21世紀の浄土真宗を考える会2009年12月

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2009/12/30(水)
機法一体」について、御一代記聞書242条を『蓮如上人聞書新釋』(梅原眞隆著 本願寺 ISBN4-89416-438-8)から引用します。
但し、原文は真宗聖典註釈版によります。

思案の頂上と申すべきは、弥陀如来の五劫思惟の本願にすぎたることはなし。この御思案の道理に同心せば、仏に成るべし。同心とて別になし。機法一体の道理なりと[云々]。
註釈版聖典1311頁

【意訳】
 「思案の最上」というのは阿弥陀如来が我等をたすけるために五劫思惟の本願にすぎたものはない。この御思案の道理に同心すれば仏になるのである。同心というても別にあるのではない。機法一体の道理――すなわち、五劫思惟の本願というもただわれらをたすけ給うためである。弥陀をたのむ一念のときそのたのむ衆生の機と阿弥陀仏の法とが一体になる。その機法一体の道理を聞信することである。

【解説】
 仏の思惟をさしのけて、自分のはからいを容れる余地はない。五劫に思惟された本願の名号を信受(まうけ)するのである。名号は機法一体である。南無というたすかる信心と阿弥陀仏というたすける法体(おみのり)と互具互成する名号を信受する、これが仏智におまかせする同心である。

-----ここまでが引用

【私の補足】
 上の意訳中「弥陀をたのむ一念のときそのたのむ衆生の機と阿弥陀仏の法とが一体になる」のところは注意して読む必要があります。
 『やさしい 安心論題 ⑿「機法一体」』や上の解説を読めば分かりますように、「たのむ衆生の機」というのは私がおこした心ではありません。機法ともに南無阿弥陀仏なのです。
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タグ : 梅原眞隆 御一代記聞書 機法一体

2009/12/26(土)
『やさしい 安心論題の話』(灘本愛慈著)p137~

(12)機法一体

 「機法一体」という言葉は『安心決定鈔』の中に多く見られ、覚如上人の『願願鈔』(真聖全三―四六)や、存覚師の『六要鈔』(真聖全二―二八二)、『存覚法語』(真聖全三―三六六)などにも出ています。それらの文にあっては、救われる衆生(機)と救う如来(法)とが一体である、あるいは一体になるという意味で、次のようなさまざまな宗義を「機法一体」として示されています。
⑴往生正覚不二の義
 衆生往生せずば正覚を取らじと誓いたもうて、その本願を成就されたのが果成の南無阿弥陀仏である。すなわち南無阿弥陀仏は衆生の往生(機)と仏の正覚(法)とを不二一体に成就されているということ。これは『安心決定鈔』(真聖全三―六一五等)に多く示されています。
⑵信の法徳として一体になる義
 信心をうれば、仏の功徳の全体が衆生の上にそなわって、仏の功徳に一体となること。『安心決定鈔』に(真聖全三―六二二)、
信心決定せんひとは、身も南無阿弥陀仏、こころも南無阿弥陀仏なり。
等と示され、『願願鈔』に(真聖全三―四六)、
信心歓喜すれば機法一体になりて、能照所照ふたつなるににたれどもまったく不二なるべし。
とある。『六要鈔』(真聖全二―二八二)に示されている機法一体も、これと同じ義であります。このような信の法徳のことを、蓮如上人は「仏凡一体」としてお示しくださっています。
⑶彼此三業不離一体の義
 阿弥陀仏の身口意三業によって成就せられた名号を衆生が領受するのであるから、衆生の信後の称名(口業)、礼拝(身業)、憶念(意業)は、仏とあい離れないということ。『安心決定鈔』(真聖全三―六二五等)に出ています。
 このように、「機法一体」という言葉は、さまざまな宗義を示す用語として使われています。
 しかしながら、いま「機法一体」という論題でうかがうのは、主として蓮如上人の『御文章』にお示しくださった「機法一体」の意味についてであります。
 蓮如上人のいわれる機法一体の「機」とは南無帰命の信心であり、「法」とは阿弥陀仏の摂取の願力であります。したがって、衆生の上に発起せしめられる信心と、阿弥陀仏の摂取の願力とは一つの体である、という意味を「機法一体」として明らかにせられます。つまりこれは行信不二の義であります。
 これを仏辺成就の上でいうならば、衆生を南無せしめて摂取したもうのが南無阿弥陀仏であるということになります。またこれを衆生領受の上でいうならば、私どもの南無帰命の信心は阿弥陀仏の摂取の法が届いてくだされたすがたにほかならないということであります。


 「機」というのは法に対する語で、可発の義であるといわれます。これは法によって救われるべき者(衆生)を意味します。けれども、蓮如上人の仰せられる機法一体の「機」とは、南無帰命の信心を指して機といわれます。なぜ信心のことを機というのかと申しますと、南無の信心は救われる衆生(機)の側に発起せしめられるものであるから、この信心を機といわれるのです。宗祖親鸞聖人にあっても、『本典』行巻の念仏諸善比校対論の二機対のところに(真聖全二―四一)、
しかるに一乗海の機を按ずるに、金剛の信心は絶対不二の機なり。
と示されています。これも信心のことを機といわれた用例であります。
 次に「法」というのは、これは機に対する法のことで、阿弥陀仏の救いの法、すなわち衆生を摂取したもう願力のことであります。
 「一体」とうのは、一つの体である、体は一つであるということであります。衆生の南無の信心は、助くる法とは別に、衆生がおこすものではありません。助くる法のおんはたらきによって発起せしめられる信心であります。いいかえますと、衆生に南無せしめて摂取したもうのが阿弥陀仏の法であります。このゆえに機法一体の南無阿弥陀仏といわれるのです。『御文章』四帖目第十四通に(真聖全三―四九七)、
南無の二字は衆生の弥陀をたのむ機のかたなり。また阿弥陀仏の四字はたのむ衆生をたすけたもうかたの法なるがゆえに、これすなわち機法一体の南無阿弥陀仏ともうすこころなり。
と仰せられています。


