歎異抄第4章を読む その5 三種の慈悲

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2009/09/11(金)
三種の慈悲については、註釈版聖典の巻末註1475頁に説明がありますが、持っておられない人もいるでしょうから、ここに書きます。
①衆生縁。衆生の実体があるとみて衆生に対して生ずる世俗的な慈悲で小悲ともいう。
②法縁。衆生の実体はないが、個体を構成する五蘊の法体は実有であるとする小乗の聖者のおこす慈悲で中悲ともいう。
③無縁。差別の見解を離れた平等絶対の慈悲で初地以上の菩薩や仏のおこす大悲をいう。

この「衆生縁・法縁・無縁」の三種の慈悲は、大般涅槃経等の経典、大智度論等の論に書かれています。
通常は「大智度論に書かれている」と表わされているようです。
上の説明でも難しいですが、簡単に言うと、
①衆生縁 凡夫の慈悲
②法縁  小乗の聖者の慈悲
③無縁  仏の慈悲
ということです。
三縁の慈悲」とも言われます。

凡夫の慈悲には、自分に都合のいい人と都合の悪い人との差別がありますが、仏の慈悲には差別がありませんので、無縁の大慈大悲は「怨親平等の心」とも言われます。

以下、参照するお聖教のご文をあげます。
難しい箇所は、ざっと目を通すだけでいいです。

【釈尊】
仏心とは大慈悲これなり。無縁の慈をもつてもろもろの衆生を摂す。
(観無量寿経 真身観 註釈版聖典102頁)

【天親菩薩】
正道の大慈悲、出世の善根より生ず。
(浄土論 註釈版聖典七祖篇29頁)

【曇鸞大師】天親菩薩の言葉の説明です
「正道大慈悲 出世善根生」とは、平等の大道なり。平等の道を名づけて正道となす所以は、平等はこれ諸法の体相なり。諸法平等なるをもつてのゆゑに発心等し。発心等しきがゆゑに道等し。
道等しきがゆゑに大慈悲等し。大慈悲はこれ仏道の正因なるがゆゑに「正道大慈悲」といへり。
慈悲に三縁あり。
一には衆生縁、これ小悲なり。
二には法縁、これ中悲なり。
三には無縁、これ大悲なり。
大悲はすなはち出世の善なり。安楽浄土はこの大悲より生ぜるがゆゑなり。ゆゑにこの大悲をいひて浄土の根となす。ゆゑに「出世善根生」といへり。
(往生論註 註釈版聖典七祖篇61-62頁)

【源信僧都】
初めに行相とは、総じてこれをいはば願作仏心なり。
また、上求菩提・下化衆生の心と名づく。
別してこれをいはば四弘誓願なり。
これに二種あり。
一には縁事の四弘願なり。これすなはち衆生縁の慈なり。あるいはまた法縁の慈なり。
二には縁理の四弘なり。これ無縁の慈悲なり。

縁事の四弘といふは、
一には衆生無辺誓願度。念ずべし、「一切衆生にことごとく仏性あり。われみな無余涅槃に入らしむべし」と。この心はすなはちこれ饒益有情戒なり。またこれ恩徳の心なり。またこれ縁因仏性なり。応身の菩提の因なり。
二には煩悩無辺誓願断。これはこれ摂律儀戒なり。またこれ断徳の心なり。またこれ正因仏性なり。法身の菩提の因なり。
三には法門無尽誓願知。これはこれ摂善法戒なり。またこれ智徳の心なり。またこれ了因仏性なり。報身の菩提の因なり。
四には無上菩提誓願証。これはこれ仏果菩提を願求するなり。いはく、前の三の行願を具足するによりて、三身円満の菩提を証得して、還りてまた広く一切衆生を度するなり。

二に縁理の願とは、一切の諸法は、本来寂静なり。有にあらず無にあらず、常にあらず断にあらず、生ぜず滅せず、垢れず浄からず。一色・一香も、中道にあらずといふことなし。生死即涅槃、煩悩即菩提なり。一々の塵労門を翻ずれば、すなはちこれ八万四千の諸波羅蜜なり。無明変じて明となる、氷融けて水となるがごとし。さらに遠き物にあらず。余処より来るにもあらず。ただ一念の心にあまねくみな具足せること、如意珠のごとし。宝あるにもあらず、宝なきにもあらず。もし「なし」といはばすなはち妄語なり。もし「あり」といはばすなはち邪見なり。心をもつて知るべからず。言をもつて弁ずべからず。衆生、この不思議・不縛の法のなかにおいて、しかも思想して縛をなし、無脱の法のなかにおいて、しかも脱を求む。このゆゑにあまねく法界の一切衆生において、大慈悲を起し、四弘誓を興す。これを順理の発心と名づく。これ最上の菩提心なり。
(中略)
この二の四弘におのおの二の義あり。
一にはいはく、初めの二の願は衆生の苦・集二諦の苦を抜く。後の二の願は衆生に道・滅二諦の楽を与ふ。
二にはいはく、初めの一は他に約す。後の三は自に約す。
いはく、衆生の二諦の苦を抜き、衆生に二諦の楽を与ふることは、総じて初めの願のなかにあり。
この願を究竟円満せんと欲ふがために、さらに自身に約して後の三の願を発す。『大般若経』(意)にのたまふがごとし。「有情を利せんがために大菩提を求む。ゆゑに菩薩と名づく。しかも依着せず。ゆゑに摩訶薩と名づく」と。 以上 
また前の三はこれ因にして、これ別なり。第四はこれ果にして、これ総なり。
(往生要集 註釈版聖典七祖篇903-906頁)

源信僧都のご文は難しいですので、註釈版聖典の脚註、巻末註をもとに補足します。
・縁事 具体的な事象を縁とすること
・縁理 普遍的な真理を縁とすること
・饒益有情戒 摂衆生戒とも。一切の衆生をみな悉く摂取して、遍く利益を施すこと。
         慈悲心にもとづいて衆生のために尽くす一切の利他行をいう。
・摂律儀戒 一切の諸悪をみな断じて捨て去ること。
・摂善法戒 積極的に一切の諸善を実行すること。
※摂律儀戒、摂善法戒、摂衆生戒の三つを三聚浄戒(三種浄戒)といいます。大乗の菩薩のたもつべき戒法です。
・縁因仏性 智慧をおこす縁となるすべての善根功徳
・正因仏性 すべての存在に本来そなわっている真如の理
・了因仏性 真如の理を照らし表す智慧
※天台宗では縁因仏性、正因仏性、了因仏性の三因仏性説を立てるそうです。
・塵労門 煩悩
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