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2010/06/04(金)
久堀弘義師の著作から引用します。
久堀師は人間魚雷回天の特攻隊長出身だそうです。
本願寺出版社や自照社出版からの本があります。
自照社の本は梯和上との共著が多いですね。
村上速水師と同様、大江淳誠和上の薫陶を受けられたようです。

『阿弥陀仏と浄土 ――曇鸞大師にきく――』
久堀弘義著 本願寺出版社刊 昭和59年 ISBN4-89416-108-7)
失礼な言い方になってしまいますが、なかなかいい本です。

二 教材について
(3)伝統と己証
 宗祖の教義が形成されていく中で、宗祖の思考に大きな影響を与えた二つの流れがあった。七祖を上三祖と下四祖に分け、上三祖をもって「大経ずわり」といい、下四祖をもって「観経ずわり」とすることについては、かなりの異論があることも知っている。
 しかし、私は、この見方は正しいと思っているので、あえてこれに従えば、二つの流れとは、この上三祖と下四祖の流れである。曇鸞は竜樹・天親の思想を統一的に継承しているので、上三祖を代表するものと考えていい。
 又、宗祖にとての面受の師であるから、法然をもって下四祖の代表と考えられるけれども、法然自らが、「偏依善導一師」といっているのであるから、下四祖は善導に代表されるといえるだろう。
 端的にいえば、宗祖の思想が形成されるに当っては、この曇鸞の思想と善導の思想が、大きな影響を与えている。しかも、その二つの流れが、宗祖において巧に綜合されて、真宗教義が形成されていると考えられる。
 しかし、その与えた影響については、曇鸞と善導とは、いささかその趣を異にしているようである。曇鸞教義においては、後に詳述するように、「一如顕現」という一点に立ち、「阿弥陀仏」も「浄土」も、又、「信心」も「念仏」も、すべて一如に還源せしめ、その本体論的解釈をもって、その特質とする。
 これに対して、善導教義においては、「専修念仏」という一点に立ち、すべてを実践論的(行信論をも含めて)に解釈することを、その特質としている。この二つの流れが宗祖の思想に影響を与え、しかも、それが巧に宗祖によって融合されていったことに、大きな意味がある。
 すべてのものごとは、ただその現象にのみに心を奪われて、その本音を見究めることを忘れてはならない。そこに、本体論的解釈に思考を集中した曇鸞の教学が、評価される。けれども、本質を論ずる場合、それはともすれば抽象論、もしくは観念論へ傾斜していく危険性をはらんでいるようである。
 曇鸞の教学をもって、観念論といっているのではない。その教学を教学するわれわれの側のことをいっているのである。現に、『二種法身』のあの解釈を、「法性法身」にのみに捉われて、阿弥陀仏信仰を持って偶像崇拝であるなどと誇らしげにいった学者もいる。又、阿弥陀仏も浄土も信心の上に現成する世界であるなどと、観念論をまき散らした学者もいる。
 曇鸞の思考の方向においては、全く考えられないことが、それを教学する側に結果として出てくることを思うとき、本体論的解釈の持つ危険性は、充分意識しておくべきである。
 ともあれ、この曇鸞の本体論的解釈は、もろに宗祖の中に受けつがれていった。このことは、やがて明らかになる筈であるが、しかし、ただそれだけであるならば、宗祖は思想家としての親鸞ではあっても、宗教家としての親鸞ではあり得なかったにちがいない。
 宗祖が宗祖たり得たのは、曇鸞を受けつぐとともに、法然との出あいを通して、善導との出あいを果たしたからである。単なる思想としての浄土教ではなくて、専修念仏というひたすらなる実践において、万人の救いを成立せしめるという浄土教が、善導によって開かれていた。
 法然を通して、この善導教学を受け容れた宗祖は、曇鸞の教学における本体論的解釈の持つ観念論への傾斜を、見事に克服し、浄土真実の教えを開顕していったのである。
 曇鸞の「一如顕現」に立つ本体論的な解釈と、善導の「専修念仏」に立つ実践論的な解釈が、宗祖において巧に統一されて、浄土真宗が開かれているのであるから、私たちは教えを説き、法を伝えんとするとき、宗祖教義におけるこの特質を、先ず確実に押さえておくべきである。
(中略)
 今、私たちにとって、必要なことは、現代人に向かって、胸を張って阿弥陀仏を説き、浄土往生を説くことのできる自信を回復することである。そのためにこそ、先に述べた宗祖教義の原点に帰らねばならない。それは又、曇鸞・善導の教学に帰ることであろう。
 両者は中国における、又、千年から千三百年以前の思想である。それでいて、現在なお私たちに、新鮮さと躍動感をもってせまってくるのを覚える。『往生論註』と『観経四帖疏』は、現代の書であり、現代の思想であり、現代の宗教である。両書から与えられる深い宗教的感動にゆり動かされた宗祖は、『高僧和讃』曇鸞讃に三十四首、善導讃に二十六首、その感動をうたいあげている。
 私たちは、この宗祖と感動を共にしたとき、初めて自信をもって教えを説くことができるだろう。阿弥陀仏不在、浄土不在の伝道から脱却すること、信心・念仏の原理的立場を回復することは、何をおいても今、伝道者としての私にとって最も必要なことではないか。

タグ : 久堀弘義 曇鸞大師 善導大師

2010/05/21(金)
本日5月21日は西本願寺、専修寺、錦織寺などでは「降誕会」ですね。
ちなみに西本願寺、専修寺、錦織寺などでは「報恩講」は1月16日です。

親鸞聖人の御生誕になられたのが5月21日で、御遷化になられたのが11月28日と教えているところがありますけど、どういうことなのでしょか。

このことについては以前にも書きました。

幾たびか お手間かかりし 菊の花(加賀の千代女

ついでに…
同じ石川県白山市の人に暁烏敏氏がいますが、暁烏氏の歌碑が自坊の明達寺にあります。

十億の人に 十億の母あれど

 わが母に まさる母あらめやも


タグ : 降誕会 報恩講 加賀の千代女 暁烏敏

2010/03/24(水)
『親鸞聖人と建学の精神』p8~(永田文昌堂 林 智康著)より

 そして『往生礼讃』の文では、親鸞聖人は「信巻」と「化身土巻」の二箇所に引かれていますが、「仏世はなはだ値ひがたし。人、信慧あること難し。たまたま希有の法を聞くこと、これまたもつとも難しとす。みづから信じ、人を教へて信ぜしむること、難きがなかにうたたまた難し。大悲弘くあまねく化する。まことに仏恩を報ずるになる」と。 この『往生礼讃』の言葉は「自信教人信 難中転更難 大悲伝普化 真成報仏恩」というのが、元々の言葉ですが、親鸞聖人は「信巻」と「化身土巻」のどちらにも直接、善導大師の『往生礼讃』を引かれていません。智昇大師の『集諸経礼懺儀』という『往生礼讃』等を集めた書をですね、そのお言葉の方を間接的に引かれておられます。「大悲伝へてあまねく化する」という言葉をですね、「大悲弘くあまねく化する」となっております。たった一字であります。「大悲普化」、伝えるという言葉を「大悲普化」、弘くという言葉に変えてあります。ここはどうしてこんなふうに親鸞聖人は直接『往生礼讃』を引かないで、智昇大師の『集諸経礼懺儀』を引かれたのでしょうか。いろいろな先生方の本を読ませていただいたり、私なりに考えさせていただきました。

