唯信鈔を読む 第十八 念仏往生のこころ

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2009/10/12(月)
 教行信証総序の「弘誓の強縁、多生にも値ひがたく、真実の浄信、億劫にも獲がたし。」のお言葉をもって、信心獲得するのに時間がかかると思っている人がいますが、これは親鸞聖人が振り返っておっしゃったことであって、今から「多生」「億劫」もの時間がかかるということではありません。
 「多生」「億劫」もの時間がかかるのならば、聖道自力の教えになってしまいます。
 阿弥陀仏の救いは、今の救いです。

 また「仏法に遇ってから、短期間の聞法を経て救われた人は、実は過去世に善を積んでいた宿善深厚の人なのだ」と思っている人がいますが、それは善導大師との韋提の権実についての論議で破られた、当時の聖道諸師の説と同類になってしまいます。

 聖覚法印は唯信鈔で、第17願に次いで第18願の説明をしておられますので、読ませて頂きましょう。

 さてつぎに、第十八に念仏往生の願をおこして、十念のものをもみちびかんとのたまへり。まことにつらつらこれをおもふに、この願はなはだ弘深なり。名号はわづかに三字なれば、盤特がともがらなりともたもちやすく、これをとなふるに、行住座臥をえらばず、時処諸縁をきらはず、在家出家、若男若女、老少、善悪の人をもわかず、なに人かこれにもれん。
「彼仏因中立弘誓 聞名念我総迎来
 不簡貧窮将富貴 不簡下智与高才
 不簡多聞持浄戒 不簡破戒罪根深
 但使回心多念仏 能令瓦礫変成金」(五会法事讃)
このこころか。これを念仏往生とす。
註釈版聖典1341-1342頁

『五会法事讃』出典の漢文のところは『唯信鈔文意』に説明されています(註釈版聖典704-709頁)ので、少しずつ読んでいきたいと思います。
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