金色の鹿の話(ジャータカ)

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2010/12/14(火)
 昔、猟師が喧嘩をしていて、そのあげく、一方が他方に押されて川に落ちてしまい、いまにも死にそうになっていた。そこへ金色の鹿が通りかかり、身を挺してその溺れる人を救った。その後、森の中に金色の鹿がいることを知った王妃が、人々に探させたが、なかなか見つからないでいた。溺れていたところを救われた男は金色の鹿に恩を感じていたので、自分がその鹿に出会ったことを王に告げるべきか否か迷っていた。しかし、自分が溺れるということはこの世ではもうないだろうから教えてしまおう、そうすれば褒美も貰える、と打算的な心を起こす。男は王に鹿の居場所を告げ、森の中を案内して、あそこに金色の鹿がいると教えた。ところが鹿を指した途端、男の手が地に落ちた。その様子を見た王が、どうしたのかと尋ねる。男は自分が溺れていたところをその鹿に助けられたことを打ち明けた。おまえは恩知らずな男だといって、王はその男を処罰した。その金色の鹿こそ釈尊の前生の菩薩であった。
(中略)
 動物に救われた人間が恩を仇で返すということ、動物でさえ恩を忘れないのに、人間は自分を助けてくれた者の恩を忘れてしまう。そのようなことが、人間そのものに大きな問題を投げかけている。

『原始仏教から大乗仏教へ』(中村元著 春秋社)62頁より
出典は
『根本説一切有部毘奈耶破僧事』第十五巻
『仏典Ⅰ』(世界古典文学全集第六巻 筑摩書房)
『六度集経』第一巻
など

 六牙象ジャータカも同じような話ですね。
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