「言葉」考 長文ですが最後までお読み下さい

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2009/02/12(木)
少し前になりますが、劇団四季の「ウィキッド」を見てきました。
生のミュージカルを見たのは中学校の修学旅行以来ですから、約30年ぶりとなります。

ちなみにその時は、天地真理主演の「君よ知るや南の国」でした。
「君よ知るや南の国」はゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代(岩波文庫では徒弟時代)』に出てくるミニヨンの話で、森鴎外訳の「ミニヨンの歌 ギヨウテ」"Liedern Mignons"が有名ですね。
原文は"Kennst du das Land, wo die Zitronen bluhn"「知っていますか、レモンの花咲く国を」です。
この詩には、多くの音楽家達が曲を作っています。
天地真理を見ていると…
おっと、横道にそれるのはやめましょう。

劇団四季のミュージカルや劇に対しては人によって好みもあるでしょうが、私はこのミュージカル「ウィキッド」を見て素直に感動しました。
どういうものかは実際にご覧にならなければ分かりませんし、是非一度見られたら良いかと思います。(私は劇団四季のまわし者ではありません)
あらすじは、劇団四季のHPからは転載不可ですので、個人的にHPを作っておられる方のサイトの記事をお借りしました。文章量の関係上、少し短くしてあります。

引用元:http://ウィキッド.com/cat/
「ウィキッド(劇団四季ミュージカル)を120%楽しもう!」より

【あらすじ】
ミュージカル「ウィキッド」は、童話「オズの魔法使い」シリーズ(ラマン・フランク・ボーム作)に想を得て執筆された「オズの魔女記」(グレゴリー・マグワイア作)を原作としています。
「ウィキッド」の物語の舞台は、「オズの魔法使い」の国。
「オズの魔法使い」のドロシーが「オズの国」に迷い込むずっと前に起こった、二人の魔女の出会いの物語です。一人は、緑の肌を持つ賢く信念の強い女性エルファバが「西の悪い魔女」。もう一人、美しく、野心家で人気者のグリンダが「善い魔女」になるまでの数奇な運命をドラマティックに描いています。
オズの国にあるシズ大学に、緑色の肌をしたエルファバという少女が、入学してきます。一方、美しく同級生からも人気者のグリンダもシズ大学に入学し、ひょんなことからエルファバと宿舎が同室に。
でも、まったく性格の違う二人は衝突してばかりで、お互いに嫌悪感を抱いていました。
ある事件がきっかけで、ふたりは、急速に心を通わせ合うようになり、二人だけの秘密を打ち明けあうような仲になるのです。
ある日、エルファバのよき理解者だったヤギのディラモンド教授が追放されるという事件が起こります。
オズの国では、動物たちも自由に言葉を話せましたが、何者かの陰謀で、動物たちの自由[=言葉]が奪われ始めていたのです
そんな折、オズの魔法使いがエルファバに会ってくれることになりました。
エルファバは、グリンダと共にオズの魔法使いのいるエメラルドシティに向かいます。
オズの魔法使いなら、動物たちから自由[=言葉]を奪う陰謀をどうにかしてくれると信じて・・・。
ところが、オズの魔法使いは魔法の力をまったく持たないただの人間でした。
魔法の書を持っているにもかかわらず、その文字を読むことすらできません。
魔法の力を持っているという噂のあったエルファバを利用しようとして呼びつけたのです。
しかも、力[=言葉]を奪っていたのは、ほかならぬオズの魔法使いでした。
[あのヤギのディラモンド教授も言葉を奪われてしまっていました
それを知ったエルファバは、魔法の書を手に逃亡します。
オズの魔法使いは、そんなエルファバを裏切り者として「悪い魔女」というレッテルを貼り、国民の敵として仕立てあげるのでした。
グリンダは、エルファバの逃亡に手を貸しますが、自分はオズの魔法使いのもとに残ることを決めます。
そしてオズの国で、グリンダは、「善い魔女」として国民をまとめる役を、エルファバは「悪い西の魔女」として逃亡を続けていくのでした。
なんとかエルファバをおびき寄せて捕まえたいオズの魔法使いは、グリンダのアイデアでエルファバの妹のネッサローズを使うことにしたのでした。
ネッサローズは、竜巻の事故によって命を奪われ、それを知ったエルファバがやってきます。
足の悪いネッサローズのためにエルファバが履かせてやった魔法の靴を、見知らぬ少女(ドロシー)が履いているのを見て、エルファバは激怒します。
そして、オズの魔法使いの手下に捕まり、絶体絶命に。
しかし、恋人のフィエロが身を挺してエルファバを逃がすのでした。
そのかわり、磔にされてしまうフィエロ・・・。
エルファバは、なんとかしてフィエロの命を救おうとして魔法の書をめくり、呪文を唱えます。
(・・・・この先のストーリーは、ぜひ劇場に足を運んでご覧になってくださいね!)
[ ]内は引用者が追加

