂くばかりである。名号を聞くばかりである。名号が信心になる。その信心が念仏になる。このあいだに私の計らいの加工は少しも入りません。私が加工することはいりません。小細工することがいりません。それならば私としては何かといえば、私はすなおに名号を聞かせて頂くほかはありません。すなおに聞かせて頂くところに、名号の全体を頂く。これが全部であります。


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2009/11/26(木)
元の話がどのような場面で、どのように使われているか、考えてみましょう。

阿含経典による 仏教の根本聖典』(増谷文雄著)より
南伝 相応部経典 45-2後半と3 舎利弗
漢訳 雑阿含経 27-726

 かようにわたしは聞いた。
 ある時、世尊は、釈迦族のサッカラという村にあられたことがった。その時、アーナンダ(阿難)は世尊のあられる処にいたり、世尊を拝し、世尊にもうして言った。
「大徳よ、私どもが善き友、善き仲間を有するということは、これは、聖なる修行のすでに半ばを成就せるにひとしいと思うが、いかがであろうか。」
かく問われて、世尊は答えて言った。
「アーナンダよ、そうではない。そのような考えをしてはならぬ。アーナンダよ、善き友、善き仲間を有するということは、これは聖なる修行のなかばではなくして、そのすべてであるのである。アーナンダよ、善き友をもち、善き仲間の中にある比丘においては、八つの聖なる道を修学し、成就するであろうことは、期してまつことができるのである。
 アーナンダよ、このことによっても、それを知ることができるではないか。
 アーナンダよ、人々はわたしを善き友とすることによって、老いねばならぬ身にして老いより解脱し、病まねばならぬ身にして病より解脱し、死なねばならぬ人間にして死より解脱することを得ているのである。このことによっても、アーナンダよ、善き友をもち、善き仲間にあるということは、聖なる修行のすべてであると知るべきである。」

 かようにわたしは聞いた。
 ある時、世尊は、サーヴァッティー(舎衛城)のジェータ(祇陀)林なる祇孤独の園にあられた。その時、サーリプッタ(舎利弗)は世尊のもとにいたり、世尊を拝し、世尊にもうして言った。
「世尊よ、私どもが善き友、善き仲間を有するるということは、これは聖なる修行のすべて成るにひとしいと思うが、いかがであろうか。」
かく問われて、世尊は答えて言った。
「よいかな、サーリプッタよ、その通りである。善き友をもち、善き仲間にあるということは、これは、聖なる修行のすべて成るにひとしいということができる。サーリプッタよ、善き友をもち、善き仲間の中にある比丘にありては、八つの聖なる道を修め習い、これを成就するであろうことは、期してまつことができるのであろう。
 サーリプッタよ、それは、この理によっても知ることができるであろう。
 サーリプッタよ、人々はわたしを善き友とすることによって、老いねばならぬ人間でありながら、老いより解脱する。病まねばならぬ人間でありながら、病より解脱しておる。死なねばならぬ人間にして、死より解脱することを得ているのである。このことによっても、サーリプッタよ、善き友をもち、善き仲間にあるということは、聖なる修行のすべてであると知るべきである。」

