歎異抄第3章「悪人正機」を読む 訳の難しそうなところ

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2009/08/18(火)
「現代語訳が難しい」という意味で「理解が難しい」ということではありません。

善人なほもつて往生をとぐ、いはんや悪人をや。しかるを世のひとつねにいはく、「悪人なほ往生す、いかにいはんや善人をや」。この条、一旦そのいはれあるに似たれども、本願他力の意趣にそむけり。そのゆゑは、自力作善のひとは、ひとへに他力をたのむこころかけたるあひだ、弥陀の本願にあらず。しかれども、自力のこころをひるがへして、他力をたのみたてまつれば、真実報土の往生をとぐるなり。煩悩具足のわれらは、いづれの行にても生死をはなるることあるべからざるを、あはれみたまひて願をおこしたまふ本意、悪人成仏のためなれば、他力をたのみたてまつる悪人、もつとも往生の正因なり。よつて善人だにこそ往生すれ、まして悪人はと、仰せ候ひき。

○「弥陀の本願にあらず」
ここについては、いろいろ訳されています。
・阿弥陀仏の本願にかなっていない。
・阿弥陀仏の本願に背いている。
・非本願の世界である。
・阿弥陀仏の本願の対象にはならない。
・阿弥陀仏の本願の対象ではない。
・阿弥陀仏の本願の趣旨からはずれている。
などです。
皆さんはどの訳がいいと思われますでしょうか。

多少のニュアンスの違いはありますが、これらの訳はいずれでもいいとしまして、もっと難しいのが次のところです。

○他力をたのみたてまつる悪人、もつとも往生の正因なり。
同じくいろいろな訳があります。
・他力をたのむ心が往生の正因である。
・他力をたのむ悪人が往生の正機である。
・他力をたのむ以外に悪人が往生する道はない。+他力をたのむことが往生の正因である。
・他力の信心を獲た悪人こそが、往生の正因を獲た人だ。
・他力をたのんだ悪人こそが第一に往生すべき人であり、他力をたのむ心こそ往生の正因である。
などです。
ここは上にあげた以外にも様々な訳があるでしょう。

悪人正機の教えと「信心正因」の教えを、一つの文で言われたものですので、なかなか難しいですね。
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