言葉って大事ですよね。

同じく言葉について例によって笠木透さんが以前このように言っておられました。

日本には差別用語と言われるものがある。私は放送の仕事をしているが、放送でそんなことを言うと、えらい勢いで抗議の電話がかかってくる。だが私は言葉は状態を表しているのであって、言葉自体が差別ではないと思っている。片手落ちと言っても差別ではない。そういう心情で言った時、差別用語になる。だけどその都度その人の心理状態を調べるのはたいへんだから、差別用語を使わなければ差別はないものとしてしまった。だから差別用語さえ使わなければ、自らの中にある差別意識に目をつぶることができる。でも差別が無くなったわけではない。差別がある限り、どんな言葉でも差別語になりうるし、差別は生れる。
私はお互いに悪口を言える関係まで行きたいんです。それが言えて初めて差別が乗り越えられると思っている。悪口が言えるのは、人間としての関係があるから言えるのであって、脇で見ている人が、問題だというのはおかしい。言葉は難しいと思う。その人の生き方や考え方や思想や感情まで含めてその言葉を判断しなければ、本当のことは分からない。
しかし、言葉があるからこそ、我々は共通の問題を語ることができるし、人間の未来のことも語ることができる。言葉がなければこれはとても難しいことだ。文化のルーツは言葉だし、言葉がなければ文化は生れない。

その言葉を禁止したのが私たちです。1910年に日韓併合した。併合というのは言葉のあやで植民地にした。その植民地政策の一つとして最もひどいことをしたと思うのは、朝鮮語を禁止したことだ。そして名前も日本名に変えさせた。民族の原点であり、文化の源である言葉を禁止したのは、おそらく日本だけでしょう。白人も他国を植民地にしたし、白人の言葉を覚えなさいとは言ったが、その国の言葉を禁止はしなかった。そのことを、小学生や中学生は、日本がした歴史上の一番の悪行を認識しているだろうか。言葉を奪われたらどういうことになるかを想像してごらんなさいという歌を作りました。

♪『言葉』

詩  笠木透
曲  上田達生
演奏 増田康記、安達元彦

君は言葉を奪われたことがあるか
言葉を奪われた悲しさを思ったことがあるか
どんな時代でもどこの国でも
人々はその国の言葉でそれぞれの思いを表現してきた
それが生きるということだった
言葉を奪われた時、その哀切はどれほどのものだったのだろう
かつてこの国はあなたの国に何をしたのか
過去を変えることができないとしたら
今、私たちにできることは何だろう