 蓮如上人の仰せられる機法一体の釈相をうかがいますと、二字四字分釈のいい方と、六字皆機皆法とされるいい方とが見られます。
 二字四字分釈というのは、「南無」の二字はたのむ機のかた、すなわち衆生の信心とし、「阿弥陀仏」の四字はたすくる法のかた、すなわち摂取の願力、というふうに分けて示され、その南無の機と阿弥陀仏の法とが一体に成就されているのが機法一体の南無阿弥陀仏である、といういい方であります。四帖目第八通(真聖全三―四九)に示される機法一体の釈も、この二字四字分釈にされています。
 これは六字の中で、一応その主たる意味によって、南無を機、阿弥陀仏を法というふうに分けて示されたので、、古来このようないい方を拠勝為論(勝れたところによって、論をなす)といわれています。
 六字皆機皆法というのは、南無阿弥陀仏の六字全体がたすくる法であり、また六字全体がたのむ信であるといういい方です。
 阿弥陀仏のたすくる法は、衆生に南無の信をおこさせて、これを摂取したもう法でありますから、南無を抜きにした阿弥陀仏ではありません。南無を具する阿弥陀仏であります。ですから、南無阿弥陀仏の六字全体がたすくる法であります。これを六字皆法といわれます。一帖目第十五通に(真聖全三―四二三)、
この南無阿弥陀仏の名号を南無とたのめば、かならず阿弥陀仏のたすけたもうという道理なり……これによりて、南無阿弥陀仏の体は、われらをたすけたまえるすがたぞとこころうべきなり。
と仰せられ、五帖目第八通には(真聖全三―五〇五)、
ただわれら一切衆生をあながちにたすけ給わんがための方便に、阿弥陀如来御身労ありて、南無阿弥陀仏という本願をたてましまして、……弥陀をたのまん衆生をたすけずんば、われ正覚とらじとちかいたまいて、南無阿弥陀仏となりまします。
等と仰せられています。これは南無阿弥陀仏の六字全体をもって、たすくる法とされるものであります。
 また南無の信は、阿弥陀仏のたすくる法が到り届いてくだされた信であって、阿弥陀仏の法と別なる信心ではありません。衆生に南無せしめて摂取したもう阿弥陀仏の法、すなわち南無阿弥陀仏をその体とする信心であります。これを六字皆機といわれます。三帖目第二通に(真聖全三―四五二)、
さてその他力の信心というは、いかようなることぞといえば、ただ南無阿弥陀仏なり。
と仰せられ、四帖目第八通には(真聖全三―四九〇)、
当流の信心決定すという体は、すなわち南無阿弥陀仏の六字のすがたなりとこころうべきなり。
と示され、五帖目第九通にも(真聖全三―五〇六)、
されば、他力の信心をうるというも、これしかしながら南無阿弥陀仏の六字の心なり。
と仰せられています。「しかしながら」とは、すべてそのままという意味です。これらの文は、南無阿弥陀仏のがそのまま衆生の信心となるといういい方で、六字全体をたのむ信の体とされています。
 六字皆法のたすくる法なるがゆえに、その法が衆生に届いて六字皆機の信心となってくださるのです。このように、六字皆機皆法といういい方を古来、尅実通論といわれています。尅実通論というのは実を尅して通論すればという意味で、実義をつきつめていえば、南無阿弥陀仏の全体がたすくる法であり、その南無阿弥陀仏の全体がたのむの信となる、というのであります。
 前の二字四字分釈のいい方は、この六字皆機皆法の宗義をわかりやすく二字と四字とに分けてお示しくださったものといえましょう。
 先哲の歌に、
左文字おせば右文字たすくるの ほかにたすかるこころやはある
というのを聞いたことがあります。判は左文字に彫ってあって、それを紙に押すと、そのまま右文字が現れます。必ず助けるぞよの願力が私に届いたすがたが、お助けを喜ぶ信心であって、仏の助くるのほかに私の助かる心(信)があるのではないという意味でありましょう。
 また、他家の娘が嫁入りしてきて自家の嫁となる。娘と嫁と呼び方は変わっても体は一つです。如来の名号願力が私に届いて信心となってくださるので、名号願力のほかに別に信心があるわけではありません。


 善導大師は『玄義分』の六字釈に(真聖全一―四五七)、
「南無」というはすなわちこれ帰命なり。またこれ発願廻向の義なり。「阿弥陀仏」というはすなわちこれその行なり。この義をもっての故に必ず往生をう。
と解釈せられ、願行具足の故に次の生には必ず浄土に往生できる旨を明らかにしてくださいました。
 親鸞聖人は善導の釈義を承けて、『本典』行巻に六字釈を示され(真聖全二―二二)、南無阿弥陀仏の名号は阿弥陀如来の智慧と慈悲とをまどかにそなえて(悲智円具)、たのみにせよ、よりかかれよ、必ず救う、とよびかけつつある法である旨を顕わしてくださいました。
 蓮如上人はそれらの釈義を承けて、阿弥陀仏の摂取の願力が衆生の信心となるのであって、衆生のたのむの信は阿弥陀仏のたすくるの法のほかにはない。たのむの信(機)とたすくる法とが一南無阿弥陀仏に成就せられているという意味で、機法一体の南無阿弥陀仏ということをお示しくださいました。これによって、他力廻施の信心ということをいよいよ明らかにされたのであります。


タグ : 灘本愛慈 安心論題 機法一体

2009/12/26(土)
「弥陀をタノム」ということがとても大切ですので、今回はまず、御一代記聞書188条を『蓮如上人聞書新釋』(梅原眞隆著 本願寺 ISBN4-89416-438-8)から引用します。
但し、原文は真宗聖典註釈版によります。

聖人(親鸞)の御流はたのむ一念のところ肝要なり。ゆゑに、たのむといふことをば代々あそばしおかれ候へども、くはしくなにとたのめといふことをしらざりき。しかれば、前々住上人の御代に、御文を御作り候ひて、「雑行をすてて、後生たすけたまへと一心に弥陀をたのめ」と、あきらかにしらせら れ候ふ。しかれば、御再興の上人にてましますものなり。
註釈版聖典1290頁

【意訳】
 親鸞聖人の御一流は弥陀をたのむ一念の信心が大切な要点である。この故に、たのむということをば宗祖已来代々の善知識が仰せ遊ばしたのであったが、たのむとはどんな風にたのむかということを、一般の人々はくわしく知らなかったのである。それを蓮如上人の御世代に御文章をおつくりなされて、雑行をすてて、後生たすけたまえと一心に弥陀をたのめと、あきらに御しらせくだされた。してみれば、蓮如上人は一宗を御再興になった上人であらせられる。

【解説】
 真宗の根本要義は唯信の救いである。そこで「聖人の御流はたのむ一念のところ肝要なり」とのべられたのである。この「たのむ」ということは、一般に使われた大衆の言葉であるだけ、平易ではあるが、諸種の意味に解釈されるおそれもある。そこで蓮如上人はたのむ一念の信相をくわしく示して「雑行をすてて後生たすけたまえと一心に弥陀をたのめ」と教示された。雑行をすてて正行に帰する廃立を基底とし、正行は南無阿弥陀仏であって、南無とたのめば阿弥陀仏のおたすけぞと聞きひらいたのが正行に帰するすがたである。適確に一宗の肝要をわかりやすく普及せしめられたので、真宗は繁昌した。御再興の上人として崇敬される所以である。

-----ここまでが引用

【私の補足】
 たぶんこれでも現代人には分かりにくいのではないかと思います。
 上の解説の中で、大事なのは「南無とたのめば阿弥陀仏のおたすけぞと聞きひらいたのが正行に帰するすがたである」というところですが、ここを間違えないようにしなければなりません。
 南無は私が作った心ではありません。
 ここのところをもう少し考えてみたいと思います。

タグ : 梅原眞隆 御一代記聞書 タノムタスケタマヘ

2009/12/24(木)
 親鸞会では“江戸時代に起きた「三業惑乱」によって、西本願寺は信一念を説かなくなった”と言っておりますが、下の年表をも見ても分かりますように、そんなことはありません。
 もちろん、三業惑乱が真宗学に及ぼした影響は甚大ですが、それによって宗学はますます発展したと言ってもいいのではないかと思います。
 また、三業惑乱後に正しい教えが説かれなくなったのならば、妙好人が出るはずがありません。
 教えが受け継がれてきたからこそ、これらの人達が出たのです。

