歎異抄第2章を読む その6

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2009/08/09(日)
歎異抄第2章を読んできましたが、一応前回までに最後まで読みましたので、まとめたいと思います。これまでの記述と重なることもあります。
まず全文を掲げます。


おのおのの十余箇国のさかひをこえて、身命をかへりみずして、たづねきたらしめたまふ御こころざし、ひとへに往生極楽のみちを問ひきかんがためなり。しかるに念仏よりほかに往生のみちをも存知し、また法文等をもしりたるらんと、こころにくくおぼしめしておはしましてはんべらんは、おほきなるあやまりなり。もししからば、南都北嶺にもゆゆしき学生たちおほく座せられて候ふなれば、かのひとにもあひたてまつりて、往生の要よくよくきかるべきなり。親鸞におきては、ただ念仏して弥陀にたすけられまゐらすべしと、よきひと(法然)の仰せをかぶりて信ずるほかに別の子細なきなり。念仏は、まことに浄土に生るるたねにてやはんべらん、また地獄におつべき業にてやはんべるらん。総じてもつて存知せざるなり。たとひ法然聖人にすかされまゐらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからず候ふ。そのゆゑは、自余の行もはげみて仏に成るべかりける身が、念仏を申して地獄にもおちて候はばこそ、すかされたてまつりてといふ後悔も候はめ。いづれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし。
弥陀の本願まことにおはしまさば、釈尊の説教虚言なるべからず。仏説まことにおはしまさば、善導の御釈虚言したまふべからず。善導の御釈まことならば、法然の仰せそらごとならんや。法然の仰せまことならば、親鸞が申すむね、またもつてむなしかるべからず候ふか。詮ずるところ、愚身の信心におきてはかくのごとし。このうへは、念仏をとりて信じたてまつらんとも、またすてんとも、面々の御はからひなりと[云々]。


歎異抄を語る時に、解説をしたり、現代語訳・意訳を試みるのも一つの方法でしょうが、やはり原文を読んで、味わうのが一番でしょう。
親鸞聖人がおっしゃったと言われる言葉ですので、「誰に」「何を」「なぜ」ということを押さえて下さい。

「誰に」は「数人の関東の門弟」です。
どのような人たちかは分かりませんが、歎異抄の著者がいたことは想像できます。
歎異抄の著者は唯円房だと言われています。
唯円は、親鸞聖人没後、本願寺3代目の覚如聖人に教えを伝えたと言われるような高弟でした。
そんな唯円のように親鸞聖人から長く聞いてきたような人が、命がけで京都まで訪ねて行ったのです。

次に「なぜ」かです。
親鸞聖人帰京後の関東に起きた惑乱が原因であることは誰もが一致するところでしょう。
問題はどんな惑乱であったかです。
当時関東では「造悪無碍」の異安心が広まっていました。
そのことは親鸞聖人御消息からもうかがわれます。
親鸞聖人はその打開のためということもあり、善鸞を関東に派遣されました。
それは親鸞聖人80歳頃と言われています。
ところがその善鸞が種々問題を起こしました。
どのようなものであったのでしょうか?
①父親である親鸞聖人から夜中に秘密の法文を授けられたと言った。
②往生するには諸善万行をしなければならないと言った。
③神に仕える者と同じことをした。
④権力者と結びついて、他の弟子たちを訴えた。
などと言われています。

もう一つ、日蓮による「念仏無間 禅天魔 真言亡国 律国賊」の四箇格言の影響も指摘されたこともあります。確かに歎異抄第2章の文中にはそれらしき記述はありますが、関東の門弟たちが命がけで京都に行ったことの理由とは考えにくいことです。
それは、
(1)唯円などの高弟が、迷うようなことではない。
(2)歎異抄第2章前半に「・・・たづねきたらしめたまふ御こころざし、ひとへに往生極楽のみちを問ひきかんがためなり。しかるに念仏よりほかに往生のみちをも存知し・・・」とあるように、関東の門弟は「往生極楽の道」を問うために来たのであって、不審の一つが「念仏以外の往生の道」があるかどうかというものであった。この文中には、日蓮の「念仏無間」に対する疑問らしいものはない。
などからです。

元に戻って、善鸞のどの主張が関東の門弟をして京都まで行かせたのか考えると、①③④は考えにくいものです。
①については、親鸞聖人ご自身の御消息で否定しておらるので、それで十分である。
③については、四箇格言と同様、唯円のような人が迷うとは考えにくい。
④については、教義上の問題ではないし、①と同様、御消息で注意しておられる。

したがって、②が最も大きい理由であったことが想像されます。
それを裏付けるのが、この後の歎異抄第2章の表現です。
[1]「南都北嶺の学者たちに聞けばいい」南都北嶺の学者たちは専修念仏を批判・弾圧した。
[2]「自余の行もはげみて仏に成るべかりける身」「いづれの行もおよびがたき身なれば」
などの表現から、この点について疑念が生じたと思われる。
[3]専修念仏を伝えられた善導大師と法然上人のお名前があげられている。

歎異抄全体を通しての大きなテーマが「本願念仏」と「善悪」です。
また、この文が“第2章”であることも重要でしょう。
総論的な第1章には「本願念仏」「善悪」ともに述べられています。
第3章は有名は悪人正機について書かれた章です。
第2章はその間に置かれています。
歎異抄を読む場合、第1章→第2章→第3章と並行して、第11章(誓名別信の異義批判)→第12章(学解往生の異義批判=聖道門批判)→第13章(専修賢善の異義批判)と読めば著者の意図が分かってくるのではないでしょうか。

そうすると、第2章に書かれていることもやはり、「本願念仏」の本質的なことについて生じた問題を軸におっしゃったと読みとるべきでしょう。
読み間違えないようにしたいものです。
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