・・・・・・・・・・・・・・

日本の権力者たちはすごいことをやったと思います。言葉を禁止した。小学校、中学校の校長は日本人だったが、教師は朝鮮人だった。歌も文部省唱歌を押し付けられていた。だから、70代以上の朝鮮人はたいてい日本語がしゃべれるし、歌も歌える。強制されたわけです。しかし、朝鮮の文化は朝鮮語でしか伝わらない。心ある人たちは何とか朝鮮語を守ろうとした。もし子どもたちが言葉を忘れていったら、伝統的な朝鮮文化が死んでしまう、民族としての一体感や自らのアイデンティティーや人間の誇りを失ってしまうという危機感を持った作曲家や作詞家たちは、ひそかに、禁止されていた朝鮮語で新しい歌を作り始めていく。まさに文化の闘いです。
ガリ版で刷ったハングルの譜面と歌詞を、現場の教師に手紙で送った。教師たちは、音楽の時間では歌えないので、ひそかに新しい朝鮮の歌を子どもたちに教えていった。子どもたちは覚えて家に帰り、親たちに教えた。そして日本の統治者たちが知らないうちに、反日の歌が全土に広がっていった。
見つかれば牢屋に放り込まれる時代に、命をかけて子どもたちに、ハングルの歌を教え続けた教師たちがいた。言葉というものはすごいなあと改めて思い、言葉を教えるというのは文化なんだと思った。そこには、子どもたちに言葉を手渡していくという最もすばらしい教師らしい姿があると思った。ふりかえって、自分たち日本人は、言葉にそれほど真剣に向き合ったことがあるだろうかと教えられた。
韓国に行くといつも、かつて悪いことをした日本人の一人として後ろめたい気持がする。沖縄に行ってもそう思う。
1910年の日韓併合の後、言論と集会の自由を徹底的に奪われながらも、1919年3月1日に独立運動が始る。日本の教科書には「万歳事件」と書いてある。それを用意したのは日本に留学していた朝鮮人で、独立宣言文を書いて準備し、パゴタ公園でそれを読んでデモをした。このデモが全くの非暴力だった。反日の言葉は一切言わず、「マンセーイ」(バンザイ)とだけ言って歩いた。それでもじゅうぶん皆の心を打った。叫ぶような、泣くような、むせぶようなこの声は「独立万歳」と聞こえる。人間はそういう想像力、感性を持っているはずだ。
一方、1910年日韓併合の時、日本人は日比谷公園あたりをちょうちん行列をして「バンザーイ」といって行進した。その言葉の中に含まれた「日本は領土が増えて一等国になった」というような傲慢さやむなしさ、その二つの言葉に秘められた言葉の響きの違いが聞き分けられるか。
「マンセーイ」という言葉の響きの中に、人間の悲しさや、独立への思いや、人間としての叫びを聞き取ることができるはずだ。それが音楽の原点だとぼくは思う。解説してもらったから分かるというレベルでは困る。「マンセーイ」という言葉の響きから感じ取れる感性と想像力が人間にはあるはずだ。それがすり切れているとしたら、人間としてもういっぺん勉強してほしいと言いたい。

引用元:http://medakadaigaku.hp.infoseek.co.jp/600s/071021kasagirepo.pdf
(アクロバット・リーダーが必要です)
第6回寺子屋・笠木透コンサート(2007,10,21)より

※なお、このブログは政治的なものではありません。
※文中の強調はすべて引用者によるものです。

さて、二つの文章を引用しましたが、私の意図を汲み取っていただけましたでしょうか。
真実を言葉にすることは不可能です。
自分の心を言葉にすることは簡単ではありません。
でも蓮如上人がいくたびも「ものを言え ものを言え」とおっしゃっていますように、人に教えを伝える人にとってだけではなく、弥陀の救いを求める人にとって思っていることを「言葉」に出すこと、心を打ち出すことがいかに大事かを知ってもらいたかったのです。
逆にそれができなければ、止まってしまう危険性があるのです。

(条件をつけているわけではないですよ)

最後に既にご存知の御文でしょうが、蓮如上人のお言葉をあげておきます。

・蓮如上人、仰せられ候う。「物をいえいえ」と、仰せられ候う。「物をいわぬ者は、おそろしき」と、仰せられ候う。「信不信、ともに、ただ、物をいえ」と、仰せられ候う。「物を申せば、心底もきこえ、又、人にもなおさるるなり。ただ、物を申せ」と、仰せられ候う由候う。(蓮如上人御一代記聞書 87)

