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2009/01/18(日)
中津川フォークジャンボリー

一昨日、知人が歌を口ずさみました。
「生きている鳥達が、生きて飛び回る空を♪…」
「あれ、その歌どうして知ってるの?」
「えっ?どうしてって?知ってるから知ってるんですよ。曲名も歌手の名前も知らないけど…」
実はこの歌は私が中学2年生の時に出会った歌でした。
作詞・作曲は笠木透さん。
題名は「私の子供達へ」と言います。
岐阜県恵那市出身のフォークシンガーです。
中学の音楽教師の縁で、私と数人の友達は岐阜県恵那郡坂下町で行われたフォークソングの集まりにも参加したことがありました。
宿泊も旅館ではなく、民家のコタツに足を突っ込んでそのまま寝ました。
その坂下町は、知る人ぞ知る「中津川フォークジャンボリー」の開催地です。
1969年から71年にかけて3回、湖のほとりの野外会場に全国の有名無名のフォークシンガーが集まりました。
「山谷ブルース」「友よ」で有名な岡林信康は3回とも参加していますし、高田渡やあがた森魚、はっぴぃえんどや高石ともや、かまやつひろしや吉田拓郎も参加しました。(歌手なので笠木さん以外は敬称略)
笠木さんはフォークジャンボリーの実行委員として活躍された人です。
「私の子供達へ」「わが大地のうた」「私に人生と言えるものがあるなら」とともに笠木さんの代表作で、マスメディアには一切乗らず、ライブコンサートと口コミだけで広まりました。
そんなマイナーな歌が生まれも育ちも違う法友の口から流れ出たことは、考えてみれば不思議ではないかもしれませんが、いいものは静かに伝播し、人の心に残るのだと改めて知らされる出来事でした。
さっきの「友よ」も昨日知り合った大学3年生の人も知っていると聞き、40年近く前の情景が浮かび上がりました。
笠木さんは70歳を越えた今も、現役フォークシンガーとしてコンサートをしておられます。
そんな笠木さんたちを教えてくれた先生が、一昨年60歳少しで心筋梗塞で既に亡くなっていたことを知り、世の無常を感じた一昨日でもありました。
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この記事へのコメント
「生きている鳥たちが・・♪」これ、私も存じております!不思議ですよね、この歌詞には、ただ、名前の無い、父のメッセージが、心から口ずさまれています。それにしても、古い歌ではないでしょうか、いいものって、派手に目立つことはなくても、しんしんと人の心に残って、受け継がれていくものなんですね。現代、おれが、おれが、と自己主張をする(名誉、レッテル、お金、など)そういうものに、価値をどうしても、おいてしまいますが、浄土真宗というのは、粛々とそして、しんしんと、一般の庶民のなかへ広がった、全ての人を相手にしたものだったんですね。そういった根幹を忘れないって大事だなあ、と思いました。難しい事はわかりませんが、浄土真宗の法に対する厳しさと、そういう根幹のやさしさや、名もない1個人がそれぞれの持ち味で美しくいかされていく、相反するようで、反しない、人を大切にしたものだと、思いました。確かに口コミで広がったこの、メロディー、でもなぜか、心に残っている方々は多い、何か感じるところがあります。
2009/01/18(日) 18:08 | URL | きしゃ ぽっぽ #-[ 編集]
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