 善導大師はやはり、自らが伝えていくという立場に立っておられますね。いわゆる、「みづから信じ、人を教へて信ぜしむること、難きがなかにうたたまた難し」と、これほどまた難しいことはありません。自ら浄土真宗のみ教えを信じる、そしてそれを他の人々に伝えていくということは大変に難しいことです。そして、大悲を伝えてあまねく化する、すなわちあらゆる人々を救うことは仏恩を報ずることになるんだ。これは素晴らしいことです。しかし親鸞聖人はですね、皆さんご存知のように「煩悩具足の凡夫」、「罪悪深重の凡夫」、「無慚無愧のこの身にて」と、いわゆる「機の深信」と言いまして、私たちのありのままの姿を赤裸々に表現されて、とても自分が人々を救うような力を持った者ではない。自らの力では人々を迷いの世界から救うことはできない。しかし私を通して大悲が弘くあまねく化するのである。元々「大悲が弘くあまねく化する」と読むんでしょうけれども、親鸞聖人はそこを「大悲が弘くあまねく化していく」と、如来の大悲がすなわち自ずから人々を救っていく。このように読み替えられたのではないかと思います。
(以下略)

引用は以上です。

林先生とは電話でお話ししたことがあります。
といいましても、去年私が龍谷大学の『真宗学』のバックナンバーを注文した時に、あまり遅いのでメールで催促したら、直接責任者の林先生が電話をかけてこられただけなんですけど。
申し訳のないことでした。
ちゃんと『歎異抄講讃』等を読ませていただいていますとは言いました。

タグ : 林智康 善導大師 自信教人信

2010/03/22(月)
探求社の『無量寿経ガイド』『阿弥陀経ガイド』『正信偈ガイド』は持っていたのですが、『観無量寿経ガイド』が絶版になっていました。
普通の通販では取り扱っていないし、近くに古本屋はないし、西本願寺のブックセンターにも置いてありません。
それでも手に入れたいと、山口別院に電話したら数冊残っていましたので、早速注文しました。
なんだ、はじめからこうすればよかったんだと思いましたが、とにかく買うことができました。
無理だと思っていても、別の切り口を探し出せば解決できることもあるものです。
その解決策も案外近くにあって見落としているのです。

タグ : 探究社

2010/02/23(火)
「法の深信」とは、「助かるに間違いなし」と阿弥陀仏の本願(法)に疑い晴れたことである。
と言う人がいます。
これが間違いなのです。
もし、こういう言い方をどうしてもしたいのならば、
助けるに間違いなし」
と書くべきなんですね。

助かるか助からないかを問題にする人がいます。
助かるか助からないかはこっちのことなのです。
「仏かねてしろしめして」おられるのです。
疑い無く助ける法を聞くのです。

ひっくり返っているのです。

タグ : 二種深信

2010/02/17(水)
歎異抄をひらく』は「永正本」をもとにしたと書かれていますが、『歎異抄をひらく』の「原文」と「永正本」にはいくつかの違いがありますので、気が付いたいくつかを指摘します。
(網羅しているわけではありません)

表記方法は
 左側:『歎異抄をひらく』の原文←右側:永正本の記述
とします。

漢字・仮名の違い、仮名遣いについては無視します。
また送り仮名も多少の違いは省略します。(例:「乱るる」と「乱る」など)
ただし、永正本に漢字で書かれているものと違った漢字が使われている場合は記します。

★印は、永正本どころか他の主だった古写本にも、『歎異抄をひらく』の「原文」のような記述がないものです。
歎異抄をひらく』独自の「原文」と思われます。
原文が違っていたら、解説にならないでしょう。
これでは「どちらが異端か」以前の問題です。


☆印は、比較的新しい写本(慧空本)や法要本、東本願寺仮名聖教にあって、永正本にはないものです。

中には意味が変わる場合もありますので、注意が必要です。

【序】
自見の覚←自見の覚

【第一章】
善なきゆえ←善なきゆえ

【第二章】
こころにくくおぼしめして~はんべら←こころにくくおぼしめして~はんべらんは
かのひとびとにも←かのひとにも☆
地獄におつべき←地獄におつべき★
自余の行←自余の行
愚身←愚身

【第三章】
生死をはなるることあるべからざるを←生死をはなるることあるべから

【第五章】
父母の孝養のためとて念仏一辺にても←父母の孝養のためとて一辺にても念仏☆(←★から☆に修正)

【第九章】
他力の悲願はかくのごときのわれら←他力の悲願はかくのごと われら☆

【別序】
聖人のおおせにあらざる←上人のおおせにあらざる

【後序】
ひとのくちをふさぎ相論をたたんために←ひとのくちをふさぎ相論のたゝかひかたんがために
故親鸞聖人のおおせごと←古親鸞のおおせごと

【流罪記録】
←幡
房←浄
←奏

修正
1.最初にあげたものに誤字・脱字がありましたので、少し修正しました。
  本質的には変わっておりません。

2.「総じて」・「惣じて」については、本によってかなり相異・混乱がありますので削除しました。

3.第五章については、調べた結果、東本願寺の仮名聖教(江戸時代の版本)の一種にこのような記述がありました。しかし、今日のほとんどの歎異抄解説書では、古写本にない「念仏一辺にても」は採用していません。

タグ : 歎異抄をひらく 歎異抄

2010/01/27(水)
教義・安心のことではないですが……
親鸞会発行の『顕真』平成22年1月号の13頁に、信行両座の諍論について書かれている箇所に
「蓮生房は、源氏の一方の旗頭であった豪傑でしたが、信後、一体何をしていたのか。信空も、全く記録がありません」
とあります。

ウソばっかりです。

ウィキペディアの「信空 (浄土宗)」の項やことばんくの「信空」の項や、浄土宗のHPの「法蓮房信空」の項を読まれてもいいですが、『法然上人行状絵図』第43条には、次のように書かれています。
(なお、この本には法蓮房信空に関する記述はたくさんあります)

