唯信鈔文意を読む 4

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2009/10/08(木)
唯信鈔文意の第2章 法照禅師の『浄土五会念仏略法事儀讃』巻本中漢讃4句の第3句を説明されたところです。

【原文】
「但有称名皆得往」といふは、「但有」はひとへに御なをとなふる人のみ、みな往生すとのたまへるなり、かるがゆゑに「称名皆得往」といふなり。
註釈版聖典 701頁

【現代語訳】(浄土真宗聖典 現代語版より)
「但有称名皆得往」というのは、「但有」とはひとすじに名号を称える人だけが、みな往生するといわれているのである。このようなわけで「称名皆得往」というのである。

【補足】
・この部分に限りませんが、『唯信鈔』のご文を読んだ方がいいです。

国土妙なりといふとも、衆生生れがたくは、大悲大願の意趣にたがひなんとす。これによりて往生極楽の別因を定めんとするに、一切の行みなたやすからず。孝養父母をとらんとすれば、不孝のものは生るべからず。読誦大乗をもちゐんとすれば、文句をしらざるものはのぞみがたし。
布施・持戒を因と定めんとすれば、慳貪・破戒のともがらはもれなんとす。忍辱・精進を業とせんとすれば、瞋恚・懈怠のたぐひはすてられぬべし。余の一切の行、みなまたかくのごとし。
 これによりて一切の善悪の凡夫ひとしく生れ、ともにねがはしめんがために、ただ阿弥陀の三字の名号をとなへんを往生極楽の別因とせんと、五劫のあひだふかくこのことを思惟しをはりて、まづ第十七に諸仏にわが名字を称揚せ られんといふ願をおこしたまへり。この願ふかくこれをこころうべし。名号をもつてあまねく衆生をみちびかんとおぼしめすゆゑに、かつがつ名号をほめられんと誓ひたまへるなり。しからずは、仏の御こころに名誉をねがふべからず。諸仏にほめられてなにの要かあらん。
註釈版聖典 1340-1341頁

・唯信鈔で聖覚法印が第17願を引いておられるところが重要です。

・「称名」の「称」はただ口に「となえる」だけではありません。「唱」も「となえる」ですが、念仏の場合は「唱」ではなく「称」です。それは「称」は「称揚」の称であり、「ほめたたえる」という意味があるからです。
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タグ : 唯信鈔文意 称名

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