という話ではなく、
前の前の記事の中で紹介した中西智海勧学は築地本願寺の輪番を務めたことのある人ですが、出身は富山県氷見市窪で、そこの西光寺のご住職です。
生れは昭和9年です。
(と、本に書かれていました)
一方『歎異抄をひらく』の著者の高森顕徹氏は、浄土真宗親鸞会会長です。
(なぜだか、この本の著者紹介には書かれていませんが)
出身は富山県氷見市大浦の遠景寺で、昭和4年の生れです。
西光寺と遠景寺は車で10分かからない至近距離ですので、昔は一緒に遊んでおられたかもしれませんね。
因縁とは面白いものです。
ちなみに氷見市と言えば、西本願寺第5代能化職の義教師の出身地で、この義教師の能化就任が後の三業惑乱の遠因となったとも言われています。
義教師の寺は円満寺で、西光寺とは車で5分ほどの所にあります。
http://www.zengyou.net/modules/weblogD3/details.php?blog_id=118&cat_id=1
チューリップの花を境内に敷き詰めた花祭りに一度お伺いした事があったな。
しかも射水郡ですね。(現在の射水市小泉)
44年間の生涯でしたが、僧撲門下からはいろいろな学轍が生れています。
僧鎔師はじめ、先に紹介した石州派の祖仰誓師、芸州派の祖慧雲師、豊前学派の祖崇廓師他、大同師、玄智師、大麟師(『真宗安心正偽編』の著者)など西本願寺の江戸宗学の黄金時代がこの後に到来します。
(それから間もなく三業惑乱が起きるのですが・・・)
芸州派から龍華派の祖雲龍師が出ていますし、大同師の弟子の遍照院大乗師の弟子が圓成院南渓師です。