三業惑乱の経緯概略】
和暦の年号はややこしいので、西暦で書きます。
1762年 第6代能化 功存が『願生帰命辯』を刊行
      これに道粋が序文を書く。
1763年 道粋が『疑問六章』で『願生帰命辯』を批判
1783年 越中善巧寺の明教院僧鎔師歿す ※空華轍の祖
1784年 大麟が『真宗安心正偽論』で『願生帰命辯』を批判
1786年 崇廓が『旁観記』で『願生帰命辯』を弁明
      大麟が『正偽編後編』で論難
1787年 三河の善永が『興復記』で『願生帰命辯』を批判
1789年 讃岐の宝厳が『帰命本願訣』で『願生帰命辯』を批判
1796年 第7代能化に智洞が就任
1801年 安芸の大瀛が『横超直道金剛錍』を刊行
      ※真実院大瀛師は芿園轍の祖
       尚、大瀛師の3歳年下の従弟が勝解院僧叡師で石泉轍の祖
      智洞(新義派・三業派・学林派)と道隠(古義派・聞信派・在野派)を閉門
      ※道隠師は空華三師の一人。堺空華の祖
1802年 古義派の信徒が美濃で蜂起
1803年 京都所司代が関係者を取り調べ
1804年 幕府が智洞と大瀛・道隠を江戸に呼び出す。(1月)
      大瀛歿す(5月)
      幕府の裁定(寺社奉行は龍野藩主脇坂安董)
      新義派を処罰(6月)
      智洞歿す(7月)
      本如上人『御裁断御書』を出す。

 空華轍が今日の西本願寺の教学の中心。それと並ぶのが石泉轍。
 轍とは学派ということ。

三業惑乱後の妙好人
庄松  1799年~1871年
お軽  1801年~1856年
吉兵衛 1803年~1880年
源左  1842年~1930年
才市  1850年~1932年

本如上人 1778年~1826年
広如上人 1798年~1871年
南渓   1790年~1873年
原口針水 1806年~1892年
利井鮮妙 1835年~1914年

タグ : 妙好人 三業惑乱

2009/12/24(木)
 親鸞会では「人生の目的」という言葉をよく使います。使ってはいけないということではないですが、使い方がおかしいと思います。
 親鸞会では「何のために生まれてきたのか、何のために生きているのか、なぜ生きねばならないのか」と説明します。
 問題はこの中の「なぜ生きねばならないのか」というフレーズで、この言葉があるために「平生業成」でなくなってしまう危険があるのです。
 言葉そのものは間違いではないように感じますが、これ聞いた人は、人生の目的を「今から死ぬまでの目的」と考えます。さらに「人生の目的どころではなく多生の目的なのだ」と聞くと、達成を先に延ばします。多くの親鸞会の会員が信心決定をあきらめているのはそのためです。ほとんどの会員は「信心決定は自分には無理だが、教えられることは悪いことではないから、その通りやっていれば次生・次々生には救われるかもしれない」と浄土真宗とは似ても似つかぬ考えを持っていると感じます。
 「多生の目的」という言葉を使うのも結構ですが、それは振り返ってのことであり、先に延ばすものではありません。

会員の頭の中を図示しますと、
図①
 [生まれて来た時]→→[今]→→(人生の目的)どこかで達成できれば万々歳
   →→[死] 達成できなければ持ち越し(多生の目的)→→[多生]


しかし、本来はこう考えるべきです。
(あくまでも同じ言葉を使ってのことです)
図②
 [過去](多生の目的)→→[生まれて来た時]
   →→(人生の目的)[今][死]〈現生正定聚〉
     →→往相→→[死]〈往生即成仏〉→→還相


「人生の目的」「多生の目的」が書いてある位置が違います。
人生の目的は今の問題であり、今は常に死と触れ合っているということをあらわしたかったのです。
なぜ、図①に「現生正定聚」「往相」「往生即成仏」「還相」の文字を書かなかったというと、図①の考えをしていては救われないからです。
(うまく書けませんでしたが、分かって頂けましたでしょうか)
2009/12/24(木)
 方便についてもう一度考えてみましょう。
『聖典セミナー 教行信証[教行の巻]』(梯 實圓著)380頁の【語註】から引用します。

 方便とは、梵語ウパーヤupāyaの訳語で、「近づいていく」という意味の言葉であるが、教義的には如来が真実の大悲をおこして衆生に近づき、巧みな方法を講じて救済していくことを善巧方便という。それにひきかえ、真実の教えをただちに受け容れることのできない未熟なものを育て、真実へと誘い引く(調機誘引)ために、その理解能力に合わせて程度を下げて説かれた教えを権仮方便という。それは暫く用いるが、真実の教えを受け容れるところまで理解能力が育てば、捨てて、真実の教えを与えていくから、暫用還廃(暫く用いるが還って廃する)の教法と呼んでいる。


 今までも述べたように、方便には「善巧方便「権仮方便」とがありますが、この2つは「方便」の意味が違うのです。
 ウパーヤには「近づく」「到達する」という意味があります。どこに近づくのかというと、「さとり」に近づくというのが本来の意味です。
 私→→→→→さとり
ということです。
 しかし、善巧方便の場合の「近づく」というのはそうではなくて
 阿弥陀仏→→→→→私
なのです。
 権仮方便は
 私→→(権仮方便①を使う)
    →→(権仮方便②を使う)
      →→(権仮方便③を使う)→→真実

という図式になります。(「使う」の主語は仏、知識)

 善巧方便と権仮方便との区別が混乱している人は、このように考えてはどうでしょうか。

タグ : 梯實圓 方便

2009/12/23(水)
観彼世界相 勝過三界道
(中略)
仏本この荘厳清浄功徳を起したまへる所以は、三界を見そなはすに、これ虚偽の相、これ輪転の相、これ無窮の相にして、蚇蠖(しゃっかく)[屈まり伸ぶる虫なり]の循環するがごとく、蚕繭(さんけん)[蚕衣なり]の自縛するがごとし。
曇鸞大師 往生論註 註釈版聖典七祖篇57頁

浅井成海師の訳(三界~)
 我々の世界は偽りに満ちており、その偽りの世界を生きる苦しみや悲しみは、繰り返し生じて絶えることがない。ちょうど尺取り虫が丸い輪をまわり続けるように、あるいは蚕が、自らの口から糸を出して自分の身体をがんじがらめに縛って身動きができなくなり、やがて熱湯につけられるようなものである。

善導大師の「機の深信」にあてはめるならば、
 虚偽の相=現にこれ罪悪生死の凡夫
 輪転の相=昿劫よりこのかたつねに没し、常に流転して
 無窮の相=出離の縁あることなし
となります。

タグ : 曇鸞大師 善導大師

2009/12/23(水)
 本願に相応するとは、こうして、ああしてと考え工夫して相応するのではなく、向こうから私に相応するような本願をこしらえて、この本願にすがれとあります。いわゆる先手かけてのおよび声に、ただすがればよいのであります。だから本願に相応するとは、本願が私に相応して下されてあることの尊きことを、ただいただくことであります。私から本願に相応するのではなく、本願がすでに私に相応して下されてあることをお受けするばかりであります。
 『本願〈信〉-本願の念仏-』(加茂仰順著)より

