21世紀の浄土真宗を考える会2010年09月

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2010/09/28(火)
『浄土三部経の研究』(藤田宏達著 岩波書店刊)480-482pp.より

 上来、<無量寿経>と<阿弥陀経>における「」の原語を取り上げてみたが、これによって、その特徴的な形態を明らかにすることができよう。まず五種の原語の中で(一)の「」と(四)の「順」の二種の原語は両経に共通しているが、(二)の「浄」と(三)の「解」は<阿弥陀経>に用いられず、他方(五)の「受」は<無量寿経>に用いられていない。この事実から判断すると、両経の信の形態には相違点があることを認めなければならない。もちろん、これは原語の上から見たものであり、両経の説相・分量などを勘案すると、本質的な相違というわけではないが、ともかくこれによって両経の成立事情が異なっていることを窺うことができよう。
 ところで、(一)の原語のシュラッダーというのは、インド一般で信を表す語であり、バラモン教やヒンドゥー教あるいはジャイナ教などインドの各宗教すべてが用いるものであるから、この語の上からだけでは、仏教における信の特徴を汲みとることはさしあたり困難であろう。もっとも、前記のように、<無量寿経>ではシュラッダーを慧と並べて説いており、これは原始仏教に遡及して顕著に認められるものである。ただ、原始仏教では信と慧とがいかに相即するかという点について種々な考察を行っているが、<無量寿経>では何も触れていない。したがって、シュラッダーの語に関する記述だけによって、浄土経典における信の特徴的な形態を解明することは困難である。
 ところが、(二)の原語プラサーダと(三)の原語アディムクティという語をもって信を表すのは、インドの各宗教ではほとんど認められないから、仏教独自の用法であると言ってよい。また、(四)と(五)に出る動詞のうちで、(五)の用法はインド一般の信と相通ずる点があるが、(四)の用法は仏教特有のものと見てよい。したがって、こうした原語の用法の中に仏教における信の特徴的な形態を見出すことが可能である。それは、まとめて言えば、次の二つになるであろう。
 第一の特徴的な形態は、プラサーダによって示されるように、心が澄みきって浄らかとなり、静かな喜びや満足が感ぜられる境地をさす、ということである。これは、仏教の信が、決して熱狂的、狂信的なものではなく、むしろ沈潜的、静寂的な特徴を備えていることを表している。<無量寿経>には、後にも触れるように、プラサーダが三昧(samādhi)と結びつけて説かれる用例があるが、これはすでに原始仏教に見出される用法であり、仏教の信が内面的な三昧・禅定の境地に連なる静寂的性格を持っていることを示している。
 第二の特徴的な形態は、アディムクティによって示されるように、知性的な性格を示していることである。前述のように、アディムクティは、対象に対して明確に了解して信ずることを表しているから、知性的なはたらきに即応した信の形態をとっている。<無量寿経>と<阿弥陀経>に共通して用いられる(四)の「信順する」という動詞も、もとは整理・思惟・領解の意を含んでいるから、「信解する」というアディムクティの動詞形と同義語的に用いられたのであろう。こうした信の原語の用法は、仏教における知性のはたらき、すなわち真理を正しく見る智慧を離れてあるものではないことを示している。いわゆる「不合理なるが故にわれ信ず」という信ではなく、むしろ「知らんがためにわれ信ず」という言葉に相通ずると言ってよい。このように、盲目的な信を排し、知性的な性格を持つ信が第二の特徴として指摘されるのである。
 以上のような二つの特徴をもつ仏教の信の形態は、浄土経典が原始仏教以来の伝統を受けていることを示しているが、このことをさらに裏づけるものとして、インド思想一般において熱狂的な信を表すバクティ(bhakti,信愛)という語を一度も用いていない事実をあげることができる。バクティは仏教では原始経典から知られていた語であり、特にバクティを説くヒンドゥー教の代表的文献『バガヴァッド・ギーター』は、初期大乗経典と歴史的・思想的に最も接近した文献と見られるから、<無量寿経>や<阿弥陀経>の編纂者たちがバクティを知らなかったはずはない。とすれば、この語を用いなかったのは、これを殊更に無視もしくは採用しなかったと見ることができよう。バクティに相当するパーリ語bhattiは、原始経典でも、わずかであるが現れているが、しかしこれを重視した形跡はない。後代の仏典になると、バクティの使用例はふえるけれども、ヒンドゥー教のように重視して説いてはいない。仏教において、熱狂的なバクティが積極的に受け入れられなかったのは、原始経典以来、信の形態が静寂的な性格と知性的な性格という特徴を持っていたことによるものと考えられる。この意味で<無量寿経>や<阿弥陀経>においてバクティをまったく用いていないのは、原始仏教以来の信の伝統を受けた形態を示していると言うことができるのである。
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タグ : 藤田宏達 信心

