計らい

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2009/12/03(木)
『名號不思議の信心』(加茂仰順師)より

疑いのある間ではいけないから、よく聞いて間違いないという心になろうとしますが、それは案外計らい心を固めにかかる場合があるものです。もしそうだとすれば、聞かしてもらう暇さえ無くなってしまいます。ながい間のお育てで信心ができたとよろこび、疑いが除かれたというが、計らい心が固まったものであってはなりません。仰せを信じよう、安心しようの心が除かれて仰せが素直に聞こえたのです。仏智不思議によって廻向されるのであり、如来に見抜かれた私が救われたのです。この私を問題として成就されたお助けが聞こえて下されるのです。これが疑心あることなしです。決定の法が与えられるのです。私の計らいを一点も加えることはありません。それは私の計らいを借らない法が聞こえて下さるからです。つまり弥陀のお助けがこの自分の上ではたらき給うて信心となって下さるのです。それゆえ名号(仰せ)にわが思いを加えて聞くのでもなく、またそれから差し引いて聞くのでもありません。名号(仰せ)のままを聞き、お助けの仰せのままが聞こえて下さるのです。如来のお助けに助けられるのであり、仰せのままに私の全体が計らわれてゆくのです。

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タグ : 加茂仰順

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