観無量寿経 覚書 その3

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2009/08/14(金)
観無量寿経で大事なところは、「王宮会」「耆闍会」と説法が2回なされていることです。
王宮会の場合は、釈尊が韋提希夫人に説かれています。
耆闍会の場合は、阿難尊者が釈尊の代理で、耆闍崛山で釈尊のお帰りを待っていた、無量の諸天および竜・夜叉(釈尊のその他の弟子や菩薩、天人)に対して説法しておられます。

[序分 証信序]
かくのごとくわれ聞きたてまつりき。ひととき、仏、王舎城の耆闍崛山のうちにましまして、大比丘の衆千二百五十人と倶なりき。菩薩三万二千ありき。文殊師利法王子を上首とせり。
観無量寿経 註釈版聖典第二版 87頁)

[耆闍会 耆闍分]
そのときに世尊、足虚空を歩みて耆闍崛山に還りたまふ。そのときに阿難、広く大衆のために、上のごときの事を説くに、無量の諸天および竜・夜叉、仏の所説を聞きて、みな大きに歓喜し、仏を礼して退きぬ。
観無量寿経 註釈版聖典第二版 117頁)

[観無量寿経疏より]
耆闍会のなかにつきて、またその三あり。
一に「爾時世尊」より以下は、耆闍の序分を明かす。
二に「爾時阿難」より以下は、耆闍の正宗分を明かす。
三に「無量諸天」より以下は、耆闍の流通分を明かす。
上来三義の不同ありといへども、総じて耆闍分を明かしをはりぬ。
観無量寿経疏 註釈版聖典七祖篇 500頁)

菩薩の階次はいろいろ説かれていますが、『華厳経』や『菩薩瓔珞本業経』に説かれている52位の階位でいうならば、
52    仏
41~51 聖者(なお、仏も聖者です)
ーこれより下を「凡夫」というー
11~40 賢者(=内凡)
 1~10 外凡(この中に善凡夫と悪凡夫があります)
となります。

正信偈の「凡聖逆謗斉回入」の「凡」と「聖」の意味はこういうことです。

(お詫び:↓書体によって文字がずれる場合があります)
[善凡夫]
 遇大の凡夫 上輩(上品上生、上品中生、上品下生)…行福を励む人
 遇小の凡夫 中輩(中品上生、中品中生)………………戒福を励む人
            〃 (中品下生) …………………………世福を励む人
[悪凡夫]
 遇悪の凡夫 下輩 下品上生…十悪
              下品中生…出家の三罪(破戒、盗僧物、不浄説法
              下品下生…十悪・五逆

○いずれもこれらの悪を造って懺悔のない者ということです。
○三輩は観無量寿経に説かれているもので、大無量寿経の三輩ではありません。
盗僧物とは、仏教教団(サンガ)の共有財産を私物化することです。
不浄説法とは、以下のようなものをいいます。
 ・金銭を得るために法を説く
 ・見返りを期待して法を説く
 ・相手を打ち負かすために法を説く
 ・保身の為に法を説く
 ・自分は信じてもいないのに法を説く


観無量寿経の説法が2回されているということは、阿弥陀仏の救いは「汝是凡夫 心想羸劣」と言われた韋提希夫人のような「悪人」を救うことを本意とし、「善人」(聖者・賢者・善凡夫)は悪人に随伴して救われると教えられているのです。

なお、悪人正機の正機ということについては、「凡聖相対」と「善悪相対」とがあります。
正機は傍機に対します。
 凡聖相対…凡夫と聖者を比べる。凡夫が正機で聖者が傍機。
 善悪相対…善凡夫と悪凡夫と比べる。悪凡夫が正機で善凡夫が傍機。

観無量寿経では、王宮会の対機は悪凡夫の韋提希夫人、耆闍会の対機は善凡夫ということになります。

この観無量寿経の教説が「悪人正機」の教えにつながるのです。

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