2010/09/28(火)
『浄土三部経の研究』(藤田宏達著 岩波書店刊)475-480pp.より

浄土三部経の研究浄土三部経の研究
(2007/03)
藤田 宏達

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注:
・一部特殊な文字は正しく表記されていません。
・<>でくくられた経典は全体を表します。
 (例えば、<無量寿経>は、平等覚経、大阿弥陀経、無量寿経、如来会、荘厳経、サンスクリット本、チベット訳その他を表します)
・『』でくくられた経典は、個別のものです。
・原文にある傍点などの強調は省略しました。
-----------------------------------------以下引用

 <無量寿経>と<阿弥陀経>のサンスクリット本に現れる「」の原語としては、次のように五種の語をあげることができる。

(一)(śraddhā,etc.)
 まずあげられるのは、śrad√dhā(真実を置く)という語根から作られたシュラッダー(śraddhā)という名詞とその類語である。<無量寿経>では、この名詞のほかに動詞形のśraddhatteと、これに接続辞abhi-(対して、勝れて)を附したabhiśraddhāiも用いられている。<阿弥陀経>では、名詞形は現れないが、形容詞のśrāddhaと動詞形śraddhādhvam(2.pl.Imperative)が用いられている。シュラッダーとその類語はインドでは最古の『リグ・ヴェーダ』以来、頼の意で最も広く使われている語であり、仏教においても、その最初期からこの語(パーリ名詞形、saddhā)を用いるのが最も普通である。それゆえ、<無量寿経>や<阿弥陀経>はそのような一般的用法に従ったものにほかならない。『無量寿経』では、たとえば東方偈には「人、慧あること難し」とあるが、これはサンスクリット本の「(śraddhā)と慧(prajñā)も、非常に長い時間を経て得られるであろう」に相当する。このように「信」と「慧」を並説するのは『平等覚経』『如来会』の相当句を見ても同じである。また、『阿弥陀経』の後段(「発願不退」の段)には「もろもろの善男子・善女人、もし信ある者は……」とあるが、「信ある」の言語はśraddhaである。玄奘訳では、これを「浄信ある」と訳している。

(二)浄信(prasāda,etc.)
 信の原語として次にあげられるのは、プラサーダ(prasāda)である。これは<阿弥陀経>には出ないが、<無量寿経>では、名詞形prasādaのほかに、過去分詞形prasannaもかなり用いられている。語根pra-√sad(しずめる、浄化する、喜悦する、満足する)に由来する語で、漢訳(新訳)で「澄浄」と訳しているのは、よくその原義を表したものと言ってよい。「清浄な心」(citta-prasāda;prasanna-citta)というのは、心が澄み、浄化され、喜悦し、満足する状態をさすのである。ゆえに、この語には、元来、信の意味は含まれていない。しかるに、<無量寿経>ではこれをもって信を表しうると見なしたのである。われわれは、以下この語に漢訳経典に出る「浄信」の訳語を当てるが、これは右記のようにシュラッダーに当てる場合もあるけれども、やはりプラサーダの訳語として最もふさわしいものと考える。もちろんプラサーダを用いるのは<無量寿経>特有のものではなく、もとは釈尊の時代からこの語(パーリ語でpasāda;pasanna)をしばしば用いていたのを受けたものである。たとえば、原始経典では仏・法・僧の三宝に対する「信」を表すのに、この語を用いているが、<無量寿経>のサンスクリット本詩句でも、「諸仏の法に対して浄信(prasāda)を得ることができない」とあり、三宝の法に対する「信」にプラサーダを用いる点は同じである。『無量寿経』の相当句では「以てこの法を信じ難し」とあって「信」の訳語を与えており、『平等覚経』『如来会』の相当句でも同様である。
 <無量寿経>におけるプラサーダの用例をあげると、このほかにもいろいろある。念仏と信心との関係を示す用例については後述するとして、たとえば先に取り上げた『無量寿経』第三十五願(女人往生願)についてみると、「それ、女人ありて、わが名字を聞きて歓喜信楽し、……」とある文は(第二節第二項二)、サンスクリット本(第三十五願)では「女たちが、わたくしの名を聞いて、浄信(prasāda)を生じ、……」とあって、「歓喜信楽」がプラサーダに当たることが分かる。同じく前に触れた『無量寿経』の流通分に「歓喜踊躍乃至一念」、「一たびでも心の浄信を」(antaśa ekacittaprasādam api)に当たるから、「歓喜踊躍」がプラサーダに対応している。こうしてみると、「信楽」はプラサーダに相当することは明らかであるが、また「歓喜」とか「踊躍」というのもプラサーダの一面を表出した訳語であり、信の内容を表したものと見ることができるのである。
 なお、『無量寿経』には相当語がないけれども、サンスクリット本を見ると、「王が恵み(prasāda)を示さない限りは」という文脈に出るプラサーダは、「恵み」「恩寵」の意味を表すインド一般の用法に従っている。これは、<無量寿経>において信を表す場合にプラサーダを用いるのが、決して不用意なものではなく、原始仏教依頼の伝統用法を明確に意識していた事実を示している。