タグ : 加茂仰順

2009/12/18(金)
第十八願第十九願第二十願生因三願といいます。
親鸞会では、この三願を1セットのものと考え、三願転入の文とあわせ、「善をしなければ、信仰は進みませんよ」と言っています。
 参照:教学聖典⑺ (22)~(26)

しかし、親鸞聖人はこの三願は1セットのものではなく、別個のものと教えられています。
なぜ、このような誤りが生じたのでしょうか。

親鸞聖人が明らかにされた六三法門(六三分別)で、三願は浄土三部経にそれぞれ対応します。
 第十八願ー大経
 第十九願ー観経
 第二十願ー小経
この浄土三部経の関係をあらわす見方に三経一致門三経差別門があります。
『教行信証』に説かれている三願真仮の教え=六三法門は、このうち「三経差別門」に立ってのものなのですが、親鸞会が三願の説明をする時に「三経一致門」に立って話すのです。
三経差別門」に立って書かれた『教行信証』の話をする時に、「三経一致門」に立って話すということです。
たとえば『浄土和讃』の「三経和讃」は「三経一致門」の立場で書かれていますが、親鸞会ではよく『教行信証』と『和讃』を同時に話します。すると混乱が生じます。
(もちろん、丁寧に話せばいいのですが・・・)

つまり親鸞会では「三経一致門」と「三経差別門」とを混ぜて話していることになります。

別の見方をすると、浄土三部経の内『観経』と『小経』には隠顕がありますが、それをあたかも第十九願第二十願に隠顕があるかのように説いているのです。

ここに混乱の一因があると思っております。

以下、『聖典セミナー 浄土三部経Ⅰ 無量寿経』(稲城選恵著)より、「三経一致門」「三経差別門」の説明をしてあるところを引きます。
・『口伝鈔』の文は加え、「化身土巻」の文を少し足しました。
・また、強調は私が加えております。

『大経』と『観経』・『小経』の関係
 浄土三部経は『無量寿経』『観無量寿経』『阿弥陀経』をいいますが、この三部経は全く別個なものでなく、深い関係をもっています。いずれも阿弥陀仏の徳を中心に説かれた経典であるからです。
 この三経の関係は、親鸞聖人によると二つの見方があります。一つは、三経のすべてが一つのことを説かれたものとみるのであります。その場合は、『大経』が中心であります。このような見方を三経一致門といわれています。二つには、三経ともに別の義をあらわすという三経差別門の見方です。特にこの三経差別門の見方は、親鸞聖人の見方の特色ともいわれます。

 まず、三経一致門をみますと、この中にも三つの面からいわれるのであります。

 第一に、『大経』は法の真実をあらわし、『観経』は機の真実をあらわし、『小経』は機法合説証誠を説かれたと経典とみるのであります。このような解釈は、七高僧の上でも道綽禅師の『安楽集』の第三大門の上に出されています。また親鸞聖人も『教行信証』にはじめの総序の文意に出されています。具体的には、覚如上人の『口伝鈔』に出ているのであります。
〈参照〉
 いはゆる三経の説時をいふに、『大無量寿経』は、法の真実なるところを説きあらはして対機はみな権機なり。『観無量寿経』は、機の真実なるところをあらはせり、これすなはち実機なり。いはゆる五障の女人韋提をもつて対機として、とほく末世の女人・悪人にひとしむるなり。『小阿弥陀経』は、さきの機法の真実をあらはす二経を合説して、「不可以少善根福徳因縁得生彼国」と等説ける。無上大利の名願を、一日七日の執持名号に結びとどめて、ここを証誠する諸仏の実語を顕説せり。(『註釈版聖典』900頁
 このような一致門を、相成門の一致と先哲はいっています。
 これを喩によって具体的に申しますと、『大経』の法の真実とは薬のようなものであります。『大経』は本願を説かれた経典です。この本願を親鸞聖人は、『教行信証』「信の巻」の末に、「本願醍醐の妙薬を執持すべきなり」(『註釈版聖典』296頁)と、薬にたとえられています。薬は病気を離れては考えられません。
 この病気に内容を説かれたものが、次の『観経』であります。病気はもちろん私のことです。『教行信証』の総序には、
しかればすなはち浄邦縁熟して、調達(提婆達多)、闍世(阿闍世)をして逆害を興ぜしむ。浄業機彰れて、釈迦、韋提をして安養を選ばしめたまへり。これすなはち権化の仁、斉しく苦悩の群萌を救済し、世雄の悲、まさしく逆謗闡提を恵まんと欲す。 (『註釈版聖典』131頁
とあります。これによると、『観経』の序文に出されている阿闍世、韋提希の家庭的悲劇、さらにこれによる人間苦の具体的内容を示されてるのは、貪瞋具足の凡夫の内容をこの私にレントゲンをかけてみせてくれるということになります。親鸞聖人は『観経』の中で、特に序分に注意されており、『観経讃』9首の中でも8首までが序分によっておられます。それゆえ『観経』は、機の真実を説かれた経典といわれるのです。本願の救いの相手は、貪瞋具足の凡夫のほかにはあり得ないことをいっているのであります。
 次に『小経』は、薬と病気に対して医者をあらわしているといわれます。医者は患者の病気を正しく診察して、病気の治る薬を患者にすすめる役目をいたします。もし病名を間違えたり、薬を誤ると、病を治することはできません。私の病気を正しく診察し、この病気の治る薬をすすめ、そのすすめられた薬をのむことによって病気を治することができるのです。それゆえ、機法合説証誠といわれ、『小経』に六方恒沙の諸仏ー異訳の『称讃浄土経』では十方となっているーが口をそろえて念仏往生の法をこの私にすすめておられるから、医者にたとえられるのであります。
 このように、三経がそれぞれ異なった立場でありながら相依って成立している見方を、相成門の一致といわれるのであります。

 第二に、三経を一言にしてつくすと、このことのほかにはないといわれる一致門の解釈もあります。先ほどの相成門の喩にある薬と病と医者が間違いなくそろっていても、患者の私がのまなければ病を治すことはできません。のむということが私にとっては最も重要なことであります。このような意味で、親鸞聖人は「化身土の巻」に、
 ここをもつて四依弘経の大士、三朝浄土の宗師、真宗念仏を開きて、濁世の邪偽を導く。三経の大綱、顕彰隠密の義ありといへども、信心を彰して能入とす。ゆゑに経のはじめに「如是」と称す。「如是」の義はすなはちよく信ずる相なり。いま三経を案ずるに、みなもつて金剛の真心を最要とせり。(『註釈版聖典』398頁
と、信心を除くと三経は成立しないといわれるのです。
 また、いかに薬をのんでも、間違ったものであれば病気は治らないものであります。それゆえ、薬の側からいうと、曇鸞大師は三経の体は名号であるといわれ、法然聖人は『選択集』に「三経ともに念仏を選びもつて宗致となすのみ」(『註釈版聖典七祖篇』1285頁)とあらわされています。
また親鸞聖人も「化身土の巻」に、
ここをもつて三経の真実は、選択本願を宗とするなり。(『註釈版聖典』392頁
といわれ、名号、本願、念仏、信心に帰することができるのであります。このような名号、本願、念仏、信心は別個のものではなく、一つのものの異名であります。一女性であっても、夫からいえば妻であり、子供からいえば母であり、親からいうと娘というようなものです。
 このような一致門は、三経ともに第十八願の内容を説くことにあり、余行を説くことは廃せんがためであるから、『大経』の真実に一致せしめる廃立門の一致といわれるのであります。