タグ : 阿含経 善知識

2009/11/26(木)
阿含経典による 仏教の根本聖典』(増谷文雄著)より
南伝 相応部経典 42-6 西地人

 かようにわたしは聞いた。
 ある時、世尊は、ナーランダー(那羅陀)なるパーヴァーリカンバ(波婆離迦菴羅)林にましました。その時、アシバンダカプッタ(刀師子)なる部落(むら)の長が、世尊を訪れ来たり、世尊を拝して、問うて言った。
「大徳よ、西の方より来たれる婆羅門は、水瓶を持ち、花環をつけ、水に浴し、火神につかえ、死せる人々を天界に昇らしめることができるという。大徳は、あまねく世人の尊敬をうけられる覚者であられるが、大徳もまた、人々の身壊れ、命終わりて後、善趣天界に上生せしめることを得るのであろうか。」
「部落の長よ、では、私から、なんじに問うてみたい。なんじの思うとおりに答えてみるがよい。部落の長よ、なんじはこれをいかに思うであろうかここに一人の人があって、人を殺し、物を盗み、偽りを言いなど、あらゆる邪まの業をなしたとするがよい。そこに大勢の人々が集まり来たって、『この人死して後は善趣天界に生まれるように』と、祈祷し、合掌したとするならば、なんじはいかに思うか。この人は、この大勢の祈祷合掌の力によって、死後、天界に生まれることができるであろうか。」
「大徳よ、いいえ、彼は天界に生まれることはできますまい。」
「部落の長よ、たとえば、ここに一人の人があって、深き湖の水の中に大きな石を投じたとするがよい。その時、そこに大勢の人々が集まり来たって、『大石よ、浮かびいでよ、浮かび上がって、陸にのぼれ』と、祈祷し、合掌して、湖のまわりを回ったとするならば、なんじはいかに思うか。その大いなる石は、大勢の人々の祈祷合掌の力によって、浮かびいでて陸に上がるであろうか。」
「大徳よ、いいえ、大きな石が浮かびいでて陸にあがるはずはありません。」
「それと、同じことである。あらゆる邪悪の業をつんできたものが、いかに祈祷し合掌したからとて、死後、天界におもむく道理はない。その人は、身壊れ、命終わりて後は、悪趣地獄に生まれるのほかはないのである。
 では部落の長よ、さらに、なんじは、このような場合には、いかに思うであろうか。ここにまた、一人の人があって、生きものを害せず、人の物を盗まず、偽りを語らず、あらゆる善き業を積んだとするがよい。しかるに、大勢の人々が集まり来たって、この人死して後は悪趣地獄に生まれるようにと、祈祷し、合掌したとするならば、どうであろうか。なんじはいかに思うか。この人は、人々の祈祷合掌の力によって、死後は地獄に生まれなければならぬであろうか。」
「大徳よ、いいえ、そのような人が地獄に堕ちるはずがありません。」
「その通りである。たとえば、ここに一人の人があって、深き湖の水の中に油の壺を投じたとするがよい。そして壺は割れ、油は水の面に浮いたとするがよい。その時、大勢の人々が集まり来て、『油よ沈め、油よ沈め、なんじ油よ、水の底にくだれ』と、祈りをなし、合掌して、湖のまわりを回ったとするならば、なんじはいかに思うか。その油は、人々の合掌祈祷の力によって、沈むであろうか。」
「いいえ、大徳よ、油が水の底に沈むはずはありません。」
「それと、同じことである。あらゆる正善の業をつんできたものは、いかに祈ったからとて、合掌したからとて、その力によって死後、地獄におもむくはずはない。その人は、身壊れ命終わりて後は、善趣天界におもむくことは必定である。」
かく教えられた時、部落の長は、世尊にもうして言った。
「よいかな大徳よ。譬えば、倒れたるを起こすがごとく、覆われたるを啓くがごとく、迷える者に道を示すがごとく、また眼ある者は見よとて、暗の中に燈火をもたらすがごとく、世尊は種々の方便をもって、法を説き示された。願わくは、今日より終世かわることなき帰依の信者として、私を許し受けられんことを。」

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2009/11/26(木)
親鸞会でよく聞かれる言葉に
「因果応報なるが故に来世なきに非ず、無我なるが故に常有に非ず」(阿含経
というものがあります。
阿含経』とありますので、当然のことながら釈尊の言葉とされています。
しかし・・・
この言葉は本当に阿含経にあるのだろうかと調べましたが、いまのところ見つかっておりません。
どなたか知っておられる方に教えてもらいたいと思っております。

タグ : 阿含経

2009/11/26(木)
『真宗安心』(加茂仰順師 百華苑刊)より

真宗のかなめは、安心であります。安心とは何でしょうか。
安心とは、私が救われたことであります。助けられたことであります。
真宗では、そのことを「信心をとる」とか、「信心獲得」とか申されています。
「信心をとる」とは、計らいの心の捨ったことであります。「自力の心をすてて」、「弥陀をたのんだ」のであります。
そのことを一口で言えば、真宗は、間違いないお助けがえられたのであります。
如来に助けられたのです。
人はみな、親心を頂こうと思うて苦心しますが、それは方角違いです。頂くことに苦心するのではありません。苦心されている親心を聞かせて頂くのであります。
頂くというのは、物をもらうようなことではありません。聴聞のところに、親心の全体があらわれて下さったのであります。
なぜかと言えば、弥陀の正覚のそのままが、私を救うためであるからです。
弥陀の正覚のありったけが、私の救い(往生)であります。
つまり仏智のままが宿ったのが安心であります。その大悲の宿って出るのが念仏です。
大悲がいつも通って下さるから、それを味わって念仏するのであります。大悲のあらわれたのが念仏です。
如来に生かされている一杯が如来の名号であります。
名号を頂くのであると云うても、名号を私が所有するのではありません。
名号のはたらきに、わが身全体が生かされるのであります。