(三)信解(adhimucatye,etc.)
 右のプラサーダと同じく<阿弥陀経>には出ないが、<無量寿経>に出る信の原語として、アディムクティ(adhimucatye)の類語があげられる。アディムクティという名詞そのものは現れないが、この語から作られた形容詞adhimuktikaが用いられ、また動詞adhimucyate,過去分詞adhimuktaが用いられている。これらは、語根adhi-√muc(その上に〔心を〕解放する、その上に心を傾注する)に由来するもので、漢訳では「信解」とか「勝解」という訳語を与えている。このような訳語からも窺われるように、仏教の伝統的解釈によると、アディムクティ(パーリ語でadhimutti)とは、対象に対して明確に決定し了解し判断する心作用をさすものと解されている。したがって、これが信の原語として用いられることは、信を知性的なはたらきに即応するものと見たことを表しているが、その用法はすでに原始経典にさかのぼって顕著に認められる。たとえば、一切諸法が無常であることを「信じ信解する」(saddahati adhimuccati)というように、信と信解とを同義語として用いているが、無常法というのは「知る」(√jñā,√via)とか「見る」(√paś,√drś)とか言われるべきものであり、換言すれば「慧」(paññā)の対象となるのであるから、ここで示される信の内容は、智慧に極めて接近したもの、いわば知性的なはたらきに即応すべきことを表しているのである。
 信と信解の同義語的用法は<無量寿経>では「諸仏世尊のとらわれのない智を信順し、信じ、信解する」(avakalpayanty abhiśraddadhaty adhimucyante)という文脈に見出されるが、「信順し」の原語については次に述べるとして、ここでは「信じ」と「信解する」とあわせて三つの動詞(いずれも三人称・複数形)が同義語として用いられている。この文に相当する『無量寿経』では「明らかに仏智ないし勝智を信じ、もろもろの功徳をなして信心廻向せん」とあり、これら三つの語を区別して訳していない。思うにこれらは、いずれも「信」もしくは「信心」の意を示すために、区別して訳出する必要を感じなかったものであろう.

(四)信順(avakalpayati)
 これは、<無量寿経>において、右の「信解」とともに「信心」の同義語としてあげられる動詞avakalpayanty(3.pl)である。『無量寿経』では三つの同義語を区別する訳を与えていないが、同様なことは『阿弥陀経』にも認められる。六方段が終った後(「諸仏護念」の段)に「汝らみなまさに我が語及び諸仏の所説を信受すべし」と説かれるが、サンスクリット本によると、「ここで〔そなたたちは〕わたくしとかれら仏・世尊たちとを信ぜよ、信受せよ、信順せよ(śraddhādhvam pattīyathāvakalpayatha)」とある。ここに命令形のāvakalpayatha(2.pl)が三つの同義語の一つとして出てくるが、羅什訳ではこれらを合わせて「信受」という一語で訳している。玄奘訳では「信受領解」と訳しており、「領解」という語を加えている。注意すべきは、サンスクリット本でも、マックス・ミューラー刊本によると、右の句は「信ぜよ、信受せよ、疑ってはならない」(śraddhādhvam prattīyathā mākānksayattha)となっていることである。しかし諸悉曇本を参看すると、マックス・ミューラー氏の読み方は採用しがたく、「信順せよ」の読みを採るべきである。avakalpayatiという語は、ava-√klpから作られた使役動詞で、インド一般では「準備する、整理する、思惟する」という意味を持つものであるが、仏教サンスクリット語としては、これを信の同義語と見なし、「信順する」「信頼する」というほどの意味に用いられるのである.この語はパーリ語のokappati,okappeti(準備する、いsん順する)に当たり、部派文献では信の同義語として用いられているから、<無量寿経><阿弥陀経>の用法は、こうした伝承に対応したものであろう。<法華経>など他の初期大乗経典でも、同様にこの語を信の意味で用いている。