 第三は、三経にはひとしく浄土の徳や阿弥陀仏の徳を述べていますから、このような面の上で正覚門の一致をいわれます。このことは、曇鸞大師の『往生論註』のはじめの『浄土論』の題号の釈に、
釈迦牟尼仏、王舎城および舎衛国にましまして、大衆のなかにして無量寿仏の荘厳功徳を説きたまふ。すなはち仏の名号をもつて経の体とす。(『註釈版聖典』155頁
とあり、この「無量寿仏の荘厳功徳を説きたまふ」といわれるのは、浄土の依正二報のことであります。「王舎城および舎衛国にましまして」とあるのは、王舎城は『大経』と『観経』のことをあらわし、舎衛国は『小経』を意味するのです。このような一致を、正覚門の一致といわれています。

 次に三経差別門の面からみる見方が存するのであります。この見方は、親鸞聖人の独特の見方といわれています。しかしこれは、親鸞聖人が尊敬された隆寛律師の影響によるものともいわれています。
 まず、『大経』は第十八願を開説されたものであり、『観経』は第十九願、『小経』は第二十願を開説された経典とみるのです。それゆえ、『観経』や『小経』には両面が存することになります。すなわち顕説の表の上では、『観経』は第十九願、『小経』は第二十願の内容を述べられ、隠彰の裏では、『観経』・『小経』ともに第十八願の意を述べられているものとするのであります。このように、三経を第十八、第十九、第二十の三願にあててみる見方を、三経差別門といわれるのであります。『教行信証』一部六巻の構造や『浄土三経往生文類』等は、まさしくこのような立場となっているのです。
(中略)
 ここに第十八願第十九願第二十願にともに往生の因を出されていても、全く質的に異なる自力と他力の相違があるのであります。
(中略)
このような第十九願、第二十願の両願も、仏の深意の上からは第十八願の真実に誘引せんがためでありますから、方便の願といわれるのであります。
 このように三経を第十八願、第十九願、第二十願の三願にあててみる見方を、三経差別門といわれるのであります。

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2009/12/18(金)
 先日西本願寺へ行きましたら、本願寺ブックセンターが新しくなっておりました。
 紅楳英顕師の「続・浄土真宗がわかる本」も10冊くらい並んでおりましたが、どういうわけか「浄土真宗がわかる本」は1冊もありませんでした。もう少し考えたらいいと思います。今はどちらもアマゾンで買えますので、品薄状態は解消されたようです。

 先のエントリーで引用した、
『浄土を願って生きる -発願回向のこころと人生の指針-』
  浅井成海・梯 實圓著/定価840円

が、自照社出版からの新刊で出ていたので、買ってきました。
 「六字釈」はたいへん大事なので、
『如来のよび声に気づく』
  梯 実圓・天岸淨圓著/定価840円

と一緒に、梯和上の文章を読まれるといいでしょう。

 ところで、この自照社の2冊は、西宮市・善教寺さんの報恩講の説法を本にしたものです。
 西宮市というと、私の知人が最近、大谷派の念佛寺さんに参詣してきましたし、隣の芦屋市には芦屋佛教会館もあり、なかなか仏教の盛んな所ですね。

 その西宮市在住の私の叔母が88歳で昨日亡くなりました。
 無常の理を教えてくれています。
2009/12/17(木)
信心の人も 煩悩がやまぬ
以前より ひどいこともある
これは 大寒のあとの 余寒のような ものじゃ
やがて 次第に 暖かくなる
          (七里 恒順和上)
法悦百景 深川倫雄和上]より