 忘れて暮らす私に
 ナモアミダブツが先に出て
 思い出すときは
 いつでもあとよ
 わたしゃ つまらん あとばかり
 わたしの心が先ならだめよ
 親の慈悲が先にある
 親の慈悲が先ばかり
 わたしの返事はあとばかり
             (才市


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2009/11/25(水)
 機法一体について調べておりましたら、加茂仰順師の『真宗の法義』(永田文昌堂 昭和42年発行)の中に次のような文がありました。(なお『真宗の御法義』とは別の本です)
 たしかに「法体成就の機法一体」という言葉はあります。
 ただ、これは「法体成就の上で語られる機法一体」の意味であり、これに対するものは「名号を領受した機の上で語られる機法一体」です。
 なお、下の文章は参考のためにあげたのであり、勉強していないと難しいですので、無理して読まれなくてもよいと思います。
 機法一体については、安心論題関連の書籍やサイトを見て下さい。

一、機法一体について
 いま申しますように、蓮如上人のおさとしの法義の特色は、機法一体、仏凡一体、タスケタマヘの義、信因称報の義を明らかにされたということにあります。
 しかるに機法一体の御釈は、六字釈に基づく機法不二を以て、他力廻向の信であることを示されるのであります。
 即ち善導大師の六字釈は、機法一体義と、願行具足の法義を示されるものです。しかし機法一体義は他力廻向義とその扱いを異にしています。また願行具足義は信心正因を示すものであります。
 しかして善導大師の上に於いて、玄義分に示される機法一体義は、法体名号の成就の上で示されるのです。また散善義の三心釈は、三心発起の所に於いて、一切願行成就することを示されるもので、衆生領受の上に機法一体がさとされてあります。
 宗祖にあっては、行巻六字釈は、機法一体を法体の上で語り給うてあります。即ち帰命の釈が、勅命に帰せしむる力を成就せりとされるのです。信巻ではこの法体成就の機法一体が、衆生に領受されて、機の上の機法一体義を成ずると釈されています。
 蓮如上人は、宗祖の行信不二の釈を承けて、機法一体の名目で語ってゆかれるのであります。そのことを御文章の三帖目の第七通には「されば南無阿弥陀仏の六字のいわれをよく心得わけたるをもて信心決定の体とす云々」と示されてあります。また御文章の四帖目第八通、同第十二通、同第十四通にもそのことがさとされてあります。


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2009/11/25(水)
 インフルエンザの患者に医者が、タミフルやリレンザなどの抗インフルエンザウイルス剤を服用するように言ったにもかかわらず、患者のほうが勝手に、他の風邪薬(パブロンやルルや葛根湯など)をのんでみて、効かなかったらタミフルをのもう、と思っていたら治るものも治りません。
 ましてや「あなたは、他の風邪薬が効くか効かないかのんでみなければ分からないから、まず風邪薬をのんでみて、それが効かないことが分かってからタミフルをのみなさい」などと言う医者がいるはずが無い。もしそんな医者がいるとすれば、ヤブ医者でしょう。
2009/11/24(火)
先日、ある方と「二種深信」について話しておりましたら、どうもかみ合わないと感じました。
いろいろうかがってみると、「機法二種一具の深信」と「機法一体」そして「仏凡一体」が混乱していることに気が付き、それぞれ簡単にお話ししました。
「二種深信」と「機法一体」は西本願寺の「安心論題」の中にありますので、ネットで検索すれば説明しているサイトがあると思います。
「仏凡一体」は新「安心論題」からは外れましたが、旧「安心論題」にありますので、やはりネット上に説明されているサイトがあると思います。
検索が可能な方は、ご自分で調べて下さい。
当然のことながら、安心論題を説明した本にも書かれています。

ところで、なぜこのようなことになったのか考えてみますと、親鸞会の「教学聖典」中に

3-39 
問 法体成就の機法一体とはどんなことか。
答 阿弥陀如来の御手元に十劫の昔から完成しているところの南無阿弥陀仏の大功徳のことを言う。

3-47
問 信念冥合の機法一体とは、どんなことか。
答 信心決定して身も心も南無阿弥陀仏と一体になったことを言う。

という問と答があるからだと思います。

「法体成就の機法一体」「信念冥合の機法一体」という言葉は、私の持っている
 『真宗大辞典』(永田文昌堂)
 『真宗新辞典』(法蔵館)
 『真宗辞典』(同)
 『親鸞辞典』(東京堂出版)
のいずれにも出ていない言葉でした。
ネットで検索しても、この言葉を使っているのは親鸞会と大沼法龍師だけでした。
(ネットが全てではありませんので、一応参考まで)