(五)信受(pattīyati)
 これは<阿弥陀経>において、右の「信順」と同様に、命令形pattīyatha(2.pl)として用いられている語である。マックス・ミューラー刊本ではprattīyathaとなっているが、諸悉曇本にもとづいてpattīyathaの読みに改める。この語は<無量寿経>には現れないが、<阿弥陀経>では、右の用例のほかに、六方段の一々において、「そなたたちは、この“不可思議な功徳の称讃、一切の仏たちの摂受”と名づける法門を信受せよ(pattīyatha)」という文に用いられている。『阿弥陀経』ではこの語を「まさに信ずべし」(当信)として「信」の訳語を与え、玄奘訳では「信受」の語を当てている。pattīyatiという語は、語根prati-√i(or √yā)(受け入れる、許す、信ずる)に由来すると見られるが、この語根から作られた古典サンスクリットの動詞pratyetiあるいは名詞pratyayaは、インド一般においても信の意味で用いられている場合がある。仏教サンスクリットとしてのpattīyati(or prattīyati)は、北伝の部派文献や<般若経><法華経>などの初期大乗経典にも信の意味で用いられており、南方上座部でもpattiyāyati(信受する、依止する)というパーリ語が使われているから、<阿弥陀経>の用法は、これらと共通したものであることが知られる。
 ちなみに、『阿弥陀経』末尾(「釈迦讃歎」の段)には釈尊が五濁悪世において「この一切世間難信の法を説く」とあるが、サンスクリット本によると「難信」は「信じがたい」(vipratyayanīya)という語に当たる。玄奘訳ではこれを「極難信」と訳しているが、vipratyayanīyaという語の由来については幾つかの解釈がある。その中でこれをvipratyaya(不信用)に由来する語と見れば、pattīyatiと語源的に相通ずると言うことができるであろう。

タグ : 藤田宏達 信心

2010/09/25(土)
 一部を読んだだけでは分からず、全体を読まなければならない例を一つあげます。

不得外現賢善精進之相 内壊虚仮
http://goo.gl/oPF0

当分には「外に賢善精進の相を現じ、内に虚仮をいだくことを得ざれ」と訓むところを、親鸞聖人が「外に賢善精進の相を現ずることを得ざれと、内に虚仮を懐けばなり」と訓点を施されたということについては今は問題ではありません。

「外」「内」が何を示すのかという点について考えてみましょう。

「外」を身口の二業、「内」を意の一業と解釈する人がいます。
確かに、「不得外現賢善精進之相 内壊虚仮」だけを読むとそのように解釈できないこともないですが、この文の前後を読むと誤りだと分かります。

一応、当分の訓点で読んだ場合のくずした文をあげます。(親鸞聖人の訓みでも今回は同じことです)

一切衆生の身口意業所修の解行、かならずすべからく真実心のうちになすべきことを明かさんと欲す。 に賢善精進の相を現じ、に虚仮を懐くことを得ざれ。 貪瞋・邪偽・奸詐百端にして、悪性侵めがたく、事蛇蝎に同じきは、三業を起すといへども名づけて雑毒の善となし、また虚仮の行と名づく。 真実の業と名づけず。 もしかくのごとき安心・起行をなすものは、たとひ身心を苦励して、日夜十二時急に走り急になすこと、頭燃を救ふがごとくするものも、すべて雑毒の善と名づく。 この雑毒の行を回して、かの仏の浄土に生ずることを求めんと欲せば、これかならず不可なり。 なにをもつてのゆゑに。 まさしくかの阿弥陀仏因中に菩薩の行を行じたまひし時、すなはち一念一刹那に至るまでも、三業の所修、みなこれ真実心のうちになしたまひ、おほよそ施為・趣求したまふところ、またみな真実なるによりてなり。
『註釈版聖典 七祖篇』455ページ