 白川の法蓮房信空(又号称弁)は、中納言顕時の孫、左大弁行隆朝臣の長男也。かの朝臣の室懐妊の時、父中納言顕時卿申されけるは、「汝が妻室のうめらんところ、もし男子ならば、かならず我養子とすべし」と、かの室家つきみちて、久安二年に男子を生ず。中納言これをよろこびて、乳母に酒肉五辛を禁ぜしめて、養い育てらる。
 保元二年十二歳のとし、墨染の布の衣・袈裟を、くるまのなかにいれて、黒谷の叡空上人にをくりつかわす状云、「面謁の時令申候、小童登山候、剃髪して、この法衣を着け、名利の学道をへずして、速かに出離の要道を授けたまえ」。仍登山の翌日に出家して、薫修功つもりにければ、道徳三塔にきこえ、名誉九重にをよぶ。二条院ことに御帰依をあつくしましましけり。
 叡空上人入滅の後は、源空上人に奉事して、大乗円戒を相承し、又浄土の経門をならひ、念仏を修して、まのあたり白毫を拝す。このひじり、毘沙門堂の法印明禅に対面のことありけるに、法印たづね申さるること、内外典にわたりて、いづれも分明にこたへ申されければ、所学の程ゆかしくおぼえて、「いかなる明師達にか、あひ給へりし」ととひ申されけるに、「幼稚のむかしより、たゞ法然上人の教訓をかうぶれるほか、きけるところなき」よし申されけり。
 「このひとの才学の程をおもふに、師範上人の恵解の分おもひやられて、いみじくおぼえ侍し」と、法印のちにかたられけるとなむ。さればにや、法印但馬宮へ進ぜられける状にも、「このひじりの事をば、内外博通し、智行兼備せり。念仏宗の先達、傍若無人といふべし」とぞ、のせられて侍る。行年八十三、安貞二年九月九日、九条の袈裟をかけ、頭北面西にして、上人の遺骨をむねにをき、名号をとなへ、ねぶるがごとくして、往生をとげられにけり。

〔語句の説明〕
道徳………仏道のほまれ
恵解………知恵をもって物の道理を了解する
内外博通…内典・外典にわたって広く知る
傍若無人…肩を並べる人がいない

どうせ調べる人は誰もいないだろうと、読者を馬鹿にして、自分に都合が悪いとウソをついてごまかすことは、この顕真の編集者にとっては善のようです。

タグ : 信空

2010/01/26(火)
 第十八願十方衆生第十九願第二十願十方衆生は異なるということを、エントリー“生因三願の「十方衆生」についての考察”にて、述べましたが、まだ分かっていない人がおられるようですので、『真宗大辞典』(永田文昌堂)の「十方衆生」の項の説明を引きます。

 四十八願中の第十八・第十九・第二十の三願には十方衆生とある。十方世界に棲息する無数の生類を総称して十方衆生という。即ち人類・天衆・禽獣・虫・魚等を総括してかく呼んだのである。第十九・第二十の両願には共に十方衆生とあって、広く一切衆生を救わんと譬える如くなれども、立願の精神を究れば、第十九願は修諸功徳に堪えて至心に発願し往生せんと願う者に限り、第二十願は植諸徳本に堪えて至心に回向し願生する者に限る故に、漏らす所多々あれども、第十八願は十方衆生智愚善悪を問わず修行の堪不を論ぜず、皆ひとしく全く仏力にて救わんとする誓願なるが故に、一の衆生として漏るることがない。そこで第十八願の十方衆生の言は一衆生をも漏らすことなくその意が至極広いが、第十九・第二十の十方衆生の語は漏らす所多きが故に、その意は狭いとする。


 引用は以上です。
 さらに、別の言い方をしましょう。

 第十八願には「唯除五逆誹謗正法」とあります。これは「抑止門(抑止文)」の意と言われていますが、抑止する必要があるからこのように言われているのです。
 もし、第十八・第十九・第二十の三願の十方衆生が同じ意味ならば、三願ともに「唯除五逆誹謗正法」となければならないのです。ところが、第十九願第二十願にはありません。必要が無いからです。
 『真宗大辞典』の「第十九願は修諸功徳に堪えて至心に発願し往生せんと願う者に限り、第二十願は植諸徳本に堪えて至心に回向し願生する者に限る」というのが、このことを表わします。

タグ : 第十八願 第十九願 第二十願 十方衆生 真宗大辞典 生因三願

2010/01/19(火)
「君達は何もわかっていないのだ」
とよく言う人がいます。
 通常こう聞くと、そう言った本人は
「私はわかっている」
または「私は少しはわかっている」
または「私は全てわかっている」
ということを暗に示しているものと受け取ります。
 この場合、何について「わかっている」のか「わかっていない」のかが問題なのですが、「君達は何もわかっていないのだ」と言われると、字(言葉)の通り「何もわかっていない」と思ってしまうようです。
 しかし、よく考えると、「君達は何もわかっていない」と言っている人は、実は、法律のことも医学のことも建築のことも教育のことも経営のことも料理のことも漢字の書き順も「何もわかっていない」のです。そして「君達は何もわかっていない」と言われている人達の方が、「わかっている」ことが多いのです。

 では「君達は何もわかっていないのだ」という言葉は間違いなのかというと、そうではないのです。これが仏教のことについて言っているという前提で話をしているならば、正しいのです。
 しかし、一番最初に戻りまして、「君達は何もわかっていないのだ」と言った本人は、
「わかっている」のか
または「少しはわかっている」のか
または「全てわかっている」のか
といいますと、実は、やはり「何もわかっていない」のです。

 では阿弥陀仏に救われたと人とそうでない人と同じなのかと言いますと、一つだけ違うのです。
それが
「ただ念仏(南無阿弥陀仏)のみぞまこと」
なのです。

 たぶん「君達は何もわかっていないのだ」という言葉は、「迷情の四句は四句皆非なり 悟情の四句は四句皆是なり」という有名な仏教の言葉を現代風にアレンジして使っているのではないかと思います。
 この「迷情四句四句皆非 悟情四句四句皆是」という言葉は慈恩大師基(基というのが名前です)の書いた、『大乗法苑義林章』という書物に出ています。慈恩大師基は西遊記でも有名な玄奘三蔵の一番弟子で、法相宗を開いた人です。法相宗というのは簡単にいえば、唯識学を勉強する宗派です。
 もちろん「迷情四句四句皆非 悟情四句四句皆是」が、間違いだと言っているのではありません。これは正しいです。この場合「迷」「悟」というのは「凡夫」「仏さま」ということです。四句というのは自・他・共・離(無因)ということですが、私は専門ではありませんので、説明は省きます。
 この言葉は(特に「迷情四句四句皆非」は)、浄土真宗の学者の人達も使っていますので、それはそれでいいです。

 しかし、「迷情四句四句皆非」を「君達は何もわかっていないのだ」と言い換えて、まるで「水戸黄門の印篭」や「遠山の金さんの桜吹雪」や「暴れん坊将軍の顔のアップ」のように、相手を黙らせるために使ってはいけないと思います。

 ではどういうべきなのかといいますと、あくまでも一例ですが、
「君達は何もわかっていないのだ。そう言っている私も何もわかっていないのだ。ただ念仏だけがまことだと知らされるではないか」
と言ってもらいたいと思います。

 親鸞聖人のお言葉を聞かせていただきましょう。

「親鸞におきては、ただ念仏して弥陀にたすけられまゐらすべしと、よきひと(法然)の仰せをかぶりて信ずるほかに別の子細なきなり。念仏は、まことに浄土に生るるたねにてやはんべらん、また地獄におつべき業にてやはんべるらん。総じてもつて存知せざるなり。たとひ法然聖人にすかされまゐらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからず候ふ。そのゆゑは、自余の行もはげみて仏に成るべかりける身が、念仏を申して地獄にもおちて候はばこそ、すかされたてまつりてといふ後悔も候はめ。いづれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし。」(歎異抄第2章)