確かに、この教学聖典の説明では、「機法一体」「仏凡一体」それに「願行具足」の意味が混乱するでしょうし、「機法」という言葉の入っている「機法二種一具の深信」とも混同が生ずることも致し方ないと思いました。
「機法一体」という言葉にはいろいろな意味・説相があり、そのうちの一つが「仏凡一体」に当たりますが、浄土真宗ではこれらは別の意味をあらわしますので、きちんと押さえておきたいと思います。

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2009/11/21(土)
『親鸞と人生』(加茂仰順師)より


 必ず仏にならせていただく身の幸せを喜び」ということはどういうことなのでしょうか。


 あまり時間が無いようですので、簡単にお話し致しますと、ある人が宿屋に泊り、夕食後その客は散歩に出て酒を呑んで帰ったとみえて、相当に酔ってよい気分で寝ました。ところが翌朝起きてきて、昨夜は大変に蚊に刺されたと言いますので、女中さんが客に、あなたはどこにお休みになりましたかと尋ねますと、客は蚊帳の中に寝たと言いますが、実際は、暖簾がありましたので、暖簾と蚊帳の間に寝たものであることが分かって大笑いをしたそうです。翌晩も同じ宿に泊まり、また酒を呑んで夜遅く帰ってきて、蚊帳に入りましたが、その晩は女中が気をきかして、暖簾を巻き上げておきましたので、今度は二回くぐって蚊帳の外に出て寝て、一晩中蚊に刺されたという話です。
 阿弥陀仏の救いを過去に片付けて安心したり、未来に眺めて喜んでいて、現在の救いにあずかることのできない人はお客さんの類であります。
 まじめな気持ちで深く聞法に心を入れて「ただ今、阿弥陀如来の本願のわれらを助けたまうことわり」を聞き得させていただかねばなりません。そこには、その信の利益として、必ず浄土に生れ、仏にならせていただくことを得るのであります。

強調は私がしました。

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2009/11/21(土)
『安心座談 お救いのみち』(加茂仰順師)より

 蓮如上人も「心易いと思えば必ず仕損ずるぞ」とくれぐれも仰せられてあり、先徳も「必ず必ず早合点して済ましてはならない」とさとされています。
 とかく大様一往の聴聞であったり、または邪見憍慢の気づまし安心、或はかかる者をお助けという押しつけ安心に陥ったりして、もうこれでよいと自分の心に落ち着いてまぎれていることがよくありがちです。随分と骨は折りながら、骨の折り場が違って、この心に聞かせることにかかるのは骨折り損です。だから少しでも心が聞いてくれたら、それに心を休め、それにだまされてとりかえしのつかないことにしてしまいます。
 悪いことにはだまされないが少しのよい心がとかく自分をだますものなのです。つまり聞くことと、如来のお助けを別のことのように思いますから、聞いてはいるがそれほどに思われないということになるのです。
 真宗は今直ちにお助けにあずかるのですから、今までの聴聞につぎ足してゆくのではなく、今ここで聞かせてもらうのです。聞いたことの上につぎ足して助けてもらうのであれば、願力成就の他力ではないことになります。この私の心がきばって聞いて、それがちょっとでも間に合うのであれば、機法一体の成就はいらなくなります。それかといって聞くことはどこまでも肝要ですが、暴風の中に残るものは天上の月一つでありますように、聞いた心が当てになるのではなく、仰せだけがまことであります。そこには自分の分別心がすべてぬぐい去られて、お助けのままに助けられてゆくほかはないわけです。

タグ : 加茂仰順

2009/11/20(金)
『親鸞の世界 -信の領解-』(加茂仰順師)より

宿善の「宿」は本来「自覚以前」という意味です。つまり「気がつく前」ということで、弥陀のご本願は私が気がつく前にすでに起こされていたのであります。気がついた時はすでに手遅れなのであります。その意味からすれば、気がついた時は、たとえ私が今までに行ったとしても、私のものではなかったのであります。また「宿」の中にはただ今までの過去のすべてが入り、善とは法性にかなう浄業のことであります。そうした浄業は如来のなさしめ給うはたらきのほかにはないわけであります。だから、宿善とはどこまでも、信の上の反省と言わねばなりません。信を通さないと宿善は出てきません。そこには永い間、聞かせていただきながらはねつけていた私が出てまいります。お与えものをはばんでいました。邪魔をしていました。深い恵みが与えられていました。如来から計らわれていた私であります。自分のすべてが如来のはたらきかけの中にいたのであります。たとえ無駄をしたようでも、無駄ではなかったのであります。ともかく、現在の信の反省において、如来の計らいであったといただくのが、遇い難くして今遇うことのできたこの身いっぱいの喜びであります。今素直に掌を合わさせていただく幸せであります。要するに、宿世の善根というほどの善は私には有ることが無いわけで、宿善は如来から私たちへのはたらきかけの善ということになります。わが後生の問題に大事にかかってきたのがすでに宿善到来したしるしであります。