タグ : 深川倫雄 七里恒順

2009/12/17(木)
(『浄土を願って生きる』自照社出版)の梯實圓師の文章

念仏によって知らされる、私のふさわしい生き方

 ところで親鸞聖人は八十歳の時『御消息』(第二通)をとおして、次のような誡めを常陸の各地に住んでいるお弟子たちに示されています。
 まづおのおのの、むかしは弥陀のちかひをもしらず、阿弥陀仏をも申さずおはしまし候ひしが、釈迦・弥陀の御方便にもよほされて、いま弥陀のちかひをもききはじめておはします身にて候ふなり。もとは無明の酒に酔ひて、貪欲・瞋恚・愚痴の三毒をのみ好みめしあうて候ひつるに、仏のちかひをききはじめしより、無明の酔ひもやうやうすこしづつさめ、三毒をもすこしづつ好まずして、阿弥陀仏の薬をつねに好みめす身となりておはしましあうて候ふぞかし。 (註釈版聖典739頁
「もとは無明の酒に酔ひて、貪欲・瞋恚・愚痴の三毒をのみ好みめしあうて候ひつるに」というのは、仏法を聞くまでの自分の生活態度を示されたお言葉です。今までは無明の酒に酔っぱらって煩悩という毒を好んで食べていた私どもであったといわれるのです。
 「無明」というのは、愚痴ともいい、無知のことです。無知というのはただ智慧がないということではなくて、真実を知らないということです。真実を知らないということは、誤った見解を正しいと思いこんでいるということです。それは真実を虚偽と思い、虚偽を真実と思いこんでいることですから、愚痴(おろか)というのです。それは私どもが、あらゆる事柄について自分を中心に考え行動していながら、それが自分本位の考え方に過ぎないということに気付かず、したがって自分は偏見をもち、誤った考え方をしていると気づいていないことを無明というのです。そのような無明の状態を、酒に酔っぱらって正しい判断力を失っているすがたにたとえて、「無明の酒に酔ひて」といわれたのです。
 このような無明の精神状況にありますから、私どもはあらゆる事柄をいつも、自分にとって都合のいい人と、自分にとって都合の悪い人と、自分にはどうでもいい人とに区分けして見ていくようになります。自分に都合のいい人や状況は、善い人であり、愛すべき人であり状況ですから、何時までもつづいて欲しいと思っています。それを仏陀は貪欲、すなわち我欲といわれたわけです。反対に都合の悪い人や状況は、腹立たしい状況ですから、一刻も早くなくなって欲しいと思います。その腹立たしい精神状況を瞋恚とよび、怨憎といわれているのです。なおどうでもいい人については、いてもいなくても私には関係はないと思っていますから、冷淡に対応し処理していきます。こうして私どもの心は、愛と憎しみと冷淡に揺れ動きながら生きているわけです。とりわけはげしい愛欲や、瞋恚の心を口に言い表し行動に示すようになりますと、さまざまな葛藤を生み出し、さらに迷いを増幅し罪を造っていきます。こうして短い人生を虚しく苦悩の中で終わっていかねばならないわけです。
 そういう私たちを憐れんで救おうと願い立たれた阿弥陀さまのお育てによって、ご本願を聞く身にしていただき、ようやく少しずつ変化が現れはじめてきているのが私どもの只今のすがたであるといわれるのです。
 すなわち阿弥陀如来さまのご本願を聞き、如来さまの智慧と慈悲のお働きこそまことであると聞き受ける身にしていただいたことによって、ようやく何が正しく、何が間違っているかということが少しずつ分かるようになり、いよいよみ教えを聞きたいと思うような心になっておられる。それがあなた方の今の状況なのですよと確認されているのです。
 み教えを聞くにつれて、まるで酒の酔いが少しずつ醒めるように、自分本位の考え方が間違っているということが少しずつうなづけるようになっていきます。そして貪欲の醜さ、瞋恚の煩悩の恐ろしさを知らされるにつけても、少しずつ慎まなければ如来さまに申し訳がないと思うようになり、少しずつではあるがお念仏の薬を好んで飲もうというような身になってきておられる。それがあなた方の精神状況ですよね、と念を押されているのです。
 ここに「無明の酔ひもやうやうすこしづつさめ、三毒をもすこしづつ好まずして」と、「少しずつ」という言葉が使われています。これは大変大事なことだと思います。たしかに信心は、本願を疑いなく聞き受けるこころですから、疑いをまじえずに聞き受けるとき即座に成就します。手間も暇もかかりません。如来さまは絶えずわたしどもに向かって、「わが真実なる誓願を疑いなく受け容れて、さとりの領域である浄土へ生まれることができると思いなさい」と喚び続けておられます。その如来の言葉が南無阿弥陀仏であり、その心を誓いの言葉として表現されているのが第十八願だったのです。この大悲智慧の結晶である本願招喚の勅命を疑いをまじえずに聞き受けるとこを信楽とも信心ともいうのですから、信心が成立するには手間も暇もかかりません。しかもその信心とは、如来の仰せが真実であることを知らされたことであり、同時に自分が、たのみにならない虚仮不実の凡夫であることを思い知らされていることでもありました。
 その意味で信心とは、自分のはからいに誤魔化されずに、仏法をまことと聞き受ける心の耳を開いていただいたことであるともいえましょう。したがって信心を得たということは、これからがまことの聞法が始まるということでもあります。そして、これからまことの教えが徐々に身に付いていく過程の始まりでもあるのです。
 すなわち如来さまの仰せをまことと聞き受け、聞き続ける聞法の生活が始まるわけですが、この聞き受けたみ教えが、少しずつ私の物の考え方、味わい方、行動を内側から呼び覚まし導きながら、少しずつ軌道修正をしてくださるのです。お育てといわれる如来さまの教育が始まるのです。教えが心を育ててくださいますから教育というのですが、教育には時間がかかります。また一進一退もつきものです。人間は粘土細工じゃないんですから、一瞬にして行動様式が変わるというようなことはありません。それを聖人は「ようよう少しずつ」と仰せられたのです。「ようよう少しずつ」という言葉に深く気をつけておく必要があります。ここのところが分からないと、聖人が私どもに伝えようとされている、大事なメッセージを聞き損なう恐れがあるからです。そこに、「無明の酔ひもやうやうすこしづつさめ、三毒をもすこしづつ好まずして」と仰せられた言葉の重さがわかってまいります。
 こうしてお浄土から届いたお念仏に導かれながら、「三毒をもすこしづつ好まずして、阿弥陀仏の薬をつねに好みめす身となりておはしましあうて候ふぞかし」といわれるような、生活が開かれてくるわけです。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と、うれしいにつけ、悲しいにつけ、腹が立つにつけ、欲が起こるにつけ、煩悩具足の凡夫であることの悲しさと、浅ましさをかみしめながら、少しずつ軌道修正をするように努めていくのが念仏者のすがたなのでしょう。

タグ : 梯實圓 御消息

2009/12/16(水)
梯實圓著『聖典セミナー 教行信証[教行の巻]』82-86頁)より
この本をお持ちでない方は、よく読んで下さい。↓
お持ちの方は、この箇所を、よく読んで下さい。
浄土真宗はこの梯和上の一文が分かれば分かるでしょう。

 親鸞聖人は、釈尊の教意をうけて、有縁の人びとに本願の行信を勧められます。それが「穢を捨て浄を欣ひ、行に迷ひ信に惑ひ、心昏く識寡く、悪重く障多きもの、ことに如来の発遣を仰ぎ、かならず最勝の直道に帰して、もつぱらこの行に奉へ、ただこの信を崇めよ」で始まる厳しい訓誡の言葉です。
 さいわいに仏法に遇い、煩悩に汚れ、さまざまな苦悩に満ちた穢土の厭い捨てるべきことを聞き、涅槃の境界の欣い求めるべきことを知らされながら、自力のはからいに遮られて本願の言葉を疑って受けいれないために、生の依るところを見失い、死の帰するところを知らないというありさまです。人生の根源的な拠りどころをもたず、生きていることの意味と方向を見失っている状態を、迷いというのです。本願を疑うものは、愛憎の煩悩を超えていく真実の行道をいただくことができず、生と死をゆだねる真実に遇うことができません。たのむべからざるものをたのんで生きる人生は、不安に揺れ続けます。確信をもって歩む道をもたない人の心は暗く、むなしく愛欲と憎悪に翻弄されながら一生を過ごすしかありません。そして煩悩に狂わされてつくる罪障ばかりが重くわが身に積もっていくのです。
 しかし、このような哀れむべき凡夫をこそ救いとろうとして、阿弥陀仏は念仏往生の本願を成就し、釈尊はそのこころを『無量寿経』のなかに説き表して、『本願を信じて念仏をもうし、浄土をめざして生きよ』と発遣されているのです。それゆえ人生の帰趣に迷うものは、ことに釈尊の勧めに随順して、南無阿弥陀仏という最もすぐれたさとりの道に身をゆだね、仰せのままにひたすら名を称え、「必ず救う」と確信をもって招喚される本願の言葉をたのみたてまつるべきです。
 ここで親鸞聖人は、行信を勧めるのに「もつぱらこの行に奉へ、ただこの信を崇めよ」といわれています。これによって真実の行信は、わがはからいによって行ずるものでも、信ずるものでもなく、阿弥陀仏よりたまわった本願力回向の南無阿弥陀仏につかえているのが称名であり、心に響き込んでくださる阿弥陀仏の救いの名のりを崇め尊んでいるのが信心だということがわかります。信も行も阿弥陀仏が私のうえではたらいている姿だったのです。一声の念仏も、わがはからいによって出てくるものではありません。南無阿弥陀仏という、最勝にして至易なる行を選び取って、お願いだからわが名を称えてくれよと呼びかけ、われらを念仏するものに育てたもうた本願力がなかったら、一声の念仏も口をついて出ることはなかったのです。一声一声が阿弥陀仏の本願海から恵み与えられた行であることを、親鸞聖人は『行文類』のはじめに、
 大行とはすなはち無礙光如来の名を称するなり。(中略)しかるにこの行は大悲の願より出でたり。
註釈版聖典141頁
と説かれています。阿弥陀仏よりたまわった行を行じているということは、阿弥陀仏のはからいに「つかえ」ているということになります。称名の主体はどこまでも阿弥陀仏であって、私は「もつぱらこの行につかえ」るばかりなのです。
 阿弥陀仏に背き、本願の言葉を受けいれようとしないのが人間の地体でした。それがいま本願の言葉を真実と聞き開いているということは、まことに不思議といわねばなりません。「難信金剛の信楽」とは、その本体は阿弥陀仏の大悲の智慧であり、「必ず汝を救うて涅槃の浄土に生まれしめる」と確信をもって私たちに呼びかけられている大悲の願心なのです。衆生を救うことにいささかの疑いもない阿弥陀仏の、確信に満ちた言葉が響き込むとき、疑い殻を破られて仰せをまことと受けいれるようになります。そのとき何一つ思い定めることのできないわが心に、往生一定の思いが恵まれてくるのです。それゆえ信心とは、私の能力によって確立する思いではなくて、ただ阿弥陀仏の言葉をはからいなく聞いて崇め尊ぶところに自然に成就する事実だったのです。そのことを「ただこの信を崇めよ」と説かれたのです。
 思えば、真実に背を向けて虚構の想念のなかに埋没し、阿弥陀仏に背いて煩悩の泥にまみれつつ、それを当然のこととしているだけであり、いくたび生をかえても、本願の縁に遇うことはできません。まして本願を信ずるというような清浄真実の心は、どんな長い時間をかけても、わが身のうえに獲得できるものではありません。それがいま、はからずも釈尊の教えと師友の導きにより、本願を行信する身にならしめられたのです。これひとえに、私を念仏の衆生たらしめようとして、さまざまなよき縁を恵んで導きたもうた阿弥陀仏をはじめとする諸仏菩薩の遠い過去世からのお育てのたまものであると慶ぶべきです。
 もしまたこのたびも小賢しいはからい心にたぶらかされて、疑いの網に覆われるならば、ふたたびむなしい迷妄の生と死を果てしなく繰り返していくに違いありません。思うてここにいたれば、慄然たるものがあります。
 こうして親鸞聖人は、真実の教えへの絶対の信順を勧めて疑惑を誡め、「誠なるかな、摂取不捨の真言、超世希有の正法、聞思して遅慮することなかれ」といって、この一段を結んでいかれたのでした。

