『本願寺 なぜ 答えぬ』を読んで④ 七つの質問に代わりに勝手に答える⑤

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2009/12/15(火)
第五問

宿善はあくまで、他力になさしめられるものならば、なぜ、聴聞(聞法)に、はげまねばならないのか。教えすすめねばならないのか。と、かねて、おたずねしているのに、
「つまりは、他力をよろこばれた、お心が理解できないところから生じたものと思わざるを得ない」(回答書ⒷP・二二)
とのこと。
これでは、答えにならないのです。
「あくまでも、他力になさしめられる宿善」と、「はげまねばならぬ、自力の聴聞」とは、関係があるのか、ないのか、をきいているのです。
あれば、どんな関係か。
重ねて、おたずねいたします。
要約
宿善と聴聞は、関係あるのか、ないのか。
⑩あれば、どんな関係か。


【答え】
宿善と聴聞は、関係あるのか、ないのか。

本願寺が相手にしたくなくなる気持ちもよく分かります。
「あくまでも、他力になさしめられる宿善」と、「はげまねばならぬ、自力の聴聞」とは、関係があるのか、ないのか
という質問ですね。
問題は「他力になさしめられる宿善」という言葉です。
意味がはっきりしませんが、これを「他力になさしめられる獲信」ととって、「信心」と「私の励む聞法」の関係ということでしたら、第四問の答えと同じことで、関係ありません。
私の聞法によって獲信するのではありません。
聞が信です。
阿弥陀仏の独用です。
全分他力、本願力回向の信楽なのです。

⑩あれば、どんな関係か。

この質問はボツになります。

第五問は以上です。
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