「善悪のふたつ、総じてもつて存知せざるなり。そのゆゑは、如来の御こころに善しとおぼしめすほどにしりとほしたらばこそ、善きをしりたるにてもあらめ、如来の悪しとおぼしめすほどにしりとほしたらばこそ、悪しさをしりたるにてもあらめど、煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろづのこと、みなもつてそらごとたはごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておはします」(歎異抄後序)

※歎異抄第2章についての説明は「用管窺天記」の「歎異抄の仮定法」中の梯和上の文をお読み下さい。
2010/01/18(月)
 法友のhiromiさんや皆友さんが『蓮如の手紙』(国書刊行会 浅井成海監修)を読んでおられると聞きましたので、私も少し目を通しました。
 帖内・帖外のすべての御文章を現代語訳にされたものでなかなかのものです。
 ただ、読む際に気をつけなけらばならないところを、とりあえず一つ指摘しておきたいと思います。

【原文】
 このゆゑに、南無と帰命する機と阿弥陀仏のたすけまします法とが一体なるところをさして、機法一体の南無阿弥陀仏とは申すなり。(御文章四帖目第八通 八カ条 最後の一カ条の後半)

【『蓮如の手紙』p121】
 このゆえに、南無とお従いするわたくしどもの「機(救われる側の信心)」と、阿弥陀仏のおたすけくださる「法(阿弥陀仏の本願)」とが一つとなるところをさして、「機法一体の南無阿弥陀仏(救われる側の信心と、その者を救う阿弥陀仏の本願のはたらきとが一つであるところの南無阿弥陀仏)」といいます。

【私の指摘・補足】
 上の文章の「一つとなる」という箇所が間違いです。
 その後のフレーズの中では、きちんと「一つである」と書かれています。
 「一つとなる」と「一つである」とは全く違います。
 原文は「一体なる」であり「一体になる」ではありません。「一体である」という意味なのです。
 難しい言葉でいえば「一つとなる」だと「転成一体」であり、「一つである」は「本来一体」です。
 蓮如上人が機法一体とおっしゃるのは「本来一体」ですので、あとのフレーズが正しいのです。

 このように、「タノム」「タスケタマヘ」「タスケタマヘトタノム」「タノムタスケタマヘ」や「機法一体」についての箇所は注意して読んでください。
 理由
 ・タノム等は現代と意味が異なる。
 ・機法一体はいろいろな意味がある。

タグ : 御文章 機法一体

2010/01/15(金)
五十嵐大策師の論文から引用します。
特に、源左さんや才市さんの言葉に注目されるといいでしょう。

『蓮如への誤解の誤解』所収の論文
 蓮如教学と『安心論題』 (五十嵐大策師述)より

 周知の如く、むかし西本願寺の教団で三業惑乱(一七九七-一八〇六)が起こりました。本如上人の『御裁断申明書』『御裁断御書』(以上の二消息は、『原典版』『註釈版』所収)に示されてあります様に、希願請求の義はあやまりで無疑信順の義が正しいと説かれております。この事は、大衆伝道の場でも大きな影響をおよぼしました。日常親しんでおります『領解文』の「たのむ一念のとき」や『御文章』にたくさん出てきます“タノムタスケタマヘ”の領解が、こちらからの三業によるタノムの義なのか、あるいは本願招喚の勅命に信順し許諾(きょたくとも読む。先方の弥陀の救いを許し承諾するの意)するの義なのかに、ともするとわかれる事になるからであります。その点、妙好人の中に「こっちがたのむのぢゃござんせえで」(源左)、「三業は人(私註自力)の安心」(才市)等と言って、信楽帰命、無疑信順の領解が示してあります。



また、才市さんの言葉もつけ加えておきます。

「胸にさかせた信の花、弥陀にとられて今ははや、信心らしいものはさらになし、自力というても苦にゃならぬ、他力というてもわかりゃせぬ、親が知っていれば楽なものよ。」

「弥陀にとられて」というのが「弥陀をたのむ」ということです。

タグ : 五十嵐大策 タノムタスケタマヘ 妙好人 才市

2010/01/13(水)
さて、これまで「タノムタスケタマヘ」について何回かにわたって、書いてきましたが、まとめたいと思います。

【タノムについて】
基本:「タノム」は請求ではなく、許諾である

1.蓮如上人が『御文章』等に使われている「タノム」は「お願いする」という意味ではない。蓮如上人時代には一般でも「タノム」は「お願いする」という意味では使われていない。

2.では「タノム」は「あてにする」という意味なのかというと、『御文章』に133カ所ある「タノム」のうち、「あてにする」という意味の「タノム」は5カ所であり、それ以外は「よりたのむ(憑託)」「よりかかる」という意味である。別の言葉で言えば、「おまかせする」ということである。
 「あてにする」という意味の「タノム」は、たとえば「かねてたのみおきつる妻子も財宝も」の「タノム」である。ここの「たのむ」を「あてにする」に換えても、「かねてあてにしてきた妻子も財宝も」となり、意味は変わらないが、「おまかせする」に入れ換えると、「かねておまかせしてきた妻子も財宝も」となり、意味が通じない。
 つまり「あてにする」と「おまかせする」では意味が異なる。

3.ところが「おまかせする」といっても、「私がおまかせする」ということになると自力になるが、そういう意味ではない。つまり、「おまかせする」という行為ではなく、「おまかせしている」状態である。

