歎異抄第3章「悪人正機」を読む 「善人正機」とは その1

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2009/08/18(火)
今回は「悪人正機」に対して書かれている「善人正機・悪人傍機」について考えます。

しかるを世のひとつねにいはく、「悪人なほ往生す、いかにいはんや善人をや」。この条、一旦そのいはれあるに似たれども、本願他力の意趣にそむけり。そのゆゑは、自力作善のひとは、ひとへに他力をたのむこころかけたるあひだ、弥陀の本願にあらず。

ところが世間の人は普通「悪人でさえ往生するのだから、まして善人はいうまでもない」といいます。これは一応もっともなようですが、本願他力の救いのおこころに反しています。なぜなら、自力で修めた善によって往生しようとする人は、ひとすじに本願のはたらきを信じる心が欠けているから、阿弥陀仏の本願にかなっていないのです。
(現代語版より)

世のひと」は普通「世間の人」と訳されます。
ただ、キリスト教やイスラム教などの仏教以外の宗教を信じている人は「阿弥陀仏の極楽浄土に往生する」という考えがありませんので、「善人が往生する」とか「悪人が往生する」とは言わないでしょう。
では、聖道門の人はどうかといいますと、聖道門にも「浄土思想」はありますので「往生する」と言うことはあります。
たとえば、宇治の平等院を造った藤原頼通、平泉中尊寺を造った藤原清衡等に見られるように、平安時代には臨終来迎・往生極楽を願う人々が少なくありませんでした。
平等院や中尊寺は天台宗ですが、他にも阿弥陀仏の極楽浄土への往生を願う教えはあります。
これらの人たちが重視したのが観無量寿経です。

日本における観無量寿経の註釈書の中で最古のものは、天台18代座主の慈慧大師良源(912~985)の著した「極楽浄土九品往生義」です。
これは観無量寿経のすべてを註釈したものではなく、「九品段」を解釈したものです。
また、この書は曇鸞大師や道綽禅師、善導大師のおっしゃったことは全く参照せず、天台大師智(538~597)の観無量寿経疏に依拠して書かれています。
なお、良源は源信僧都(942~1017)の師です。
良源はこの書の中で大無量寿経に説かれている阿弥陀仏の四十八願について書いています。
そして、阿弥陀仏の四十八願の中で往生の因について説かれてる第18願、第19願、第20願の三願(生因三願)について述べ、この三願の中で第19願が阿弥陀仏の本意であると説いています。
崇高な菩提心を起こし諸々の功徳を行じ、浄土へ生まれたいと願った人は、臨終に迎えに行きますよというのが第19願です。
それに対して、第18願は九品中では下品下生にあたり、念仏によって往生するが臨終来迎はなく、往生する浄土は念仏の功徳が劣ったものであるから第19願の行者の往く浄土よりも劣ったものであるとしています。
また、第20願は、大変重い悪を造った者は阿弥陀仏といえども来生に往生させることはできず、次の次の生に往生させることを誓われたものとしています。
このように天台浄土教などの聖道門内の浄土の教えでは、観無量寿経の九品往生を重要視します。
九品往生では行者がおさめる功徳に応じて往生する浄土も違ってきますので、「善人正機・悪人傍機」の考えになります。

これは法然上人や親鸞聖人が教えられたものとは根本的に異なります。
観無量寿経 覚書 その7」で書きましたが、両聖人の言葉を再度あげましょう。

問。極楽に九品の差別の候事は。阿弥陀佛のかまへたまへる事にて候やらむ
答。極楽の九品は弥陀の本願にあらず。四十八願の中になし。これは釈尊の巧言なり。善人・悪人一処にむまるといはば、悪業のものとも慢心をおこすべきがゆゑに、品位差別をあらせて、善人は上品にすすみ、悪人は下品にくだるなりと、ときたまふなり。いそぎまいりてみるべし云云
(法然上人 西方指南鈔「十一箇条問答」[親鸞聖人筆])

横超断四流といふは、横超とは、横は竪超・竪出に対す、超は迂に対し回に対するの言なり。竪超とは大乗真実の教なり。竪出とは大乗権方便の教、二乗・三乗迂回の教なり。横超とはすなはち願成就一実円満の真教、真宗これなり。また横出あり、すなはち三輩・九品、定散の教、化土・懈慢、迂回の善なり。大願清浄の報土には品位階次をいはず。一念須臾のあひだに、すみやかに疾く無上正真道を超証す。ゆゑに横超といふなり。
(教行信証信巻 横超釈 注釈版聖典254頁)

以上みてきたように「世のひと」は一応「世間の人」ではありますが、法然上人・親鸞聖人・唯円の時代を考えるならば「聖道門の教えを信じている道俗」だと思います。
そしてこれらの人たちにとっては「善人正機・悪人傍機」は当然のことだったのです。

観無量寿経 覚書 その4」で述べましたように、観無量寿経には「浄土の要門」と「別意の弘願」という全く別の教えが説かれていることを抑えておいて下さい。
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