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2009/11/20(金)
『親鸞の世界 -信の領解-』(加茂仰順師)より

 まず救いとは私の求め心がとり去られ、如来の救いの御力がわがものになって下さったことです。

 たとえば自分は百万円欲しい。それゆえ一生懸命に努力してやっとのことで百万円を手にすることができたとします。それであるから私は満足して幸福でありうるかといえば決してそうではありません。むしろ寂しさを味わいます。つまり私たちが最も寂しさを感じますのは、自分の目的が果たされたその瞬間です。それはなぜかといえば、百万円のお金、それは自分の一部分にしかすぎないからです。その部分の中に自分の全体を打ち込んでいたものですから、得た瞬間に寂しさを味わうのです。私たちはいつも部分を全体と見誤り、絶えず求め心を燃やし続けております。これが人生の苦しみの原因となっているとも言えましょう。

 ところが仏法の上では聞名のご誓願によって私のものとなって下さった時、求める心が用事がなくなって私自体が如来のものによって満たされてしまうのです。これが救いです。つまりそれを詳しく言えば、如来のみさとりが名号となって現れて下されてありますが、私としてはその名号を聞かしていただくことそのことにあるわけです。聞くといっても私の方で工面するのではなく、名号のはたらきの現れたのが「聞」です。たとえばミカンの種子は手段ではありませんように、聞もお助けの手段ではなく、「聞」それ自体がお助けの届いたすがたであり、いただかれたことです。それゆえ如実の聞を「信」と言います。それはお浄土のさとりの因となるものです。またそのさとりを得るほどの価値内容を今この身に獲させていただくわけです。これが救いです。

 そしてまた真実の救いは自分の眺めた自分が救われるのではなく、如来の見抜かれた私が救われてゆくのであります。それについて、この自分が地獄必定だとか、無有出縁とかの思いは何ゆえに弥陀の本願、すなわち絶対の智光はこの私たちの人生や人間を否定されるのか。また何ゆえに必堕無間とか無有出縁とかいって、自分を見限らせられるのかということについて。それは如来は私たちの迷いをもって自らの迷いとし、私たちの不完全をもって自らの責任とされるからと言わねばなりません。すなわち一切を自らとし、一切の責任を負うて立つものが弥陀の本願であるからです。

 さらに言えば、必堕無間の私ということは、如来のみ知り給う姿です。私の自覚で見届けたくらいの罪を救おうという浅い如来の力ではありません。だから罪悪感のどん底に自覚した時お慈悲が聞こえるなどということの誤りであることが明らかであります。もしそれが聞こえたのであれば、それは如来の勅命が聞こえたのではなくして、自分の心の休まる声を聞いたのであると申さねばなりません。

 要するに真宗のお救いとはこれを押えて言えば、如来のご廻向ということです。私たちには如来は身口意の三業の造作は一切用いさせて下さらずに、願力ひとつで助けて下さるのがそのことです。しかもその廻向の勅命ですが、私たちはとかくすると如来の勅命に向かわず、勅命を持ち直してしまいますから、その誤りについてよく聞かせていただかねばなりません。

 それについて自力の行者は「深く信ずる」ということを聞いて、自分が励んで深く信じようと努力します。だから深信になりません。他力の信は勅命のままがわが心に届いたのですから深信です。また自力の行者は深信しようとわが心の信じぶりをたのみますからいつも疲れます。他力信の者は摂取不捨の願力を仰ぎますから、動揺しようとしても動揺はありません。

  「我能く汝を護らん」とある弥陀の「汝を護る」をいただいていますから、金剛堅固です。すなわち「この心なおし金剛のごとし」とは、護り給う如来の力が金剛ですから、深信もまた金剛です。とにかく勅命を持ちかえるところに不如実になってまいります。

 以上のことをまとめて言えば、今の私に如来の真実が与えられ無疑受楽の満足を与えられたものが救いであるということになります。そしてその内容を名号全領によって私の全てが転成されることです。

タグ : 加茂仰順 必堕無間

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