4.「タノム」は南無・帰命の和訓であり、自力ではない。帰命とは「恭順教命」「帰順教命(勅命)」であり、「信順二尊意」である。

5.「タノム」は阿弥陀仏に摂取せられていることをいう。

【タスケタマヘについて】
基本:「タスケタマヘ」は「タノム」と同義である

1.「タスケタマヘ」とだけ聞くと「助けてください」という意味にとるかもしれないが、これは間違い。

2.『御文章』に29カ所ある「タスケタマヘ」はすべて「タノム」と同じ意味で、阿弥陀仏の先手の勅命に対する許諾の意味である。

3.信順無疑の意味である。

タノムタスケタマヘ
基本:同じ意味の言葉をつづけて言われたもの

【タスケタマヘとタノム】
基本:同じ意味の言葉を「と」でつなげて言われたもの

補足:『領解文』(『改悔文』)の「御たすけ候へとたのみまうして候ふ」も同じ意味である。

タグ : タノムタスケタマヘ

2010/01/10(日)
『やさしい 安心論題の話』(灘本愛慈著)⑾所帰人法 より
 真宗にあっては、その所帰・所信は仏体でも名号でも示されていることは、すでにうかがった通りであります。それならば、仏体を所帰とする場合の帰命には、仏の仰せを受けて、私の方から仏に向かってお助けくださいとお願いする心相がある、という領解は正しいのでしょうか。
 このような領解を「雨だれ安心」だというのを聞いたことがあります。雨だれは上から落ちてきて、地面に当たってはね返ります。「必ず助けるぞよ」という如来のおよび声を受けて、「それではどうかお助けくださいませ」と、如来に向かってお願いするというのは、ちょうど雨だれの「はね返り」に似ているということでしょう。
 このような領解は誤っています。願いを求めるということは、まだ現に得ていない将来のこと(往生成仏の果)についていわれるもので、それは欲生・願生の意味であります。いま現に与えられている仏の勅命に対しては、仰せの通り信受して喜ばせていただくほかはありません。その心相を示すのが帰命であります。
 たとえば、空腹のとき、眼の前に食事を出されて、「さあ、おあがりなさい」といわれたならば、「有難うございます」と喜んで頂戴するばかりであります。その場合、「それでは、どうか食事をだしてくださいますようお願いします」という応答のしかたはありません。
 このことは、⑶「信願交際」における信と願との関係、⑽「タノム・タスケタマヘ」における「たのむ」と「ねがう」との相異について、すでにうかがった通りであります。
 宗祖は『尊号真像銘文』に、『浄土論』の「帰命……願生安楽国」を解釈されて(真聖全二―五六四)、

「帰命」ともうすは、如来の勅命にしたがいたてまつるなり。……
「願生安楽国」というは、世親菩薩、かの无㝵光仏の願行を信じて(信楽・帰命)、安楽国に生まれんとねがいたまえるなり。(欲生・願生)。

と示され、同じく『銘文』に『玄義分』の六字釈の「即是帰命」と「亦是発願廻向之義」を解釈されるところ(真聖全二―五六七)にも、右と同様の解釈が示されています。
 以上の通り、帰命は仏勅に信順する心相を示すものであって、名号を信楽する心相と全く変わるところはありません。したがって、仏体を所帰とする場合の帰命には、私の方から仏の方に向かってお願いする心相があるという説は、誤りであるといわねばなりません。

[くさい補足]
 「http://labo.wikidharma.org/」からのコピペではないかと思われ人もあるかもしれませんが、「http://labo.wikidharma.org/」の『やさしい 安心論題の話』灘本愛慈著)の25論題中、⑵「三心一心」⑸「二種深信」⒁「五重義相」以外の22論題は、私が入力したものですから、手を抜いているわけではありません。
 なお、この本の著作権は切れてはいませんので、その点はお忘れにならないようお願いします。
 できれば、購入されたらよろしいかと思います。
 【ISBN】978-4-89416-413-0 【定価】\1,050(本体\1,000+税)
 です。

タグ : 灘本愛慈 安心論題 所帰人法

2010/01/09(土)
【蓮如上人 『御文章』】
〈4帖目第14通 一流安心〉
一流安心の体といふ事。
 南無阿弥陀仏の六字のすがたなりとしるべし。この六字を善導大師釈していはく、「言南無者即是帰命 亦是発願回向之義 言阿弥陀仏者即是其行 以斯義故必得往生」(玄義分)といへり。まづ「南無」といふ二字は、すなはち帰命といふこころなり。「帰命」といふは、衆生の阿弥陀仏後生たすけたまへとたのみたてまつるこころなり。また「発願回向」といふは、たのむところの衆生を摂取してすくひたまふこころなり。これすなはちやがて「阿弥陀仏」の四字のこころなり。
さればわれらごときの愚痴闇鈍の衆生は、なにとこころをもち、また弥陀をばなにとたのむべきぞといふに、もろもろの雑行をすてて、一向一心に後生たすけたまへと弥陀をたのめば、決定極楽に往生すべきこと、さらにその疑あるべからず。このゆゑに南無の二字は衆生の弥陀をたのむ機のかたなり。また阿弥陀仏の四字はたのむ衆生をたすけたまふかたの法なるがゆゑに、これすなはち機法一体の南無阿弥陀仏と申すこころなり。この道理あるがゆゑに、われら一切衆生の往生の体は南無阿弥陀仏ときこえたり。
註釈版聖典 1186頁

〈4帖目第8通 八か条〉
当流の信心決定すといふ体は、すなはち南無阿弥陀仏の六字のすがたとこころうべきなり。すでに善導釈していはく、「言南無者即是帰命 亦是発願回向之義 言阿弥陀仏者即是其行」(玄義分)といへり。「南無」と衆生が弥陀に帰命すれば、阿弥陀仏のその衆生をよくしろしめして、万善万行恒沙の功徳をさづけたまふなり。このこころすなはち「阿弥陀仏即是其行」といふこころなり。このゆゑに、南無と帰命する機と阿弥陀仏のたすけまします法とが一体なるところをさして、機法一体の南無阿弥陀仏とは申すなり。かるがゆゑに、阿弥陀仏の、むかし法蔵比丘たりしとき、「衆生仏に成らずはわれも正覚ならじ」と誓ひましますとき、その正覚すでに成じたまひしすがたこそ、いまの南無阿弥陀仏なりとこころうべし。これすなはちわれらが往生の定まりたる証拠なり。されば他力の信心獲得すといふも、ただこの六字のこころなりと落居すべきものなり。
註釈版聖典 1179頁

[補足]
 4帖目第14通は、二字四字分釈による機法一体のご文です。
 4帖目第8通は、青字が六字皆機の釈、ボールド体が二字四字分釈、赤字が六字皆法の釈です。
 大事なことは「衆生の阿弥陀仏後生たすけたまへとたのみたてまつるこころ」は「南無」であり、阿弥陀仏から与えられるということです。

善導大師『散善義』 『教行証文類』信文類の引文より】
白道=機=信心という説明
〈中間の白道四五寸〉といふは、すなはち衆生の貪瞋煩悩のなかに、よく清浄願往生の心を生ぜしむるに喩ふ。いまし貪瞋強きによるがゆゑに、すなはち水火のごとしと喩ふ。善心、微なるがゆゑに、白道のごとしと喩ふ。
註釈版聖典 225頁

白道=法=願力という説明
〈西の岸の上に人ありて喚ばふ〉といふは、すなはち弥陀の願意に喩ふ。〈須臾に西の岸に到りて善友あひ見て喜ぶ〉といふは、すなはち衆生久しく生死に沈みて、曠劫より輪廻し、迷倒してみづから纏ひて、解脱するに由なし。仰いで釈迦発遣して、指へて西方に向かへたまふことを蒙り、また弥陀の悲心招喚したまふによつて、いま二尊の意に信順して、水火の二河を顧みず、念々に遺るることなく、かの願力の道に乗じて、捨命以後かの国に生ずることを得て、仏とあひ見て慶喜すること、なんぞ極まらんと喩ふるなり。
註釈版聖典 226頁

[補足]
 二河白道の譬の「白道」は、信心であり、また願力であるということです。
 つまり機法一体なのです。
 この一体という意味は、二つのものが一つになるという一体ではなくて、本来一体であるということです。
 間違えないようにしましょう。

