顕正新聞を読んで④ その5

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2009/11/01(日)


 自力とは、「後生助かろうとする心」をいうのだ。だから「自力を捨てよ」とは、「善を捨てよ」「善をするな」ということでは絶対なく、「善で後生助かろうとする心を捨てよ」、ということである。

「自力を捨てよ」は「努力するな」「善を捨てよ」ということでは絶対なく、「それで後生助かろうとする心を捨てよ」ということなのである。


 因果の道理は宇宙の真理、善因善果、悪因悪果、自因自果は、仏さまでも曲げることはできない。


④及び⑧についてはすでに「その1」で述べましたので、スキップします。
⑤についてですが、なぜここに、この文があるのか意味が分かりません。
あまりにも唐突です。
「だからどうなの?自力の話をしていたんじゃないの?」と言われたらおしまいです。
つまり「善で後生助かろうとする心を捨てよ」という文の正否はともかく、言ったからには「なぜ善で後生助かろうとする心を捨てなければならないのか」を述べる必要があるでしょう。
「自力を捨てなければ他力に帰すことができないからだ」では、無限ループになります。

それにしてもよほど「因果の道理」という言葉が好きなようですが、先日ここで紹介しました、本願寺の「入門書」(勧学寮篇の3冊のもの)でも読まれた方がよろしいと思います。
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この記事へのコメント
「自力」という大事な言葉一つを考えてみましても、浄土真宗と言うのはいい加減な言葉の意味で使ってしまっては、まったく意味が分からなくなる、という事がよくわかりました。わかって使われる人の言葉と、分からずに使われる人の言葉は明らかに、意味が通るか通らないかが、見えてきます。その分、わかって使う、使わせていただきたいものと、思いました。
2009/11/01(日) 13:41 | URL | 明石 #-[ 編集]
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