生没年比較

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2009/09/18(金)
★固定観念って、怖いですね。兄弟子、というとなんだか年配のお方のように思いますね。
それで、人物像を頭の中でつくってしまいます。これが、怖いんですよ。
自分の頭で勝手に「つくる」・・・
ところで、聖信房、勢観房 法然門下の高弟と知られる方々、どんなイメージをもたれますか?イメージを勝手につくる・・・これが怖いんです。

法然門下および関係者、当時の聖道諸師の生没年
ボールド体は、体失不体失・信心一異・信行両座の各諍論の関係人物と慈鎮和尚、後鳥羽上皇です。
生没年の次の()は親鸞聖人との年齢差です。
計算すれば分かるのですが、便宜を図って書きました。
生没年は多少の誤差のある人もいます。(例 蓮生の没年は1208年とも)

俊乗房重源 1121ー1206
法然房源空 1133-1212(40歳年上)
文覚      1139-1203
栄西      1141-1215
法力房蓮生 1141-1207(32歳年上)
明遍      1142-1224
法蓮房信空 1146-1228(27歳年上)
隆寛律師   1148-1227
九条兼実   1149-1207
解脱貞慶   1155-1213
慈円僧正   1155-1225(18歳年上)
念仏房念阿 1157ー1251(16歳年上)
聖光房弁長 1162-1238
成覚房幸西 1163-1247
聖覚法印   1167-1235(6歳年上)
善信房親鸞 1173-1262
明恵      1173-1232(同い年)
聖信房湛空 1176-1253(3歳年下)
善慧房証空 1177-1247(4歳年下)
後鳥羽上皇 1180-1239(7歳年下)
勢観房源智 1183-1238(10歳年下)
覚明房長西 1184-1266
道元      1200-1253
日蓮      1222-1282

・法力房蓮生は熊谷直実です。通常は「ほうりきぼうれんせい」と読みます。
・聖信房は正信房ともいわれます。
・善慧房証空は9歳の時、内大臣久我通親(九条兼実の政敵)の養子となっています。
 久我通親は道元の父親ですので、善慧房証空と道元は義理の兄弟にあたります。
聖信房、勢観房ともに親鸞聖人より若いですが、法然上人のお弟子になったのは先ですので、兄弟子となります。
 なお、聖信房は嵯峨の二尊院の中興と言われ、念仏房は同じく嵯峨の往生院に住み、ここが後に祇王寺となりました。
 勢観房は知恩院、知恩寺を実質的な意味で建立した人です。
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この記事へのコメント
勢観房というのは、ずいぶん漠然とですが、良くないイメージがありました。親鸞聖人よりも、はるかに年も上の法然門下の高弟だと、思いこんでいました。念仏さえ、称えていたら極楽へ行けると言われた方、としか思っておりませんでした。そのせいか、浄土宗に対しても、楽で間違ったものだと思い込んでいたので、反省しました。
2009/09/18(金) 21:16 | URL | #-[ 編集]
このごろ思います。うわさとか、いい加減な自分の想像では駄目で、疑問はきちんと調べることは大事なことでないかとか、です。一方的に確認せず聞いて勝手に自分で想像してしまうので、判断を間違えてしまうのですね。そういうふまじめさが、勝手な浄土真宗を勝手に自分でつくるのだろうか、と思いました。でも、調べるというのは、正直めんどくさいとか、頑張っているつもりで、楽してきたのでないかと思います。
2009/09/18(金) 21:43 | URL | #-[ 編集]
勢観房は、本当に親鸞聖人を憎んでいたのですか?
法然上人は、勢観房をしかられたというイメージが強いのですが、ほんとの所は、何をしかられたのですか?
2009/09/18(金) 22:05 | URL | #-[ 編集]
昔の話ですが、高森先生が「日蓮は親鸞聖人の後に生まれて先に死んだ人です」と仰ったことがあります。親鸞聖人がご長命であったことを「分かりやすく」表現されたのだとは思いますが・・・。
2009/09/19(土) 01:56 | URL | ゲンエス #2kbNzpR6[ 編集]
「わかりやすい」という面で、よく考えないで決めてしまう事が多いように思います。けれど、わかりやすい、ということは、逆に考えてみると洗脳みたいな物が入りやすいです。自分でふまじめだという自覚は無いまま、すぐ受け入れてしまうからです。実際は、事実が全く違っていても固く思いこんでしまいます。
2009/09/19(土) 07:48 | URL | #-[ 編集]
↓こんなコメントを見ました。この通りだなあ、と思いました。正体を隠して目的を偽って偽の情報を流されて、その上に他のものを見るな、聞くな、読むな、と悪意でイメージをでっち上げたら、思い込んでしまいますよね。この記事を見て、改めて、思いました。

昔のきよもり問答から………宗教=危ないというイメージを作ったのは親鸞会だった!

 第一に、色々な事情があるにせよ、正体を隠して勧誘をするのは、決して世間から理解されるやり方ではありません。

 一時的には、学生が集まるかも知れませんが、結果的には不審を買い、会の評判も落とすことになると思います。

 もちろん、私も学友部で活動していましたから、「宗教」と言うだけで、「危ない」「近寄るな」と思われてしまい、教えを聞いてもらえないという意見があるのは分かります。

 しかし、その「宗教」=「危ない」というイメージを作っているのは、誰でしょうか。  

正体を隠して勧誘をする、ということ自体、「宗教」=「危ない」というイメージ作りに、加担しているとは言えないでしょうか。

 これは自業自得というものであって、みずから改めてゆかねばならないと思います。
2009/09/19(土) 10:12 | URL | #-[ 編集]
人生は苦なり(相対的な幸福しかない)だから、絶対の崩れない幸福を求めるんだ。すごく分かりやすいし、自分は結局そこから一歩も出ないまますべてを片づけて来たと思います。浄土真宗なのに、浄土真宗の教えを本当にきちんとしようと、あまり考えなかったのではないかと思います。新興宗教でもいくらでも言われている論理から離れず、ただ「答え」が全部片付く言葉に甘えていただけだったのか、と思いました。
2009/09/19(土) 10:27 | URL | #-[ 編集]
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