・前住上人、先年、大永三、蓮如上人二十五年之三月始此、御夢御覧候う。御堂上f壇南の方に、前々住上人、御座候いて、紫の御小袖をめされ候う。前住上人へ対しまいらせられ、仰せられ候う。「仏法は、讃嘆・談合にきわまる。能々讃嘆すべき」由、仰せられ候う。「誠に、夢想とも云うべきことなり」と、仰せられ候いき。然れば、その年、「ことに讃嘆を肝要」と、仰せられ候う。それに付きて仰せられ候う。「仏法は、一人居て悦ぶ法なり。一人居てさえ、とうときに、二人よりあわば、いかほどありがたかるべき。仏法をば、ただ、より合い、より合い、談合申せ」の由、仰せられ候うなり。(蓮如上人御一代記聞書 201)

・「仏法談合のとき物を申さぬは、信のなきゆえなり。わが心にたくみ案じて申すべきように思えり。よそなる物をたずねいだすようなり。心にうれしきことは、その儘なるものなり。寒なれば寒、熱なれば熱と、そのまま心の通りをいうなり。仏法の座敷にて物を申さぬことは、不信の色なり。又、油断ということも、信のうえのことなるべし。細々同行により合い、讃嘆申さば、油断あるまじき」の由に候う。(蓮如上人御一代記聞書 203)

・蓮如上人、仰せられ候う。「世間・仏法、ともに、人は、かろがろとしたるが、よき」と、仰せられ候う。黙したるものを、御きらい候う。「物を申さぬが、わろき」と、仰せられ候う。又、微言に物を申すを、「わろし」と、仰せられ候うと云云。(蓮如上人御一代記聞書 313)


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この記事へのコメント
近藤さんのいわんとされる事、分かります。沈黙は金、とかいわれますけど、心を互いに見せあわないと、何を思い、何を感じているのか、さっぱり判らず虚しいですものね。だから言葉が必要で、大事なんですが、ここで何かを言ったら、後が怖いなんて心を閉ざす事がない様に自由な雰囲気で、ものを言い合うことが、仏法には大切なことと理解しました。
2009/02/14(土) 17:33 | URL | 春一番 #-[ 編集]
4名で、沙汰をさせていただきました。遠慮はいらない、例え失礼と思っても、この心の解決には、かなぐり捨てねばならない、自ら言葉を打ち出す事は、全く慣れてはおられない真摯な方が、ああ、そこまで、真剣になれての事なのか、と心で合掌しながら、沙汰をさせていただきました。模範的な回答の中から徐々に、ほんとうに真摯に、本音を出され、かなぐり捨ててこられるお姿には、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・と念じておりました。
2009/02/14(土) 22:38 | URL | ☆ #-[ 編集]
言うことは自分の意志でやめることができるけど、思うことはやめることはできません。思ったことを言うことができないとなれば、苦しいから、思わなかったことにすればいいと、心の目をつぶります。お話を聞いている時間だけ、自分も心常念悪だなあ…って、それでいいのかな?なんて疑問に思いながら、それでも何とかだんまりを決め込んでもやってこれました。

ところが我慢ができなくなりました。聞きたい、知っている人に聞きたい。言葉で聞かないと分からない。言わないと自分の間違いも分からない。知った分かったふりはだめだよ言っていいんだよと言われて溢れだしました。

心のままに言うには、心が解き放たれなければなりません。何かに縛られていると、できないと思います。それには、それを受け止めるほうも、解放された心の人でないと、できないと思います。「私だって疑問を押さえ込んで頑張っているのに!」というものが無意識にでもある間は、人の不審や疑問も受け止めることができないように思います。
2009/02/15(日) 12:01 | URL | ゆいか #VkVTiyLo[ 編集]
そうですよね、、「私だって我慢してるのに・・・」と言ったときには、もうすでに、その言葉は私を離れてしまい、他人の事になってしまいますよね。どうかするとすぐに、己から離れてしまうわが身を思うと、言葉は引き寄せて引き寄せて、それは一体誰のことなのかと、問うことは、とっても大事な事ですよね。
2009/02/21(土) 06:40 | URL | ☆ #-[ 編集]
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