タグ : 梯實圓 行文類

2009/12/15(火)
第七問

「本願を信受すれば、往生浄土できるし、信受しなければ、地獄に堕ちることは、自明である」(回答書ⒷP・四三)
だが、地獄に堕ちることを一大事という親鸞会は間違いだ、といわれる。
それでは、本願を信受せず、信心獲得していない者が地獄に堕ちることは、一大事ではないのか。一大事とは、いえないことなのか。
『領解文』の、「われらが今度の一大事の後生、おん助け候へ………」の一大事も、「地獄に堕ちること」といったら、間違いなのか。
おたずねいたします。
要約
⑫地獄に堕ちることは、一大事ではないのか。
⑬一大事とは、いえないことか。
⑭領解文の「一大事」も、地獄に堕ちることといったら、間違いか。


【答え】
この問題については解決済みだと思いますので、省略します。
ただ、
⑭「領解文の「一大事」も、地獄に堕ちることといったら、間違いか。
という問いに対しては、お答えしますと、
「間違い」です。
これは蓮如上人が「御たすけ候へとたのみまうして候ふ」と仰っている意味が分からないと混乱します。
浄土真宗においては「御たすけ候へ」と「たのみ」は同じ意味です。
世間的な「助けて下さい」という請求の意味ではありません。

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2009/12/15(火)
第六問

「高森親鸞会は、宿善として、自力諸善を積むように勧めているが、当流では、他力の信心を獲るために、まず、自力諸善を積まねばならない、などという説示はない」(回答書ⒶP・一四二)
「『破邪顕正や財施を修することが、獲信のための宿善となる』という文証があれば、示してもらいたい、と求めたのが一昨年の六月二十一日であるから、もう八百日以上が経過していることになるが、これについては、何の返答もないままである」(回答書ⒷP・一六)
同趣旨のことが、回答書ⒶⒷに、五、六回も強調されています。
それでは、おたずねいたします。
親鸞聖人の三願転入のみ教えと、獲信とは、無関係といわれるのか。
要約
⑪三願転入の教えと、獲信とは、無関係なのか。


【答え】
そもそも「三願転入の教え」という言葉は浄土真宗にはないと思います。
「三願転入の御文」ならあります。
そこは百歩譲りまして、答えますと、
三願転入の御文とは、獲信された親鸞聖人が振り返って阿弥陀仏の御恩を喜ばれたお言葉です。
そういう関係にあります。

では、三願転入の御文で何を教えられているのかというと、「従仮入真」と「信疑決判」です。
第19願、第20願は方便願であり、方便は廃捨すべきものであると教えておられます。
願海真仮ということをよく知って下さい)
以上です。

タグ : 本願寺なぜ答えぬ 宿善 願海真仮 従仮入信 信疑決判

2009/12/15(火)
第五問

宿善はあくまで、他力になさしめられるものならば、なぜ、聴聞(聞法)に、はげまねばならないのか。教えすすめねばならないのか。と、かねて、おたずねしているのに、
「つまりは、他力をよろこばれた、お心が理解できないところから生じたものと思わざるを得ない」(回答書ⒷP・二二)
とのこと。
これでは、答えにならないのです。
「あくまでも、他力になさしめられる宿善」と、「はげまねばならぬ、自力の聴聞」とは、関係があるのか、ないのか、をきいているのです。
あれば、どんな関係か。
重ねて、おたずねいたします。
要約
宿善と聴聞は、関係あるのか、ないのか。
⑩あれば、どんな関係か。


【答え】
宿善と聴聞は、関係あるのか、ないのか。

本願寺が相手にしたくなくなる気持ちもよく分かります。
「あくまでも、他力になさしめられる宿善」と、「はげまねばならぬ、自力の聴聞」とは、関係があるのか、ないのか
という質問ですね。
問題は「他力になさしめられる宿善」という言葉です。
意味がはっきりしませんが、これを「他力になさしめられる獲信」ととって、「信心」と「私の励む聞法」の関係ということでしたら、第四問の答えと同じことで、関係ありません。
私の聞法によって獲信するのではありません。
聞が信です。
阿弥陀仏の独用です。
全分他力、本願力回向の信楽なのです。

⑩あれば、どんな関係か。

この質問はボツになります。

第五問は以上です。

タグ : 本願寺なぜ答えぬ 宿善

2009/12/15(火)
第四問

「私は宿善の厚薄を認めない、などといっているのではない」(回答書ⒷP・二三)
と、宿善の厚い人と薄い人のあることを認めてあります。薄い宿善が厚くなり、宿善開発するのですが、宿善の薄いものは、この世で、どんなにしても厚くなれないのか。
聞法をすすめることと、宿善開発とは、無関係なのか。
おたずねいたします。
要約
⑦この世で、宿善は厚くなれないのか。
⑧聞法をすすめることと、宿善開発は、関係ないのか。