 また、「二尊の意に信順」が「タスケタマヘトタノム」に当たります。

タグ : 機法一体 御文章 善導大師 二河白道

2010/01/05(火)
 本派には安心論題というものがあり、その中に「タノム・タスケタマヘ」という論題があります。
安心論題についての本は、以前紹介しましたように、
『新編 安心論題綱要』(勧学寮編)
安心論題を学ぶ』(内藤知康著)
『やさしい安心論題』(灘本愛慈著)
『講座 真宗の安心論題』(桐溪順忍著)

の4冊を持っております。
著者・編者はいずれも勧学さん方なのですが、今一つ分かりにくいです。
(間違っていると文句を言っているのではなくて、もう少し説明してほしいと思うということです)
論題そのものが難しいといえば難しいのですが・・・

そこで、今日は加茂師の著作から引用します。

『親鸞の世界 ―信の領解―』(加茂仰順師)より

 御一代記聞書に「信心・安心といへば、愚痴のものは文字もしらぬなり。信心・安心などいへば、別のやうにも思ふなり。ただ凡夫の仏に成ることををしふべし。後生たすけたまへと弥陀をたのめといふべし。なにたる愚痴の衆生なりとも、聞きて信をとるべし。」とあって、蓮師御再興の功勲は全く当流安心の一義を、「後生たすけたまへと弥陀をたのむ」ことであると示されることにあります。だから真宗安心をあらわす言葉として大切なものと言い得ます。ところが、この言葉の解釈に本如上人の時代に異説が出て、遂に三業惑乱を来すことになりました。それ以来この教語の研究が安心研究の中心になってまいりました。
 御一代記聞書に「聖人(親鸞)の御流はたのむ一念のところ肝要なり。ゆゑに、たのむといふことをば代々あそばしおかれ候へども、くはしくなにとたのめといふことをしらざりき。しかれば、前々住上人の御代に、御文を御作り候ひて、「雑行をすてて、後生たすけたまへと一心に弥陀をたのめ」と、あきらかにしらせら れ候ふ。しかれば、御再興の上人にてましますものなり。」とあります。
 タノムの語は、御文章の中に133カ所出ています。しかもこの語は横川法語に源して、法然上人や宗祖の釈文にも見えています。
 タノムの漢字は、恃、怙、憑、頼などがありますが、今は帰命と信とが真宗教義をあらわすにふさわしいものです。帰を「たのむ」という例は、行巻、真仏土巻、和讃等にあり、御文章(2帖目第7通)に「その正行に帰するといふは、なにのやうもなく弥陀如来を一心一向にたのみたてまつる理ばかりなり。」とあるのがそれです。
 また、信の字を「タノム」と訓ずるのは、疑惑讃に「不思議の仏智をたのまねば」或は「仏智不思議をたのむべし」とあり、また、唯信鈔文意にも同じようなお示しがあります。御文章(5帖目第6通)には「一念に弥陀をたのみたてまつる行者には、無上大利の功徳をあたへたまふこころを、『和讃』(正像末和讃・三一)に聖人(親鸞)のいはく、「五濁悪世の有情の 選択本願信ずれば」等とあります。
 この故に、「たのむ」とは帰命のことであり、信のことです。だから本願の勅命に帰順乗託することを名づけて、あてたよりにする心に名づけるのであって、祈願や請求ではありません。
 「たすけたまへ」は、御文章の中で25章、29カ所に亘って示されています。
 文法の上から言えば、命令の語です。この語は相手によって請求とも、許諾ともなります。真宗の信は、名号聞信の信心歓喜であります。即ち、「一心正念直来、我能護汝」という先手の勅命に向かって、「たすけたまへ」と言うのでありますから、許諾の意です。
 要するに、「後生たすけたまへとたのむ」という意味は、必ず助けんの勅命に向かって御意の如くお助け下さいと信順するのみであります。だから、御裁断の御書には「ただこれ大悲の勅命に信順する心なり」と、はっきりお示し下されてあるのです。
 殊に蓮師の上で、「疑いなく信ずる」となされる文証は、「阿弥陀如来たすけたまへとふかく心に疑なく信じて」(御文章5帖目第4通)とあるのがそれであります。


引用は以上

何だ同じではないかと思わずに、
タノムの漢字は、恃、怙、憑、頼などがありますが、今は帰命と信とが真宗教義をあらわすにふさわしいものです。(中略)この故に、「たのむ」とは帰命のことであり、信のことです。だから本願の勅命に帰順乗託することを名づけて、あてたよりにする心に名づけるのであって、祈願や請求ではありません。

先手の勅命に向かって、「たすけたまへ」と言うのでありますから、許諾の意です。

「後生たすけたまへとたのむ」という意味は、必ず助けんの勅命に向かって御意の如くお助け下さいと信順するのみであります。
のところが大切ですので、分かって頂きたいと思います。

更に言うと、
だから本願の勅命に帰順乗託することを名づけて、あてたよりにする心に名づけるのであって、祈願や請求ではありません。

あてたよりにする心に名づけるのであって
の表現がおもしろいと思います。

つまり、ここを
だから本願の勅命に帰順乗託すること・あてたよりにすることであって、祈願や請求ではありません。
とは書いておられないということです。

この違いは分かられますでしょうか。

タグ : 安心論題 加茂仰順 タノムタスケタマヘ

2010/01/01(金)
 このブログを作ったのが昨年の1月5日でした。
 当初は「僕はここにいる」というメッセージであり、「21世紀の浄土真宗を考える会」の設立準備のためのブログの予定でした。
 つまり、ここで教義について述べるはずでは無かったのですが、要請によって7月末からその時その時に「重要だ」と思うことを書き連ねました。系統的になっているわけでもありませんし、うまく説明できなかったところも多々あったかと思います。
 今年は、ホームページを作りたいと思いますし、平行してブログでも少しずつ書いていきたいと考えています。

 それにしても昨年はすばらしい年であったと思います。そして今年はもっとすばらしい年にしたいと、関係者一同(といいますか、あまりいないんですけど)思っております。
 本年も多くの方々のご教示、ご叱責をたまわること思いますが、よろしくお願い申し上げます。
2009/12/26(土)
『やさしい 安心論題の話』(灘本愛慈著)p137~

