阿弥陀仏の救い と 因果の道理

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2009/10/01(木)
浄土真宗親鸞会の講師の人が自分のブログで、因果の道理を一所懸命に書こうとしていますが、書けば書くほど浄土真宗から離れていきますので、ほどほどになされた方がいいでしょう。
親鸞会の講師ならば「亦因亦果」「非因非果」「仏因仏果」などの言葉くらいは知っているはずです。
今日は、そんな難しいことは書かず、梯 實圓師の著作から引用致します。

しかし親鸞聖人によれば、たとえ四聖諦という自力成仏の因果を信じていても、自力の因果を超えた阿弥陀仏の願力不思議の法を信受しないかぎり、その信は疑惑であるといわれていたのです。すなわち「善因楽果 悪因苦果」という自力の因果を信じていても、そのような思議の領域に止まって、善人も悪人も、知者も愚者も分け隔てなく救いたまう絶対平等の救いを受けいれないものを、疑心自力の行者といわれたのです。『無量寿経』では、そのような疑心を「信罪福心」(罪福を信ずる心)といい、善悪無礙の救いを説く「不思議の仏智」を疑う疑惑の行者とされています。
(聖典セミナー 教行信証[教行の巻] 208頁
 梯實圓著 本願寺出版社 ISBN4-89416-500-7 C3015)

なお、梯師の著作はたくさんあり、以前も言及しました。
ちょっと難しいものもあるかもしれませんが、読まれることをお薦めします。
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