十念誓意の意

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2010/08/15(日)
大江和上の『安心論題講述』「十念誓意」を通して勉強しましょう。
とりあえず「まとめ」

十念誓意」という論題は阿弥陀仏の第十八願に「乃至十念」と誓われている意をうかがうというものです。
それは、浄土真宗で「信心正因・称名報恩」と言われますが、信心正因と信一念で往生が決定するのならば、何故第十八願に「乃至十念」の称名念仏が誓われているかということです。

確かに、どこかの会のように称名念仏を軽視している説をとっていきますと、阿弥陀仏の第十八願は
「設我得仏 五逆誹謗正法 十方衆生 至心信楽欲生我国 若不生者不取正覚」
とでも書きなおさねばならないでしょう。
(某会の「本願異解の文」「本願断章取義の文」「本願いい加減の文」とでも名づけましょうか)
ちなみに、善導大師の場合は「本願自解の文」「本願取意の文」「本願加減の文」です。

さて、まず大江和上の「十念誓意」に書かれていることをまとめましょう。

○「念」は称名念仏
○「十」はとりあえずある数を書かれた
○「乃至」には4つの意味がある。(これはどの本にも書かれてありますね)
 文釈2-兼両略中、乃下合釈
 宗釈2-一多包容、総摂多少

 また従少向多、従多向少の2義あり

○親鸞聖人が称名について述べられる場合、3通りがある。
 1、往生成仏の因行の法・出離解脱の因法の意味
    聖道門・自力・難行道に対して、浄土門・他力・易行道のあらわす。
    この場合「称名正定業」「念仏為本」の意。
 2、信心正因称名報恩の中の称名
    この場合は、称名正因の異義に対する言葉である。
    信心正因は称名報恩であり、称名報恩は信心正因である。
    称名報恩は信心正因からの必然である。
    また「報恩」は称名に限るわけではなく、信後の三業は皆「報恩・報謝」であり、
    それを「称名」で代表させている。
    蓮如上人がすべて報謝と言われるのはこういう意味。
 3、信相続の易行という意
    信心がすがたにあらわれたものが称名。
    その意味では信心そのものと言ってもよい程。
    この場合の「易行」は易行道の易行(=無作)とは異なり、「持ち易い」という意味。
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