(12)機法一体

 「機法一体」という言葉は『安心決定鈔』の中に多く見られ、覚如上人の『願願鈔』(真聖全三―四六)や、存覚師の『六要鈔』(真聖全二―二八二)、『存覚法語』(真聖全三―三六六)などにも出ています。それらの文にあっては、救われる衆生(機)と救う如来(法)とが一体である、あるいは一体になるという意味で、次のようなさまざまな宗義を「機法一体」として示されています。
⑴往生正覚不二の義
 衆生往生せずば正覚を取らじと誓いたもうて、その本願を成就されたのが果成の南無阿弥陀仏である。すなわち南無阿弥陀仏は衆生の往生(機)と仏の正覚(法)とを不二一体に成就されているということ。これは『安心決定鈔』(真聖全三―六一五等)に多く示されています。
⑵信の法徳として一体になる義
 信心をうれば、仏の功徳の全体が衆生の上にそなわって、仏の功徳に一体となること。『安心決定鈔』に(真聖全三―六二二)、
信心決定せんひとは、身も南無阿弥陀仏、こころも南無阿弥陀仏なり。
等と示され、『願願鈔』に(真聖全三―四六)、
信心歓喜すれば機法一体になりて、能照所照ふたつなるににたれどもまったく不二なるべし。
とある。『六要鈔』(真聖全二―二八二)に示されている機法一体も、これと同じ義であります。このような信の法徳のことを、蓮如上人は「仏凡一体」としてお示しくださっています。
⑶彼此三業不離一体の義
 阿弥陀仏の身口意三業によって成就せられた名号を衆生が領受するのであるから、衆生の信後の称名(口業)、礼拝(身業)、憶念(意業)は、仏とあい離れないということ。『安心決定鈔』(真聖全三―六二五等)に出ています。
 このように、「機法一体」という言葉は、さまざまな宗義を示す用語として使われています。
 しかしながら、いま「機法一体」という論題でうかがうのは、主として蓮如上人の『御文章』にお示しくださった「機法一体」の意味についてであります。
 蓮如上人のいわれる機法一体の「機」とは南無帰命の信心であり、「法」とは阿弥陀仏の摂取の願力であります。したがって、衆生の上に発起せしめられる信心と、阿弥陀仏の摂取の願力とは一つの体である、という意味を「機法一体」として明らかにせられます。つまりこれは行信不二の義であります。
 これを仏辺成就の上でいうならば、衆生を南無せしめて摂取したもうのが南無阿弥陀仏であるということになります。またこれを衆生領受の上でいうならば、私どもの南無帰命の信心は阿弥陀仏の摂取の法が届いてくだされたすがたにほかならないということであります。


 「機」というのは法に対する語で、可発の義であるといわれます。これは法によって救われるべき者(衆生)を意味します。けれども、蓮如上人の仰せられる機法一体の「機」とは、南無帰命の信心を指して機といわれます。なぜ信心のことを機というのかと申しますと、南無の信心は救われる衆生(機)の側に発起せしめられるものであるから、この信心を機といわれるのです。宗祖親鸞聖人にあっても、『本典』行巻の念仏諸善比校対論の二機対のところに(真聖全二―四一)、
しかるに一乗海の機を按ずるに、金剛の信心は絶対不二の機なり。
と示されています。これも信心のことを機といわれた用例であります。
 次に「法」というのは、これは機に対する法のことで、阿弥陀仏の救いの法、すなわち衆生を摂取したもう願力のことであります。
 「一体」とうのは、一つの体である、体は一つであるということであります。衆生の南無の信心は、助くる法とは別に、衆生がおこすものではありません。助くる法のおんはたらきによって発起せしめられる信心であります。いいかえますと、衆生に南無せしめて摂取したもうのが阿弥陀仏の法であります。このゆえに機法一体の南無阿弥陀仏といわれるのです。『御文章』四帖目第十四通に(真聖全三―四九七)、
南無の二字は衆生の弥陀をたのむ機のかたなり。また阿弥陀仏の四字はたのむ衆生をたすけたもうかたの法なるがゆえに、これすなわち機法一体の南無阿弥陀仏ともうすこころなり。
と仰せられています。


 蓮如上人の仰せられる機法一体の釈相をうかがいますと、二字四字分釈のいい方と、六字皆機皆法とされるいい方とが見られます。
 二字四字分釈というのは、「南無」の二字はたのむ機のかた、すなわち衆生の信心とし、「阿弥陀仏」の四字はたすくる法のかた、すなわち摂取の願力、というふうに分けて示され、その南無の機と阿弥陀仏の法とが一体に成就されているのが機法一体の南無阿弥陀仏である、といういい方であります。四帖目第八通(真聖全三―四九)に示される機法一体の釈も、この二字四字分釈にされています。
 これは六字の中で、一応その主たる意味によって、南無を機、阿弥陀仏を法というふうに分けて示されたので、、古来このようないい方を拠勝為論(勝れたところによって、論をなす)といわれています。
 六字皆機皆法というのは、南無阿弥陀仏の六字全体がたすくる法であり、また六字全体がたのむ信であるといういい方です。
 阿弥陀仏のたすくる法は、衆生に南無の信をおこさせて、これを摂取したもう法でありますから、南無を抜きにした阿弥陀仏ではありません。南無を具する阿弥陀仏であります。ですから、南無阿弥陀仏の六字全体がたすくる法であります。これを六字皆法といわれます。一帖目第十五通に(真聖全三―四二三)、
この南無阿弥陀仏の名号を南無とたのめば、かならず阿弥陀仏のたすけたもうという道理なり……これによりて、南無阿弥陀仏の体は、われらをたすけたまえるすがたぞとこころうべきなり。
と仰せられ、五帖目第八通には(真聖全三―五〇五)、
ただわれら一切衆生をあながちにたすけ給わんがための方便に、阿弥陀如来御身労ありて、南無阿弥陀仏という本願をたてましまして、……弥陀をたのまん衆生をたすけずんば、われ正覚とらじとちかいたまいて、南無阿弥陀仏となりまします。
等と仰せられています。これは南無阿弥陀仏の六字全体をもって、たすくる法とされるものであります。
 また南無の信は、阿弥陀仏のたすくる法が到り届いてくだされた信であって、阿弥陀仏の法と別なる信心ではありません。衆生に南無せしめて摂取したもう阿弥陀仏の法、すなわち南無阿弥陀仏をその体とする信心であります。これを六字皆機といわれます。三帖目第二通に(真聖全三―四五二)、
さてその他力の信心というは、いかようなることぞといえば、ただ南無阿弥陀仏なり。
と仰せられ、四帖目第八通には(真聖全三―四九〇)、
当流の信心決定すという体は、すなわち南無阿弥陀仏の六字のすがたなりとこころうべきなり。
と示され、五帖目第九通にも(真聖全三―五〇六)、
されば、他力の信心をうるというも、これしかしながら南無阿弥陀仏の六字の心なり。
と仰せられています。「しかしながら」とは、すべてそのままという意味です。これらの文は、南無阿弥陀仏のがそのまま衆生の信心となるといういい方で、六字全体をたのむ信の体とされています。
 六字皆法のたすくる法なるがゆえに、その法が衆生に届いて六字皆機の信心となってくださるのです。このように、六字皆機皆法といういい方を古来、尅実通論といわれています。尅実通論というのは実を尅して通論すればという意味で、実義をつきつめていえば、南無阿弥陀仏の全体がたすくる法であり、その南無阿弥陀仏の全体がたのむの信となる、というのであります。
 前の二字四字分釈のいい方は、この六字皆機皆法の宗義をわかりやすく二字と四字とに分けてお示しくださったものといえましょう。
 先哲の歌に、
左文字おせば右文字たすくるの ほかにたすかるこころやはある
というのを聞いたことがあります。判は左文字に彫ってあって、それを紙に押すと、そのまま右文字が現れます。必ず助けるぞよの願力が私に届いたすがたが、お助けを喜ぶ信心であって、仏の助くるのほかに私の助かる心(信)があるのではないという意味でありましょう。
 また、他家の娘が嫁入りしてきて自家の嫁となる。娘と嫁と呼び方は変わっても体は一つです。如来の名号願力が私に届いて信心となってくださるので、名号願力のほかに別に信心があるわけではありません。


