加茂仰順師『真宗の信心』より②

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2009/11/15(日)
 わが浄土真宗では「信心」が涅槃の真因であるとされていますが、これを聞いて、「それほど高大なものであれば容易なことではないであろう」と思い、なにやかや計らい心を入れようとします。そしてとにかく疑いが無くなって、これなら間違いないという心になろうとします。しかしその心にはなかなかなることが出来ませんから、一層なってみたい気持ちにかられます。そして「どうしたら信心が獲られるか」ということに思いをはせます。だからもしその「どうしたら」が解決出来たとき、信心が獲られたように思うのです。
 ところが、真宗の法義はお助けが至りとどいて如来のお助けに助けられるのであり、そのすがたが信心決定であるとされるのです。自分のちからで疑いが除かれたのではありません。仏智満入するところに、仰せにおまかせした行者とならせて頂くのです。つまり、仰せの聞こえたのがおまかせ申したことです。なおまた「この如来に助けられてゆくことを知れ」と仰せられるのではありません。この如来のお助けに助けられてゆくことをよろこべとさとされるのです。
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