【答え】
⑦この世で、宿善は厚くなれないのか。

宿善の厚薄があるということと、宿善が薄かったのが厚くなるということとは違います。
上の文章の中の「薄い宿善が厚くなり、宿善開発するのですが、」の部分が間違いです。
この質問も意味が無い質問です。
「この世で獲信できないのか」
という質問ならば意味があります。
(答えは当然「できます」です)

⑧聞法をすすめることと、宿善開発は、関係ないのか。

「私の」聞法によって救われるのではありません。
阿弥陀仏の独用です。
阿弥陀仏の仰せが聞こえて下されたのが「信心」です。
こういうと、必ず「関係ないのか、あるのか。イエスかノーで答えて下さい」というのが常套手段なので、あえて、それに合わせて答えますと「関係ありません」
聞法は、信前も信後も大切です。
どちらとか言うと、信後の方が大切です。

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2009/12/15(火)
第三問

「正しい意味の破邪顕正や財施が諸善万行の中に、はいることは、いうまでもない。しかし、自らの主張だけを正しいものとし、他派の法座や法要の妨害をするようなことを破邪顕正と考え、そのような集団に献金することを財施というのであれば、それが、果たして諸善といえるかどうかは、疑問である」(回答書ⒷP・二六)
同趣旨のことが、回答書ⒶP・一四二にもあります。
そこで疑問を呈します。
「本願寺の破邪顕正は諸善万行に入るが、親鸞会のは入らない」
ということなのか。
「本願寺へ財施すれば善になるが、親鸞会へ財施しても修善にならぬ」
ということなのか、おたずねいたします。
要約
⑤本願寺の破邪顕正は諸善に入るが、親鸞会のは入らぬということか。
⑥本願寺へ財施すれば修善になるが、親鸞会にしてもならぬということか。


【答え】
私は本願寺の代表ではありませんが、第三者として意見を述べます。
⑤も⑥も、本願寺とか親鸞会という団体がどうのこうのということではなく、仏法=阿弥陀仏の本願が弘まればいいですよ。「破邪顕正」とか「財施」とかはできる人がすればいいです。仏法=阿弥陀仏の本願を弘める為の行為なら善ですよ。

タグ : 本願寺なぜ答えぬ

2009/12/15(火)
第二問

「私は聞法を否定するなどとは一言も書いてはいない。破邪顕正や財施(高森親鸞会への献金、会費)等が、獲
信のための宿善となるのだから、これを修せねばならぬとする主張に疑義を呈したのである」(回答書ⒷP・三一)
「聴聞については、『聞其名号信心歓喜』の法であるから、巳信、未信を問わず、みずから聞法につとめると共
に、他の人たちにも聞法を勧めねばならないことは、いうまでもない。しかし、今生において聴聞に励むことは、どれぼど懸命に努め励んでも、それは、あくまで救いの法をお聞かせいただくのであって、これを自力の善根を修するとか、宿善を積むなどとは、いわないのである」(回答書ⒶP・一四五)
ここでは、「いわない」ということは、「ならない」ということか、の疑問が生じます。
獲信の現在から、ふりかえったとき、過去の聞法修行や修善などが、宿善として喜ばれると、次のように記されているからです。
「本願の法に遇い、これを信じ喜ばせていただくのは、宿世の善根、すなわち、宿善にもとづくものである。宿善として、善本(善根)、持戒、見仏、供仏、聞法修行、発菩提心、修善、修福などが、示されてある」(回答書ⒶP・一四〇)
宿善になると「いわない」ということは、「未来の獲信の縁由にならない」ということなのか。
ただ言葉遣いだけの問題なのか。おたずねいたします。
要約
③「いわない」ということは、「ならない」ということか。
④ただ言葉遣いだけの問題なのか。


【答え】
③「いわない」ということは、「ならない」ということか。

宿善になると「いわない」ということは、「未来の獲信の縁由にならない」ということなのか。
という質問でしたら、そうですよ。
獲信は阿弥陀仏の本願力の独用です。
この質問自体が、実は意味が無いのです。
そもそも「未来の獲信」をすすめてるのでしょうか。
平生業成なのに。

④ただ言葉遣いだけの問題なのか。

上に述べた通りです。

第二問は以上です。

タグ : 本願寺なぜ答えぬ

2009/12/15(火)
『本願寺 なぜ 答えぬ』の本文についての言及はこれまでとします。
なぜかといいますと、
・三願転入、第19願の意味
・方便の意味
宿善の意味
など、これまで述べてきましたので、それらを読んで頂ければ分かることだからです。

また、
第三の非難 布教は信心獲得している者に限る
第四に非難 親鸞会の破邪顕正は間違い
第五の非難 親鸞会への財施は、獲信の因縁にならぬ
の三項目に関する本文はそれほど重要ではないように思われますので、パスします。

そこで、これからは親鸞会から本願寺に出された七つの公開質問状について、私が勝手に答えることにします。
質問文は、『本願寺 なぜ 答えぬ』に書かれてあるものに改行の変更を加えます。

第一問

宿善とは宿世の善根という意味で、現在から過去をふりかえっていう言葉である。すなわち、私どもが現在、尊い法に遇い、これを信じ喜ばせていただく身になったのは、宿世の善根によるのであるという」(回答書ⒶP・一三七)
宿善とは遇法獲信の現在から過去にさかのぼって、その縁由を喜ぶものであって、その縁由となった過去の善根については、これを自己の修する善である(宿善自力説)」(回答書ⒶP・一四四)
このように過去をふりかえって喜ぶものが宿善なのに、親鸞会は未来に向かって求めよと修善をすすめるから、間違いだ、といわれています。
回答書ⒶⒷには、同趣旨のものが、四、五ヵ所もあります。
そこで疑問が生じます。
ならば、今年、獲信した人は、昨年、自己の修した善をふりかえって、宿善と喜ぶことになります。
無論、獲信と修した善が無関係ならば、喜ぶはずがありません。
明らかに獲信と修善は関係があったから喜ぶのです。
しかも、悪い関係ならば、喜ぶはずはないのですから、
当然、善い関係でなければなりません。
獲信と善い関係にある修善をすすめることを、なぜ、間違いとされるのか。
また、
「獲信の現在から過去にさかのぼって」の過去には、今生は、はいらないのか。
おたずねいたします。
要約
①獲信とよい関係にある修善をすすめることは、間違いか。
②過去に今生は、はいらないのか。


【答え】
①獲信とよい関係にある修善をすすめることは、間違いか。

「今年、獲信した人は、昨年、自己の修した善をふりかえって、宿善と喜ぶことになります。」
という前提のご質問ですが、
「今年、獲信した人は、昨年、自己の修した善をふりかえって、宿善と喜ぶことにはなりません。」
ので、質問自体意味がありません。
なお、少し補足を加えるならば、
ご質問が、
「獲信の為に修善をすすめることは、間違いか。」ならば、答えは「間違い」です。
「修善をすすめることは、間違いか」ならば、答えは「間違いではないですが、それが信心獲得や往生浄土と何か関係ありますか?関係ないですよ。」
となります。

②過去に今生は、はいらないのか。

はいりますよ。それがどうかしましたか?

第一問は以上です。

タグ : 本願寺なぜ答えぬ 宿善

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