 善導大師は『玄義分』の六字釈に(真聖全一―四五七)、
「南無」というはすなわちこれ帰命なり。またこれ発願廻向の義なり。「阿弥陀仏」というはすなわちこれその行なり。この義をもっての故に必ず往生をう。
と解釈せられ、願行具足の故に次の生には必ず浄土に往生できる旨を明らかにしてくださいました。
 親鸞聖人は善導の釈義を承けて、『本典』行巻に六字釈を示され(真聖全二―二二)、南無阿弥陀仏の名号は阿弥陀如来の智慧と慈悲とをまどかにそなえて(悲智円具)、たのみにせよ、よりかかれよ、必ず救う、とよびかけつつある法である旨を顕わしてくださいました。
 蓮如上人はそれらの釈義を承けて、阿弥陀仏の摂取の願力が衆生の信心となるのであって、衆生のたのむの信は阿弥陀仏のたすくるの法のほかにはない。たのむの信(機)とたすくる法とが一南無阿弥陀仏に成就せられているという意味で、機法一体の南無阿弥陀仏ということをお示しくださいました。これによって、他力廻施の信心ということをいよいよ明らかにされたのであります。


タグ : 灘本愛慈 安心論題 機法一体

2009/12/24(木)
 親鸞会では“江戸時代に起きた「三業惑乱」によって、西本願寺は信一念を説かなくなった”と言っておりますが、下の年表をも見ても分かりますように、そんなことはありません。
 もちろん、三業惑乱が真宗学に及ぼした影響は甚大ですが、それによって宗学はますます発展したと言ってもいいのではないかと思います。
 また、三業惑乱後に正しい教えが説かれなくなったのならば、妙好人が出るはずがありません。
 教えが受け継がれてきたからこそ、これらの人達が出たのです。

三業惑乱の経緯概略】
和暦の年号はややこしいので、西暦で書きます。
1762年 第6代能化 功存が『願生帰命辯』を刊行
      これに道粋が序文を書く。
1763年 道粋が『疑問六章』で『願生帰命辯』を批判
1783年 越中善巧寺の明教院僧鎔師歿す ※空華轍の祖
1784年 大麟が『真宗安心正偽論』で『願生帰命辯』を批判
1786年 崇廓が『旁観記』で『願生帰命辯』を弁明
      大麟が『正偽編後編』で論難
1787年 三河の善永が『興復記』で『願生帰命辯』を批判
1789年 讃岐の宝厳が『帰命本願訣』で『願生帰命辯』を批判
1796年 第7代能化に智洞が就任
1801年 安芸の大瀛が『横超直道金剛錍』を刊行
      ※真実院大瀛師は芿園轍の祖
       尚、大瀛師の3歳年下の従弟が勝解院僧叡師で石泉轍の祖
      智洞(新義派・三業派・学林派)と道隠(古義派・聞信派・在野派)を閉門
      ※道隠師は空華三師の一人。堺空華の祖
1802年 古義派の信徒が美濃で蜂起
1803年 京都所司代が関係者を取り調べ
1804年 幕府が智洞と大瀛・道隠を江戸に呼び出す。(1月)
      大瀛歿す(5月)
      幕府の裁定(寺社奉行は龍野藩主脇坂安董)
      新義派を処罰(6月)
      智洞歿す(7月)
      本如上人『御裁断御書』を出す。

 空華轍が今日の西本願寺の教学の中心。それと並ぶのが石泉轍。
 轍とは学派ということ。

三業惑乱後の妙好人
庄松  1799年~1871年
お軽  1801年~1856年
吉兵衛 1803年~1880年
源左  1842年~1930年
才市  1850年~1932年

本如上人 1778年~1826年
広如上人 1798年~1871年
南渓   1790年~1873年
原口針水 1806年~1892年
利井鮮妙 1835年~1914年

タグ : 妙好人 三業惑乱

2009/12/24(木)
 親鸞会では「人生の目的」という言葉をよく使います。使ってはいけないということではないですが、使い方がおかしいと思います。
 親鸞会では「何のために生まれてきたのか、何のために生きているのか、なぜ生きねばならないのか」と説明します。
 問題はこの中の「なぜ生きねばならないのか」というフレーズで、この言葉があるために「平生業成」でなくなってしまう危険があるのです。
 言葉そのものは間違いではないように感じますが、これ聞いた人は、人生の目的を「今から死ぬまでの目的」と考えます。さらに「人生の目的どころではなく多生の目的なのだ」と聞くと、達成を先に延ばします。多くの親鸞会の会員が信心決定をあきらめているのはそのためです。ほとんどの会員は「信心決定は自分には無理だが、教えられることは悪いことではないから、その通りやっていれば次生・次々生には救われるかもしれない」と浄土真宗とは似ても似つかぬ考えを持っていると感じます。
 「多生の目的」という言葉を使うのも結構ですが、それは振り返ってのことであり、先に延ばすものではありません。

会員の頭の中を図示しますと、
図①
 [生まれて来た時]→→[今]→→(人生の目的)どこかで達成できれば万々歳
   →→[死] 達成できなければ持ち越し(多生の目的)→→[多生]


しかし、本来はこう考えるべきです。
(あくまでも同じ言葉を使ってのことです)
図②
 [過去](多生の目的)→→[生まれて来た時]
   →→(人生の目的)[今][死]〈現生正定聚〉
     →→往相→→[死]〈往生即成仏〉→→還相


「人生の目的」「多生の目的」が書いてある位置が違います。
人生の目的は今の問題であり、今は常に死と触れ合っているということをあらわしたかったのです。
なぜ、図①に「現生正定聚」「往相」「往生即成仏」「還相」の文字を書かなかったというと、図①の考えをしていては救われないからです。
(うまく書けませんでしたが、分かって頂けましたでしょうか)
2009/12/23(水)
観彼世界相 勝過三界道
(中略)
仏本この荘厳清浄功徳を起したまへる所以は、三界を見そなはすに、これ虚偽の相、これ輪転の相、これ無窮の相にして、蚇蠖(しゃっかく)[屈まり伸ぶる虫なり]の循環するがごとく、蚕繭(さんけん)[蚕衣なり]の自縛するがごとし。
曇鸞大師 往生論註 註釈版聖典七祖篇57頁

浅井成海師の訳(三界~)
 我々の世界は偽りに満ちており、その偽りの世界を生きる苦しみや悲しみは、繰り返し生じて絶えることがない。ちょうど尺取り虫が丸い輪をまわり続けるように、あるいは蚕が、自らの口から糸を出して自分の身体をがんじがらめに縛って身動きができなくなり、やがて熱湯につけられるようなものである。

善導大師の「機の深信」にあてはめるならば、
 虚偽の相=現にこれ罪悪生死の凡夫
 輪転の相=昿劫よりこのかたつねに没し、常に流転して
 無窮の相=出離の縁あることなし
となります。

タグ : 曇鸞大師 善導大師

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