ここでは、「身口意業所修の解行」が「外」に対応し、さらに「三業を起す」「身心を苦励して」そして法蔵菩薩の「三業の所修」に対応します。「真実心」が「内」に対応し、さらに「貪瞋・邪偽・奸詐百端にして、悪性侵めがたく、事蛇蝎に同じき」、後の方の(法蔵菩薩の)「真実心」に対応します。

つまり、「外」とは「身口意の三業」のことであり、「内」とは三業をなしている時の内心をさします。
「内懐虚仮」とは、当分では内心が煩悩に染まっていること(有漏)を言い、法然聖人は真実信心でないことを言われ、親鸞聖人は両者を踏まえられて、自分には真実心は無く、真実心(信心)が本願力より廻向されることをあきらかにされたのです。
2010/09/02(木)
 「山田の駅長さんをしておられた古川さんという方が、このあいだ、ここへ来られましてなァ……
 その古川さんが、はじめてここへ参ろうと思われたのが、また妙ですのや……。あの山田の駅を乗り降りする沢山の人の中に、大声でナムアミダブ、ナムアミダブと念仏を称えて、この河崎へ行きかえりする者が相当にある。それを他の伊勢参宮の人たちが、あざけり笑うたり、嫌うたりするけれども、一向平気でナムアミダブ、ナムアミダブとやっておる。それを駅長さんが始終見ていて、ああいう気持ちになれたら……ああ無我になることができたら……と思うて、ここへ訪ねて来られまして、
『どうぞ仏法をお聞かせ下さい』
『そんなら、もう駅をやめてからおいでなさい』
『それは…困りますが…』
『困るようなら、もうお帰りなさい。話は簡単ですのじゃ。ハハハハ……』
『それでも私が駅へ出なければ、家内や子供を養うて、働くことができぬようになります』
『そんな安っぽい仏法じゃごわせんわい! ナムアミダブ』
 (和上しばらく瞑目、念仏相続の後)
 それから十日くらいもたってから、また駅長さんがみえましてなあ……
『もう駅長をやめる決心をつけてきましたから、どうぞお聞かせください』
『さようか……それは結構、ナムアミダブ、ナムアミダブ……駅長さん、それではなァ、ここへ晩だけおいでなさい。それで、晩の六時頃までは、ここへ来るための時間を待つ、というつもりで、駅へでてよろしい……それなら駅長をやめんでもよろしいわなァ……やめた気持ちで時間を待つ……』
ナムアミダブ、ナム……(註・つぶやきの称名)そういうふうで、ここへこられるようになりましてなァ……それからだんだん昇進せられて、今では大阪の運輸局長とやらになってこのあいだも、高等官のピカピカでやってこられました。ナムアミダブ、ナム……」

タグ : 村田静照

2010/09/01(水)
石田慶和教授の『教行信証の思想』の中から「二種深信」について言及されている部分を抜書きしました。
石田教授は本派本願寺の論題研究について一家言ある方です。
著作もいくつか市販されていますので、興味のある人は読まれたらいいと思います。

以下引用

 「三心一心」等の論題に対して、「二種深信」という論題はやや異なった意味をもつ。「二種深信」とは、信心の相状を明らかにするものであり、善導の『観経疏』の「深心釈」によるものである。そこには『観経』の三心(至誠心・深心・廻向発願心)の中、第二の「深心」について、「深心といふは、すなはちこれ深信の心なり」と言い、それに二種ありとして「機の深信」と「法の深信」が説かれている。「機の深信」とは、「決定して深く、自身は現にこれ罪悪生死の凡夫、曠劫よりこのかたつねに没し、つねに流転して、出離の縁あることなしと信ず」ということであり、衆生のありのままのありさまを言い、「法の深信」とは、「决定して深く、かの阿弥陀仏の四十八願は衆生を摂取して、疑なく慮りなく、かの願力に乗じて、定めて往生を得と信ず」とあり、衆生を摂取する教法を言うとされる。この二種の深信は、信心の相状を言うものにほかならず、一般的に言えば、浄土教における「信心」という宗教的意識の内容を示すものと言える。
 『教行信証』では、「信巻」に、大信釈として善導の三心釈の一つとしての深心釈が七深信として引用され、その初めに「二種深信」があるが、ここでは至誠心釈や廻向発願心釈のように、親鸞独自の訓点が施され解釈が試みられることはない。親鸞の問題意識としては、それほど大きな意味はもたなかったと考えられる。しかし宗学では「二種深信」は重要な論題として、多くの論者によって慎重に論じられている。それは、この二種深信こそ浄土真宗における「信心」ということの独自性を表していると考えられているからであろう。その意味では、「二種深信」を論題としたことは、宗学の大きな寄与と言える。その主眼とするところは、二種の深信といっても別々のものではなく、二種は一具であり、一深心、すなわち真実信心にほかならないとするところにある。

