観無量寿経のこころ その4 第19願&観経が説かれた理由

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2009/10/16(金)
第19願および観経が説かれた理由は、親鸞聖人が『浄土三経往生文類』の中に書いておられます。

 観経往生といふは、修諸功徳の願(第十九願)により、至心発願のちかひにいりて、万善諸行の自善を回向して、浄土を欣慕せしむるなり。しかれば『無量寿仏観経』には、定善・散善、三福・九品の諸善、あるいは自力の称名念仏を説きて、九品往生をすすめたまへり。これは他力のなかに自力を宗致としたまへり。このゆゑに観経往生と申すは、これみな方便化土の往生なり。これを双樹林下往生と申すなり。
註釈版聖典630-631頁)

このように、いまだ浄土門を知らない人々の心を浄土に向けさせるために方便とした説かれたのです。

なお、大事なのは「行」ではなく「信」です。
第19願の願文でいうならば「至心発願」が重要です。
つまり、諸善万行が「浄土の方便の善」になりうるのは、至心発願するからなのです。


これによりて方便の願(第十九願)を案ずるに、仮あり真あり、また行あり信あり。願とはすなはちこれ臨終現前の願なり。行とはすなはちこれ修諸功徳の善なり。信とはすなはちこれ至心・発願・欲生の心なり。この願の行信によりて、浄土の要門、方便権仮を顕開す。
(教行信証化身土巻本 註釈版聖典392頁

ここで観無量寿経の教説や第19願が「方便」と言われているのは「権仮方便」のことです。
「善巧方便」のことではありませんので、くれぐれもお間違いのないようにして下さい。

「信」が大事であることは、
教行信証化土巻の標挙
 [無量寿仏観経の意なり]
 至心発願の願 {邪定聚の機 双樹林下往生}

とあるように、いろいろな呼び名のある第19願を「至心発願の願」と言われていることからも伺えます。
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