 たとえば、甘露院慧海(1798~1854)は、
「この深信と云ふは、本来弥陀の仏智を見きはめ給へる機法両実が、われらが心中に印現したる相を信機信法と云ふ、弥陀は無有出離之縁の機の為に他力法を成じ給ふ、依って本願には十方衆生、成就には諸有衆生と云うて、所被の機をあらはす、この機の為に成じ給へる本願なれば、之を高祖は本願の生起本末との給ふ、生起とは無有出離之縁の機なり、本末とは他力摂生なり、すなはち是が六字の由なり、之を心得たが機法二種の信なり、われらが信体即機法両実を照らし給へるは仏智なれば、信法も亦機法両実なり、かく談ずるときは、信機信法は一具にして離るべきものにあらず」(『真宗百論題集』上、147頁)という。

 また老謙院善譲は、
「此二種は即ち弘願信楽にして一心中の二義、二而不一なり、信機は乃ち自力を捨つることを顕し、信法は乃ち他力に帰することを示す。……当流的伝の深信は明了決択、堅固不動、機法の心相全うじて無碍光の仏智なり、仏智を以て機を照す、是れ信機、仏智を以て法を照す、是れ信法、能所不二信即仏智の故に、一点の疑なく、所謂(聞も他力よりきき、思ひさだむるも他力よりさだまるなれば、ともにもって自力のはからひちりばかりもひよりつかざるなり)と、是れなり」(同150頁)と言っている。

 あるいは浄満院園月(1818~1902)は、
「他力回向の信心なれば二種なくんばあるべからず、此二種の信は只是れ一信心の妙味なり、自力を捨つる時は必ず信機具する、他力に帰するは即ち信法なり」(同151頁)と言い、

 願海院義山は、
「深心とは本願の信楽なり、故に仏願の生起本末を聞いて疑心あることなき、是れ深信二種という所以なり、生起を信ずるを信機といひ本末を信ずるを信法とす」(同160頁)と論じ、またその信相について、
「自力を捨つるを信機といひ、他力に帰するを信法といふなり、……信機とは我が身心の出要に於て毫も用に立たざるを信知するの謂いなるが故に……信法の帰他力なることは蓋し弁を俟たざるべし、此義に由って古老は信機信法とは捨機托法の謂なりと云ひ、或は捨自帰他とす、或は捨情帰法の用なりと記し遺さるるなり」(同162頁)と述べている。

 いずれも、「二種深信」という場合、とくに「機の深信」のみを立てて、それが衆生の起こすべき罪の自覚というように誤解されることをおそれて、あくまで捨帰托法をいうものにほかならないことを強調し、二種一具の深信として一信心の相状をいうことを説くのである。その意味で「二種深信」は「信機自力」の異安心に対して、浄土真宗の「信心」は、自ら罪悪生死の凡夫と思い込むことではなく、また衆生救済の教法を理解するということにとどまるものでもなく、捨機托法として、自己を捨てて全面的に仏願に帰することをいうことを明らかにしようとするものである。

 このことは、浄土真宗における「信心」の独自な意味を明らかにするものと考えられる。そこに、「二種深信」が論題として立てられる意味があると言えよう。しかし同時に他方では、「二種深信」は、後に示すように、一般に「信」ということの在り方についての深い洞察を示しているように思われる。しかし、そういう点に着目せず、論題としてのみそれを論じ、真宗教学の中に位置づけようとしたところに、論題研究そのものの問題点があり、親鸞の宗教思想全般に対する寄与を明らかにし得なかった理由があると考えられる。それについては、後に『教行信証』各巻をめぐって考えるときに、改めて論じることにしたい。

以上引用

『教行信証の思想』pp47-50
石田慶和著 法蔵館刊 2005年11月20日発行 ISBN4-8318-3828-4)
※『真宗百論題集』からの引用部分は改段してあります。

タグ : 石田慶和 二種深信

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